作品タイトル不明
第125話 ガールズトーク
あれから数度、マリウッツさんと昼食や夕食をご一緒している。
マリウッツさんは七日ほどの療養期間を経て、クエストに復帰した。
ちょうど高ランクのクエスト依頼もないため、中程度のランクのクエストを受注しているらしい。
涼しい顔をして傷一つなく魔物解体カウンターに依頼にやってくる様子を見て、ようやく日常に戻ったのだと嬉しくなる。
そうこうしている間に、もうすぐ約束の日になろうとしていた。
「はあ、何着て行こう」
マリウッツさんとの街歩きの日を三日後に控えた私は、自室で頭を抱えていた。
「ピィ?」
ベッドに広げられた数着のスカートやワンピースを前に、ピィちゃんが首を傾げている。
春とはいえ、まだ少し肌寒い。
私がこちらの世界に来てもうすぐ一年になろうとしているけれど、アンと初めて服を買いに行った時にはもうじんわりと暑い時期だったので、薄手の服しかない。あるいは、冬用の厚手の服。
「ちょうどいい服がない!」
どうして私はもっと早くに服を見に行かなかったのか。
マリウッツさんが好きだと自覚してから初めての外出なのだから、少しでも可愛く見られたいと思うのが乙女心というもの。
「これは、明日のお昼休みに昼抜き覚悟で買いに行くしか……!」
ブツブツ呟きながら部屋の中を徘徊していると、ザザッ、とノイズのような音が聞こえた。
『おーい、やっほー、聞こえてる?』
「え、この声……梨里杏!?」
私は慌ててカバンの中を探り、目的のペンダントを引っ張り出した。
水晶玉がうっすらと光っている。
以前に露店で購入した【通信】の【 天恵(ギフト) 】の力が込められたペンダント。対になるもう一つのペンダントは、私と同じく召喚で呼ばれた聖女の梨里杏に贈った。
そのペンダントから梨里杏の声が聞こえたのだ。
『あ、よかった! サチさん元気〜? 久しぶりに一人でゆっくりする時間が取れたから【通信】しちゃった。今、大丈夫だった?』
変わらぬ様子の梨里杏に、思わず笑みが溢れる。
私はペンダントを首につけて、散らかった服を素早く仕舞ってからベッドに腰を下ろした。
「うん、大丈夫。元気にしてた? 今どの辺りにいるの?」
『元気元気! あれからしっかりお肉も食べてるしね〜! 今はね、ドーラン王国の北部にいるわよ。このまま海を目指す予定なの』
「海! いいね」
『いいことばかりじゃないわよ。海にはクラーケンとかうねうねした魔物がたくさんいるらしいし。ううっ、考えただけで寒気が……』
クラーケンかあ。
サルバトロス王国でよく食べたのが懐かしい。
「クラーケン、美味しいよ」
『ゲッ! 食材としか見てないんじゃん……まあ、デカいイカみたいなものだもんね。あっ、ねえ、聞いてよ! ロスマン湖を出てから調子が良くってさ、能力レベルが上がって【浄化(中)】になったんだから! ふふん』
「えっ、すごいじゃん! おめでとう!」
得意げに胸を反らす梨里杏は想像に容易くて、クスクスと笑ってしまう。
そういえば、私は随分と能力レベルアップはご無沙汰だなあ。固有スキルは獲得してるけど。
能力レベルが高くなるほどレベルも上がりにくいっていうし、地道に頑張るしかないよね。季節が巡れば、また大収穫祭もやって来るし、きっとどんどん魔物持ち込み量は増えるはず。うう……忙しくなると思うと気が重いけど。
『サチさんは今何してたの? あたしは今日は宿に泊まれることになったから、宿の部屋にいるの』
「えっ、今? えーっと……」
チラリと視線が向くのは、先ほど慌てて片付けた服が入ったタンス。
一人で悩んでも仕方がないし、梨里杏に相談してみてもいいのかも?
ふとそんな考えが頭をよぎり、私は思い切って今の悩みを切り出すことにした。
「えっとね、実は三日後にマリウッツさんと街に行くんだけど……」
『えーっ!!! マリウッツさんってあたしたちを助けてくれた超かっこいい冒険者の人よね? きゃーっ! デートじゃない! サチさんやるぅ』
ペンダントの向こうで梨里杏が大興奮している。黄色い悲鳴がキーンと水晶玉と私の鼓膜を震わせた。
「デ、デートってわけじゃ……ない、と思うんだけど、その……着ていく服に悩んでて……この時期のお出かけにちょうどいいおしゃれな服を持ってなくて」
『買いに行きなさい今すぐ』
「えっ、いや、もうお店は閉まってるから」
『なら明日の空き時間に……いいえ、仕事を休んででも買いに行きなさい!』
「ええっ!? 流石にそれはできないよ!」
ものすごく前のめりで鼻息の荒い梨里杏にタジタジになってしまう。きっと瞳孔は見開かれ、目は充血しているであろう梨里杏の興奮は収まらない。
『やだ〜〜〜! あれからちょっとは進展したのねっ! やっぱりマリウッツさんがサチさんの好きな人なんじゃん〜』
「えっ!? そ、それは……うう」
カァァッと顔が熱くなり、そっと両頬を押さえていると、隣に寝そべっていたピィちゃんが私の足に前脚を置いた。
ん? とピィちゃんに顔を向けると、もう片方の手を口元に添えてニヤニヤしている。このドラゴン、表情豊かすぎない?
『ようやく自覚したところってことかしら。うふふ、楽しい〜! こっちに来てからガールズトークする機会も時間もなかったもんね』
「ガ、ガールズトーク……」
元いた世界であまり縁の無かったワードに身じろぎしてしまう。そんな大層なものではない、と思うんだけど……
『で? で? ちょっと二人の出会いから教えてちょうだいよ!』
「出会い!? ええっと、マリウッツさんとは――」
私は梨里杏のペースに呑まれるがまま、マリウッツさんと出会った当時のことや、これまでのことを包み隠さず話してしまった。梨里杏ってば案外聞き上手だわ。
『色々あったのね〜。それで、サチさんは告白しないの? あ、もしかして告白待ち? それもいいけどサチさんからグイグイいってもいいと思うけどなあ〜あの人意外と押しに弱そうに見えたし』
「こっ、告白……!?」
私の話を聞き終えた梨里杏が発した一言に、思わずベッドからずり落ちそうになった。
『ええ。好きな気持ちを自覚したのなら、次は告白でしょう!』
そりゃ、いつかは気持ちを伝えたいなあ、と漠然とは思っていたけど……
マリウッツさんの過去を知ったあの日、ヴァイオレットさんに言われた言葉が心に残っている。
伝えたいと思った時に伝えないと、伝えられなくなってしまうこともある。
私の気持ちを伝えることで、これまでの居心地のいい関係が崩れてしまうかもしれない。
でも、それでも――いつかマリウッツさんに知ってほしい。あなたに恋する大切なこの気持ちを。
『やー、でも告白するとなったら、やっぱり服装にも気をつけたいわよね。うん。春らしく爽やかなワンピースに、歩きやすいフラットシューズ、それから髪は下ろして片側に流して〜……』
『リリア? 先ほどから誰と話しているんだい?』
プロデュースモードになった梨里杏の声に重なるように、コンコンッとノックの音がして、次いで別の誰かの声が聞こえた。
『げっ、ブライアン! あなた返事も聞かずに乙女の部屋に入ってくるなんて何考えてんのよ!』
「り、梨里杏、落ち着いて……」
どうやら別の誰かさんはブライアン王子だったようだ。
確かに勝手に入ってくるのはどうかと思うけど、過保護なブライアン王子のことだ。梨里杏の身を案じての行動だったのだろう。
そう思って、ついフォローの言葉をかけてしまった。
『え? ま、まさか、今のお声は……! 姐さん!?』
あ、面倒な気配を感じる。
『あー、はいはい、もう、うるさい。サチさん、ごめん。また今度どうなったか聞かせてね! じゃあねー』
『姐さん!? 姐さぁぁぁん『ちょ、マジでうるさい。黙って!』』
ペンダントの向こう側が俄かに騒がしくなり、突然ブッと音声が途切れた。梨里杏が通信を切断したみたい。
「なんだったの……」
嵐のようなひと時だった。
でも、まあ、うまくやってるみたいで安心した。
私は胸元のペンダントに触れながら、とうとう堪えきれずに吹き出したのだった。