軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 放っておけない人 ◆レイラ視点

「おや?」

その日は日暮れまで素材集めのクエストに出ていたため、ギルドの食堂で夕飯を済ませようと足を運んだところ、食堂の隅で背中を丸める見知った赤髪が目に入った。

「ここ、いいかい?」

「あ、レイラさん。ええ、もちろんです」

料理を載せたトレイを持って、その男の対面から声をかけた。

その男――アルフレッドはゆっくり顔を上げて私を認識すると、笑顔で着席を促してくれた。

「何か悩み事でもあるのかい? 話して楽になるなら話してみなよ」

私はシチューをスプーンで掬いながら、いつもの調子で聞いてみた。

アルフレッドは少し目を見開いて逡巡したあと、ふう、と息を吐いて笑った。

「レイラさんには敵いませんね。お察しの通り、失恋してしまいまして」

私は口元に運んでいたスプーンを下ろし、ジッとアルフレッドの寂しげな笑顔を見つめた。

アルフレッドは冒険者時代に恋人がいたことがある。

優しくて腕っぷしも強いとあって、たいそうモテていた。

だが、いつも決まって振られるのはアルフレッドの方だった。

どうにも「誰にでも優し過ぎて不安になる」ということらしいが、私にはとうてい理解できない。

誰にでも分け隔てなく接することができるのは、アルフレッドの数多い長所の一つだというのに。

私が喉から手が出そうなほど欲しい位置に収まりながら、かつての恋人たちは自分がどれほど幸福であるかを棚に上げてアルフレッドを傷つけ離れていった。けれど、アルフレッドが彼女たちを悪く言うことは決してない。

私はいつも、胸の内に燻る怒りややるせなさをひた隠しにしながら、「また振られてしまいました」と眉を下げて悲しげに語る彼の話し相手を務めてきた。

そして今、アルフレッドが想いを寄せているのは私もよく知った相手だ。

これまで受け入れるばかりだったアルフレッドが、初めて自分から想いを寄せた女性。その気持ちがよく分かるほどに私も彼女のことが好きだ。

叶うなら、大好きな二人が幸せを掴んでくれればいいと、それなら長く拗らせてきた想いもいずれ思い出に変わるだろうと、そう思っていたのだが――

「……そうかい」

先ほど魔物解体カウンターを訪れた限りだと、告白をして玉砕したわけではなさそうだ。それにしてはサチの様子はいつも通りすぎた。

彼女のことだ、応えられない気持ちを伝えられて平気でいられるわけがない。

本人が自覚しているかは知らないが、きっとサチには想い人がいる。そしてその相手もまた、サチに想いを寄せている。

アルフレッドなりに、サチの負担にならないよう自分の気持ちに折り合いをつけたというところだろう。

潔く引くことができるこの男はやはり底抜けに優しい。

――だが、もう少し強引に自らの幸せを掴みに行っても良いのではないだろうかと、そう思ってしまう。

「僕は結局、臆病だったのでしょうね」

両手で握りしめたコップの水に視線を落としながら、アルフレッドは静かに語る。

折り合いをつけても、そう簡単に誰かを想う気持ちは消えるものではない。それは私が一番よく知っていることでもある。

「相手を慮り、気持ちに折り合いをつけて引く。そう簡単にできることじゃないさ。私はあんたの決断に敬意を表すよ」

「そう、でしょうか……はは、ありがとうございます」

そう言って笑ったアルフレッドの笑顔はとても穏やかだった。

そうだ。アルフレッドは臆病なんかじゃない。

一番臆病なのは――私だ。

彼がこうして心の内を見せてくれるのは、これまで積み重ねてきた信頼の証。

かつて共にクエストに出て、背中を合わせて魔物と闘ってきた。彼の背中を見ていると、自分も頑張れるようなそんな気になった。

冒険者と薬師という二足の草鞋を履くことをよく思わない人もいる中で、アルフレッドはいつも「すごい」と応援してくれた。

憧れが、いつその名を変えたのかは分からない。

彼が前線を退いてギルドに従事するようになってからは、私も彼を陰ながら支えたいと調薬にますますのめり込んだ。おかげで今やギルドで扱う薬剤のほとんどはうちの店の商品だ。

何年来の付き合いとあり、アルフレッドは私にはたまに弱音を零してくれる。女らしくない振る舞いが、彼の気を緩ませるのかもしれない。

それが特別に思えて、嬉しくて、どうしようもなく切なかった。

だが、特別なこの場所を手放したくなくて一歩踏み出すことが出来ないのは、誰でもない私自身なのだ。

私だったら――

私なら――

アルフレッドの話を聞くたびにそんな醜い感情が湧き上がり、口からまろび出そうになる。けれど、それを伝える勇気を持ち合わせていなかった私は、「そのうちいい人が見つかるさ」とアルフレッドの背中を押してきた。

今度はいい恋をしているのだと思っていた。いや、きっとそうだったのだろう。

だがやはり、アルフレッドは優しすぎた。

もう少し時間が経てば、彼の心の傷も癒えるのだろうか。

私が、癒したい――そんな想いが湧き上がり、慌てて抑え込む。

私は彼の良き友人であり続けたい。それで十分だから、多くは望んではいけない。

「さて、そろそろ帰るとするよ」

食べ終えた食器を載せたトレイを持って立ち上がると、ひょいとトレイを取り上げられた。

あっと思っているうちに、アルフレッドは微笑みながら自分のものと重ねて返却口へと運んでいってしまった。

慌てて後を追ってお礼を言うと、アルフレッドは「どういたしまして」と笑みを深めた。

「もう夜も遅い。店まで送りますよ」

「おや、紳士だね」

「当たり前でしょう。あなたは強いとはいえ女性なのですから」

思わず、息を詰まらせてしまった。

「……っ、そうかい。じゃあお言葉に甘えるとするよ」

「ええ、たまには甘えてください」

ドキドキと高鳴る胸を落ち着かせながら、私はアルフレッドと並んで外に出た。

もう季節は春とはいえ、夜風はまだ少し肌寒い。火照った頬を冷ますにはちょうどいい。

「いつも男扱いされることが多いから、なんだか落ち着かないね」

照れ隠しにそう言うと、アルフレッドは眉間に皺を寄せた。

「誰ですか? レイラさんを男扱いするという不届きものは。あなたは誰よりも気高く美しい女性だというのに」

「……ははっ、それは光栄だね。褒め言葉として受け取っておくよ」

気の置けない男友達とでも思われていると、そう思っていたのに――

女扱いされただけで、心の奥深くに仕舞い込んだ乙女心が甘く疼いてしまう。

生来の勝気な性格もあったが、仕事柄男に馬鹿にされたくないと強気な口調を使うようになった。今となっては自然と口をついて出てきてしまうのだが、私はどう足掻いても女なのだ。

火照った顔を冷たい夜風が優しく撫でていく。

アルフレッドといると、心にほわりと優しい火が灯ったように暖かな気持ちになる。

彼が纏う雰囲気がそうさせるのか、はたまた彼に淡い恋心を抱いているからそう感じるのか。

両方だろうな、と思っているうちに店が見えてきた。

「では、またギルドで」

「ああ、送ってくれてありがとう。おやすみ」

「おやすみなさい」

店の前まで私を送り届けたアルフレッドは、軽く手を振って来た道を帰っていく。

……離れ難いと思っているのは、私だけなのだろうね。

こちらを振り返ることなく遠ざかっていく彼の背中を見つめながら、自嘲する。

チクリと痛む胸の痛みにはいつまでたっても慣れないものだ。

「――この痛みを消せる薬を作れたらいいのにね」

吐息と共に漏らした想いは、春の夜風に溶けて消えていった。