作品タイトル不明
第140話 結び石
それから二週間。
私やマリウッツさんの懸念は杞憂だったのかと思うほど、何事もなく平穏な日々が続いた。
マリウッツさんの鍛錬は大盛況で、訓練場は毎日たくさんの冒険者で賑わっている。
憧れのSランク冒険者であるマリウッツさんの指導が受けられるとあり、冒険者の待機列が途切れることはない。容赦なく叩きのめされても満足げに訓練場を後にする人ばかりで、オーウェンさんもギルドが活気付いて嬉しそうにしている。
この間訓練場を覗いたら、冒険者たちに混じってアルフレッドさんもビシバシ扱かれていてビックリしちゃった。
マリウッツさんってば容赦無く打ち込みをしていたけれど、アルフレッドさんも必死に食らいついていてすごい迫力だったなあ。
毎日デスクワークばかりだと身体が鈍るだろうし、アルフレッドさんもとても活き活きしていた。マリウッツさんも多分ちょっと本気だったと思う。二人ともとても楽しそうに見えて、私まで嬉しくなっちゃった。
そういえば、偶然居合わせたレイラさんが呆れた顔で傷だらけになったアルフレッドさんに傷薬を塗り込んでいた。めちゃくちゃ沁みるやつ。
ピィちゃんもたまに乱入して特訓しているけれど、なんやかんやで受け入れられていて、実戦形式の鍛錬になっていいとこれまた好評の様子。
冒険者を引退したらギルドの指導員になってくれとオーウェンさんに真顔で嘆願されたと、昨日昼食をご一緒した時にマリウッツさんが言っていた。
マリウッツさんも「腕が鈍らなくていい」と満更でもない様子で、思わずニコニコしてしまって頭を小突かれてしまった。
マリウッツさんはずっとギルドにいるので、自然と昼食を食堂で一緒に食べることが増えた。もちろん毎日というわけではなく、これまで通りアンや解体カウンターのみんなと食べることもある。
夕食は食堂で軽食を包んでもらって家で食べているらしく、お休みの日は食材を持って手料理を振る舞いに行くこともある。ピィちゃんも一緒にお邪魔していて、いつの間にかピィちゃん用の寝床ができていた時は驚いた。甘やかされてるわ……
マリウッツさんはいつも通り振る舞っているように見えるけれど、たまにピリッとした空気になる時があって、やっぱりどこか警戒しているように見える。
私も「他国の王都で騒ぎを起こすことはないと思うが、追い詰められた人間は何をするか分からない。サチも人目がないところは避けるように」と言われているので、夜間の外出は控えている。昼間出かける時も必ず誰かと行動を共にするように気をつけている。
常に神経を張り詰めていると疲弊してしまうので、早く穏やかな日常が戻ってきてほしいと思う。
そして仕事がお休みの今日、私はピィちゃんを連れてマリウッツさんのお家にお昼ご飯を作りにきている。
今日のメニューは野菜たっぷりのポトフに、コカトリスの肉を使ったオムライス。
「うまい」
「よかったです!」
お味はどうかとマリウッツさんの反応を盗み見ていると、パチリと目が合って微笑まれてしまった。ギュッと心臓が鷲掴みにされてしまい、反射的に眉間にもギュッと皺が寄ってしまう。二人で過ごす時のマリウッツさんの眼差しはとても甘くて戸惑ってしまう。
それにしても、マリウッツさんはなんでも「美味しい」と言って食べてくれるので作り甲斐がある。
ピィちゃんも山盛りのオムライスをペロリと平らげてしまった。こちらも「ケプゥ」と満足げにしている。
食後は私がお皿を洗い、マリウッツさんがタオルで水気を拭き取って棚にしまってくれる。並んでキッチンに立っていると、ちょっとむずむずしてしまう。
食後のコーヒーはマリウッツさんが淹れてくれると言うので、お言葉に甘えてピィちゃんとソファでくつろがせてもらう。
「プヒィ」
「ふふ、食べ過ぎたんじゃない? 本当に食いしん坊なんだから」
我が家のようにくつろぐピィちゃんに思わず苦笑いを浮かべてしまう。大の字になるのはやめなさい。
マリウッツさんはなんでも手際良く済ませてしまうので、ピィちゃんと戯れている間にローテーブルにティーカップが置かれた。その拍子に、とぷんと濃い琥珀色の水面がわずかに揺れる。
「サチ、これを受け取ってほしい」
ヒョイとピィちゃんを専用ベッドに移動させてから私の隣に腰を下ろしたマリウッツさんは、徐にポケットから包みを取り出した。
首を傾げながら受け取り、包みを開ける。
そこには五百円玉サイズの石が入っていた。いろんな色が溶け合ったような不思議な色合いをしている。
「これは?」
「これは結び石という。元々一つだった魔石が割れたもので、それぞれが互いを引き寄せ合う性質を持っている」
そう言いながら、マリウッツさんは左手を開いて見せてくれた。そこには私に渡してくれた石と同じものがちょこんと載せられていた。形は少し違うけれど、同じような色合いをしている。
「サチ、その石を握りしめて……その、強く俺を想ってほしい」
「えっ!?」
急に何をおっしゃるのかとマリウッツさんを見上げると、マリウッツさんも照れくさいのか拳で口元を隠している。
「互いの想いを結ぶことで、結び石は唯一無二のものとなる。サチが持っていてくれれば、相手の石を――俺の存在を認識することができる。互いの安否確認にもなるし、石に願いを込めれば近くにいるときに反応するらしい。もし離れ離れになり、二人が分たれることがあっても、石を頼りに再び巡り合うことができるはずだ」
「マリウッツさん……ありがとうございます」
私はギュッと両手で結び石を握りしめ、強くマリウッツさんのことを考えた。
きっと、私が不安な気持ちを拭いきれていないことを見透かされたんだ。
だからこうして、お互いを結ぶ確かなものを用意してくれた。
その気持ちが、とても嬉しい。
マリウッツさんへの想いを込めると、結び石が淡い光を放った。マリウッツさんも同じように石を握りしめていて、その手の中にある石も光っている。
試しに石をギュッと握りしめ、マリウッツさんのことを念じると、石を通してマリウッツさんの存在を強く感じた。
「あ……すごい」
「うまくいったようだな。もし遠く離れることがあっても、この石が再び俺たちを繋いでくれるだろう」
結び石を握りしめていた手を、マリウッツさんの大きな手が包み込む。
顔を上げれば、とても優しい笑みを浮かべたマリウッツさんと目が合って瞳が揺れてしまう。
「とても、嬉しいです。でも、私……マリウッツさんにいただいてばかりで、何も返せていません」
これまでマリウッツさんに何度か贈り物をいただいている。
それに対して、私は何もマリウッツさんに返せていないではないか。
そう思って眉を下げたのだけれど、肝心のマリウッツさんはキョトンと目を瞬いている。
「俺の方がサチにもらってばかりだと思うのだが」
「えっ!? 何を!?」
手料理は振る舞っているけれど、他に何かあったっけ……?
うーんうーん、と頭を抱えていると、マリウッツさんが小さく吹き出した。
「サチはそのままでいてくれ」
「えええー……」
なんだか釈然としないけれど、落ち着いたら私も何かマリウッツさんに贈り物をしよう。
そう心に決めて、結び石を再び胸の前で握りしめた。