軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第153話 冒険者ヴァルガ ◆マリウッツ視点

俺を救った男の名前はヴァルガ・ヴィクターといった。

遠い東の国の出らしく、冒険者を生業として世界中をのらりくらりと旅しているようだ。

まずは森を抜け、ヴァルガが乗ってきたという貧相なボートで命からがら祖国を出た。

死んだほうがマシなのではというほど過酷な航海だったが、なんとか大陸に辿り着いた時には、ようやく自由になったのだと全身が打ち震えた。

祖国の外で初めて寝泊まりをした夜、俺はヴァルガにひとつの頼み事をした。情けないが、声が、唇が僅かに震えてしまった。

「俺を、裏切らないでくれ」

対面で骨付き肉に齧り付いていたヴァルガは、巨体に見合わずキョトンと目を瞬いた。そして、ニカッと白い歯を見せて微笑んでみせると、大仰に頷いた。

「おう。俺は身内を裏切るような薄情な男じゃねえから安心しろや。それに、誰かを騙すなんて小難しいことはできやしねえよ。俺はありのままのお前を信じるからよ、お前もありのままの俺を信じろ」

「……そうか」

正直なところ、はいそうですかと簡単にこの男を信じることはできない。それほど色んな裏切りを経験してきた。

だが、心のどこかでこの男を信じたいと思う自分がいることに驚いた。

――まだ、誰かを信じたいと思う気持ちが残っていたのかと。

「……強くなりたい」

「おう、ボコボコに鍛えてやるから覚悟しておけ」

「……もっと他に言い方はないのか」

「ガハハ! 悪い悪い」

そして翌日から本格的な修行が始まり、俺は言葉通りボコボコに叩きのめされた。

来る日も来る日も、遠慮というものを知らないのかと憤りたくなるほどに叩きのめされた。

そんな日がひと月も続けば、いつかこの大男を返り討ちにしてやると闘志を燃やすようになるのも当然だろう。

もしかすると、俺に生きる目的を与えるために徹底的に、遠慮も知らず、鍛え上げてくれたのかもしれない。

「ワッハッハ! まだまだ剣筋が甘ェぞ! ひよっこが!」

――いや、それはきっと考えすぎだろう。この男は実に単純だ。

思い通りに攻撃が入らずビキッと額に青筋を浮かべながら、俺は毎日目の前の目標に向かって剣を振り翳した。

俺はヴァルガと各地を回りながら、剣技だけでなく冒険者のイロハも叩き込まれた。

道中で冒険者ギルドに寄り、鑑定を受けて【 天恵(ギフト) 】についても学んだ。

「【剣聖】だあ!? 俺はとんでもねえガキを拾ったようだな」

「返品不可だぞ。最後まできちんと面倒を見ろ」

「生意気なガキだ」

ヴァルガに表裏のないことは数日共に過ごしただけでよく理解できた。

だが、敵に囲まれて生きてきた影響か、俺は簡単に人を信じられず、心を許すことができなくなっていた。

付け入る隙は見せない。幼い頃から笑うことがなかった影響で、うまく笑顔を作れなくなっていた。笑おうとすれば頬が引き攣り、ヴァルガに「不気味だ」と言われる始末だった。

ヴァルガはそんな俺を心配していたようだが、一人でも強く生きていくつもりで懸命に腕を磨いた。

――そして、五年の月日が経過した。

俺はヴァルガよりも強くなった。

ヴァルガの大剣を弾き飛ばした日、ヴァルガは驚き目を見開くと共に、とても嬉しそうに破顔した。その笑顔は子供の成長を喜ぶ親のようでもあり、じわりと胸に温かな何かが広がった。

かつて渇望したものをようやく手にすることができた。そんな気がした。

ヴァルガは冒険者を引退して生まれ故郷に帰ると言った。正直、もっと彼に教わりたいことは山ほどあった。だが、ここまで鍛え上げ、育ててくれたことに感謝している。

俺はヴァルガが故郷に帰るその日まで、行動を共にした。

そしてヴァルガと港で別れたあと、冒険者マリウッツ・ヴィクターとして一人で生きることとなった。

別れ際、「いつかお前の傷を癒やし、心を許せる相手がきっと見つかる。自然と笑える日が来るさ」と告げたヴァルガの言葉が実現するのは、それからずっと先のこと。

一人の女性との出会いにより、これまで他人を寄せ付けず、壁を作って孤高の存在として生きてきた自らの心が融解していくことになるのだが、当時の俺が知る由はなかった。