軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第139話 マリウッツのスパルタ指導

マリウッツさんの事情を知った日から数日が経った。私は元の日常に身を投じていた。

「サチィ! 土蜥蜴(アースリザード) 十匹、いけるな?」

「はいっ! 奥の作業台、使いますね!」

「おう! ローラン、運ぶの手伝ってやれ」

「分かりやした!」

今日も今日とて魔物解体カウンターは大盛況で、持ち込まれた魔物を一生懸命解体していく。

土蜥蜴はDランク。皮が硬いけど、解体結果は記録済みなので【解体再現】でスパパパァンと解体してしまう。肉は食用には向かないけれど、皮の需要は高い。

「そういえば、ここ数日マリウッツを見ねえな。そろそろ活動再開するって聞いていたんだが……」

「そうですね、私も会っていないです」

マリウッツさんはまた魔物解体カウンターに顔を出すと言っていた。けれど、一緒に朝食を食べて以来、マリウッツさんは魔物解体カウンターに姿を見せていない。

どうしたのかな、と考えていると、ナイルさんが作業する手を止めて情報を与えてくれた。

「マリウッツさんならさっき訓練場で見たっすよ!」

「訓練場?」

ギルドの裏にある訓練場。冒険者の皆さんが鍛錬を積む場所として開放されている。私もナイフの投擲練習で活用させてもらった場所だ。

クエストに出ない日が続くと、マリウッツさんは腕が鈍らないように訓練場で剣を振るっているらしい。

マリウッツさんのお家で晩酌をした時に、大量のグリフォンの群れを相手にしたから剣の手入れをガントゥさんに頼んでいるって言ってたっけ。

剣の調整が終わるまではクエストを控えているのかもしれない。

お昼休みに入ってから、私はマリウッツさんの様子を見に訓練場へ顔を出した。

「へ? 何これ……」

そこには想定外の光景が広がっていた。

「脇が甘い。隙が多い。振りが大きい」

「はいいっ!」

「グエッ!」

「すみませんっ!」

なんと、マリウッツさんが複数の冒険者を相手に木剣を振っていた。

複数対一なのに、涼しい顔をしているのはマリウッツさんだけで、周囲を囲む冒険者たちはみんな肩で息をして今にも倒れそうだ。マリウッツさんの圧倒的な強さについつい見惚れてしまう。

「まとめてかかって来い」

「い、いきます!」

「うわあああ!」

マリウッツさんに誘われ、冒険者たちがワッと飛びかかった。咄嗟に両手で顔を覆ってしまったけれど、恐る恐る指の隙間から様子を窺うと、地面に這いつくばっていたのは飛びかかった冒険者の方だった。え、一瞬すぎる。

「連携がなってない。そもそも基礎体力も筋力も足りん」

「ハイィッ!」

「大剣はうまく扱えないと振りの後の隙がデカくなる。お前は素早さがある。短剣での接近戦の方が向いていると思うぞ」

「イエッサー!」

マリウッツさんは少し剣を交えただけで、相手の長所と短所を的確に見極めてアドバイスをしている。

「すご……」

いや、本当にすごいし、冒険者の人たちも目をキラキラ輝かせてマリウッツさんに憧憬の眼差しを向けている。素早くメモに書き留めている人もいるけれど、これは一体何事なの?

「ありがとうございましたァッ!」

しばらく見守っていると、どうやら先ほどの組み合いで指導が終わったらしい。

ビシィッと深く頭を下げた冒険者たちは、ボロボロになった身体を支え合いながらギルドの中へと戻っていった。

ポカンと呆けながら立ち尽くしていると、顎に伝った汗を拭っていたマリウッツさんがこちらに気づいてくれた。

「サチか」

「マリウッツさん、さっきのは?」

訓練場に来る前に食堂で調達してきた水を差し出しながら、マリウッツさんに事情を尋ねた。

「先日、俺の祖国の男に会っただろう。クエストに出た先で何か仕掛けられては対処のしようがないからな。当面人目の多い王都に留まっていようと考えたのだが、何もしないのも性に合わん。オーウェンに前々から頼まれていた新米冒険者の鍛錬をすることになった」

なんとギルドマスター直々の依頼でしたか。さすがはSランク冒険者様。

「サルバトロス王国から戻った頃から、顔を合わせるたびに頼まれていたのだが、いい機会だしな。報酬も出るというので、手加減はしないことを条件に受け付けた」

「ふーん」

手加減はしない、ねえ。

さっきの様子を見たところ、しっかり相手の力量に合わせて力加減していたように見えたけど。マリウッツさんってば優しいんだから。

微笑ましいなあと目を細めていたからか、マリウッツさんがジトリとした目を向けてくる。

「……何か余計なことを考えていないか」

「いいえ、すごいなあって考えていました」

出会った頃のマリウッツさんは、どこか他人を寄せ付けない冷たさを醸し出していた。

けれど、今やこうして他の冒険者を指導している。そりゃあ感慨深くもなるってものですよ。

それにしても、やっぱりマリウッツさんもあの男性があのまま引き下がるとは思っていないんだ……クエストを控えるほど警戒していたなんて。

いつも通りの日常が戻ったと思っていた呑気な自分を殴りたい。心の奥底に押し込めていた不安な気持ちが、黒いシミを作るようにじわりと胸に広がっていく。

「ふ、そんな顔をするな。サチが気にすることはない」

「マリウッツさん……」

マリウッツさんの方がきっと不安なのに、優しい笑みを浮かべて頭を撫でてくれる。

これまで散々マリウッツさんに助けられてきたのに、何も力になれないことがもどかしい。私にできることは何かあるのだろうか。

せめて、できるだけマリウッツさんと過ごす時間を取ろう。事情を知っているのは私だけだから。一人になったところを狙われるかもしれないし、マリウッツさんなら大丈夫だろうけど、一人の時間を減らすに越したことはないはずだもの。

私は不穏な考えを払うように小さく首を振ると、マリウッツさんに微笑みかけた。

「マリウッツさん、お昼がまだでしたらご一緒しませんか?」

「ああ、行こうか」

私たちは肩を並べて食堂へと向かった。

「ふう」

その日の夜、寝支度を整えた私は窓から王都の街を眺めていた。

マリウッツさんは明るいうちに家に帰るようにしているようで、夕暮れ前にはギルドを出てお家へ帰っていった。

ひと月ほどは今の生活を続けるつもりだとマリウッツさんは言っていた。

どうしてか、根拠のない不安が胸を覆っている。急にマリウッツさんが私の前からいなくなってしまうような、そんな嫌な予感がしてしまう。

暗い夜空をじっと見上げていると、後ろからなんとも愛らしい寝言が聞こえてきた。

「プピピ……プゥー……」

「ふふっ」

ベッドのそばに移動し、すやすや眠るピィちゃんの頭をそっと撫でる。

ピィちゃんは部屋に戻るや否やベッドに飛び込んでイビキをかいて寝始めた。まったく、お気楽なドラゴンだわ。不安な気持ちに思い悩んでいるのがバカらしくなる。

やれやれ、と息を吐いた時、テーブルの上に置かれたままになっていたカバンに視線が向いた。

そうだ、確かカバンの中に入れたままになっていたはず。

カバンを手に取り中を探ると、すぐにシャラッと目的のものに指先が触れた。

そっと取り出したのは、【通信】のペンダント。梨里杏に渡したものと対になっているもの。

「クヨクヨしててもしょうがないもんね。このペンダントをつけてたら梨里杏に丸まった背中を叩いてもらえる気がするわ」

胸を反らして私に活を入れてくれる梨里杏が目に浮かぶようで、思わず笑みが漏れる。

私はペンダントを身につけ、水晶玉にそっと触れる。

しばらくはこのペンダントをお守り代わりにつけていよう。

私はそっとカーテンを閉めて、デデンと眠るピィちゃんを少し押し除けてからベッドに潜り込んだ。