軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第151話 竜の谷 ◆マリウッツ視点

荒々しい振動で、落ちていた意識が浮上する。

「ここは……うっ」

ズキン、と頭に鈍い痛みが走る。

まだ少しボーッとする頭で状況を整理する。

どうやら俺は両手足を縛られ、誰かの肩に担がれているようだ。

随分と視点が高い。かなりの大男だ。俺を担ぐ男を囲むように、さらに数人の男たちが歩いている。

それに、さっきからカサカサと顔に何かが触れている。これはまさか――木の葉か?

深く息を吸うと、深緑の匂いがした。ここは、森の中?

この国で森と呼ばれるものは、立ち入り禁止の森だけだ。

そう理解した時、スウッと全身から血の気が引いた。

「お? お目覚めのようだな。気分はどうだ?」

俺を担いでいた男が、俺が意識を取り戻したことに気づいたらしい。何がおかしいのか愉快そうに笑っているようで、その度に肩が揺れて気分が悪い。

言葉を発しようにも、喉奥に何かがつっかえたように言葉が紡げない。

「まだ薬が効いてっから喋るのは無理か」

男はまたガハハと下品な笑い声をあげた。男の服からは汗と血の染みついた匂いがする。

この国の者か? いや、この国で生まれ育ったのであれば、竜が住まうとされる森に平気で立ち入れるわけがない。

光源は周りを囲む男のうちの一人が持つ松明の光のみ。

時たま視界の端で淡い光を発しているのは虫だろうか。遠くに広がるのはただただ深い闇だ。どれだけ意識を失っていたかは分からないが、随分と森の奥深くに入り込んでいるようだ。

一体どこに向かっているというのか。立ち入ったことのない森だ、分かるはずがない。

だが、どうしてか直感的に、男たちの行き先を察した。

「あんた、王子様なんだってなあ」

「せっかく王族に生まれたってのに、同情するぜ」

俺が黙り込んでいるのをいいことに、周囲を囲む男たちが口々に話し始める。

「本当だよなあ。俺だったら酒に女に贅沢三昧に暮らしたいもんだぜ」

「馬鹿野郎。王族様は色々とお国のためのお勤めがあるんだよ」

「ガハハ、そうだったそうだった。不要になった道具の処分とか、なあ?」

――っ!

男たちの無遠慮な話の内容で、ただの推測が確信に変わった。

――そうか、俺は竜の谷に捧げられるのか。それも、王家に関わる者の陰謀で。

どこか冷静な頭でその事実を反芻する。

暴れて逃げようにも身体に力が入らない。嗅がされた薬には痺れ薬も含まれていたのだろうか。このような状態では、仮に拘束から逃れられたとてすぐに捕縛されるのがオチだ。

俺はギュッと目を閉じて気持ちの悪い揺れに身を任せた。

そしてしばらくして、鬱蒼としていた森が開けた。

どれほどの時間が経っただろう。ほんのひと時のようにも、永遠の時のようにも感じられた。

「ヒュウ、いつ来ても圧巻だ」

「おい、気をつけろ。前に出過ぎりゃ俺たちまで落ちちまうぞ」

「へいへい」

松明を持っていた男が、松明を高く掲げながら谷の底を覗き込んだ。

仲間に窘められ、すぐに持ち場に戻った男は、慣れた手つきでいくつか設置されている燭台のようなものに火を灯していく。

闇に浮かび上がったのは、パックリと大地に空いた裂け目。

ヒョオオと下から吹き上げる風が不気味な音を鳴らしている。風の音に混じって、低く腹の底に響くような唸り声が聞こえた気がした。

「うっ」

ブルリと身震いをしたと同時に、乱暴に地面に降ろされた。呻き声を上げながらゆっくりと顔を上げると、ちょうど燭台すベてに火が灯されたところだった。

燭台は谷の淵に沿って等間隔に設置されている。そして、一角だけ地面が谷を割くように伸びており、燭台もそこに向かって間隔を狭めて置かれている様子だ。その先には、階段のようなものが数段見える。まるで簡易的な祭壇のようだ。

そうか、やはりまことしやかに囁かれている噂は本当だったのだ。

竜の谷の奥深くに住まうドラゴンの機嫌を取るために、国民を生贄に捧げているという噂。

男たちは迷うことなく深い森を歩いてこの場所までやってきた。きっと、これまで何度も俺のような人間を運んできたのだろう。

次は、俺の番というわけか。

――ああ、クソッタレな人生も、これでようやく幕を引くことができる。

どこか冷静な頭でそう考えた自分に驚いた。

俺は、この状況を受け入れているのか?

薬の効果が薄れてきたのか、少しずつ頭が冴えてきて、ここまで自分が冷静でいられた理由を悟った。

生きる目的もなく、ここから生き延びたところできっとまた命を狙われる。

それならばもう、この人生を終わらせた方がいい。どこかでそう判断をしているのだ。

風の音に混じる呻き声が大きくなった気がする。谷底のドラゴンが贄を欲しているのかもしれない。

「おら、立て」

足の縄を解かれ、強引に両脇から引き上げられる。

押し出されるように、一歩、また一歩と簡易祭壇へと歩みを進める。

地面が谷に向かって突き出した部分に足を踏み入れた時、ゴッと身体を浮かすほど強い風が吹いた。

身体の芯から冷え込むような、手足の感覚がなくなり、血の気が引いていくような感覚に襲われる。

ふと縛られた両手に視線を下げると、小刻みに震えていた。

足元には深い闇が広がっている。風の唸りか、はたまた谷底に住まうと言われるドラゴンが贄を待ち焦がれる声か。全身が震える。

そうか、これは――恐怖だ。俺は、死ぬのが怖いんだ。

死を受け入れ、生きることを諦めていると達観していたが、とんだ見栄っ張りだったのだ。

死ぬのは怖い。生きて、こんな国飛び出して、自由に生きたい。

どうしてそれが叶わないのか。

今になって強く生を渇望する。ジワリと涙が込み上げてきて視界が滲む。

だが、俺を殺そうとしている男たちの前で、無様な姿を晒したくはない。

血の味が滲むほどに唇を噛み締めると、溢れそうになっていた涙が引っ込んだ。

祭壇のように見えた場所には、台座が置かれていた。きっと、生贄が飛び降りるための場所。

いやだ、死にたくない。

そうだ。生きて剣を極めたい。

何か一つでも、生きた証を残したい。

誰かに必要とされてみたい。

スペアだと、いなくてもいい存在だと思われるだけの人生で終えたくない。

――生への執着が、俺の歩みを止めた。