軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第126話 マリウッツとの街歩き

そしてついに訪れた約束の日。

私は仕事の合間を縫って、今日のためにワンピースを新調した。

膝下丈の淡い黄色のワンピース。控えめに花柄の刺繍が施されていて可愛い。

ピィちゃんは昨日の夜からアンの家にお泊まりに行っている。アンが気を利かせて預かってくれたので助かった。

愛と感謝の日に出かけた時はピィちゃんも連れていったので、二人っきりでの街歩きは今日が初めて。

「よしっ」

私は鏡で身だしなみを整えてから、最後にマリウッツさんに貰ったバレッタをつけて気合を入れた。

待ち合わせはいつもの通りギルドの前なので、自室を出て階段を下っていく。

外に出るとすぐに、腕を組んで壁に背を預けているマリウッツさんを見つけた。

「マリウッツさん! お待たせしました!」

ドキドキする胸を押さえながら駆け寄ると、マリウッツさんはゆっくりと顔をこちらに向けて微笑んだ。

「俺も今来たところだ」

マリウッツさんは紺色のシャツの上からベストを着ていて、いつものオフの姿よりも少しかっちりした服装をしている。

くっ……何を着ても似合うんだから……!

「えっと、今日はどちらまで?」

キュンキュンと悲鳴をあげて騒ぐ心臓を落ち着かせながら、マリウッツさんに訊ねる。

すると、マリウッツさんはピッと二枚のチケットを取り出して見せてくれた。

「これは?」

「今、大衆に人気の歌劇があるらしい。サチは歌劇には興味はあるか?」

「えっ! 行ってみたいです!」

この街に王立歌劇場があるのは知っていたけど、なかなか行く機会がなかったんだよね。敷居が高いというか、そもそも観劇の経験がないから勝手が全く分からない。

「サチ、その髪飾りは……」

「えっ? あっ」

想定外の行き先に心を躍らせていると、マリウッツさんが私のバレッタに目を留めた。

気合を入れてつけてきちゃったけど、指摘されるとなんだか 面映(おもはゆ) い。

「あまり付けているところを見ないから、好みではなかったのかと思っていた」

気恥ずかしくてモジモジしていると、これまた想定外のことを言われてしまって思わず目を剥いてしまった。

「えっ! 違います! 大事だからこそ普段付けられないんです! これを付けるのは、マリウッツさんと出かける時だけにするって決めてて……あっ」

誤解を解かねばと前のめりに訂正するも、墓穴を掘ってしまったことに気づいてかあっと顔が熱くなる。マリウッツさんはゆっくりと目を見開いて、私の顔を覗き込んでくる。

「サチ……」

や、やばい……!

マリウッツさんのことが好きだって、バレた……!?

「随分と顔が赤い。熱でもあるのか?」

「んぐあああ」

どうしよう、どうしよう、と頭が熱くって目が回りそうだったのに、調子外れなことを言われて危うくずっこけそうになった。

もう! 乙女心の分からない人だなあ!

ぷうっと頬を膨らませると、マリウッツさんは不服そうに唇をへの字にした。

「……なんだその目は」

「何でもないですう。ちなみにめちゃくちゃ元気なので大丈夫です」

「む、そうか。それならいいんだが……無理はするなよ」

まあ、結果的に程よく緊張がほぐれていつものように軽口が叩けるようになったので良しとしよう。

「それじゃあ、行くか」

「はいっ!」

私たちは肩を並べて歩き始めた。

目的地の王立歌劇場は、カフェや飲食店が立ち並ぶ通りを抜けた先にある。

この辺りは、図書館や治療院など、大きな公共施設が軒を連ねる地区で、普段あまり立ち寄らないためワクワクする。

「わああ……!」

娯楽施設も多く、人通りも多い。

マリウッツさんと並んで歩きながらも、真新しいものばかりに囲まれてあっちこっちに目移りしてしまう。

「わっ、すみません」

さりげなくマリウッツさんが人混みの多い通り側を歩いてくれているけれど、それでも何度か向かってくる人とぶつかりそうになってしまう。

不意に、マリウッツさんが足を止めた。

どこかに寄るのかと思い、私も隣で足を止め、マリウッツさんの様子を窺う。

マリウッツさんはチラッと私に視線を向けては逸らし、を何度か繰り返して何か言いたげなご様子。

ハッ! もしかすると注意力散漫すぎて呆れられているのでは!?

いけない、気をつけないと……

セルフ反省会をしていると、目の前にスッと手が伸びてきた。

「……ん」

「ん?」

あれ、なんだか既視感を覚える。

え? と思ってマリウッツさんを見上げると、ムスッとした表情をしているけれど耳がほんのり赤くなっている。

こ、これは……そういうこと、ですよね?

私も釣られて赤くなりながら、おずおずとマリウッツさんの手に自分の手を乗せた。

合ってたかな、と思って目だけで再びマリウッツさんの様子を窺うと、満足そうな微笑みが返ってきた。ぐふっ。危うく心臓が止まるところだった。

ギュッと私の手を握って再び歩き出したマリウッツさんを追うように、私も慌てて歩き始める。

手を繋ぐのは初めてではないけれど、好きだって気持ちを自覚してからは初めてなわけで。

手のひらがドクドクと脈打っていて顔もすごく熱い。手汗大丈夫かな。心臓も爆発しそう。え、今日生きて帰れる?

「え、えっと……マリウッツさんはよく観劇に行くんですか?」

とにかく会話で気を紛らわせようと話題を振ってみた。

「いや、初めてだ。サチと共に出かけるのにどこかいい場所はないかと俺なりに調べた」

調べたって、マリウッツさんが?

誰か人に聞いたとか、本を読んだとか、街を散策したとか……?

え? マリウッツさんが!?

今日のために準備をしてくれたというマリウッツさんの姿を想像し、胸がキュウッと締め付けられた。これは、とても嬉しい。

「あ、ありがとうございます……えっと、そういえば、今日って何かの記念日とかなんですか? ほら、愛と感謝の日みたいな……」

マリウッツさんは今月の十日である今日を指定してきた。

アンに聞いてみたけど、特にイベントごとはないと言われたので、どうして今日だったのか気になっていたんだよね。

そう思って尋ねてみたものの、ふと、とても単純な答えに行き着いた。

「あ、チケットを取れたのが今日だったからか。すみません、自己解決しました」

「間違いではないが正解でもないぞ」

マリウッツさんは一人で自問自答する私を見ながら含みのある笑みを浮かべている。

「え、じゃあなんで」

「今日は俺の生まれた日だ。今日この日を、サチと共に過ごしたかった。ただ、それだけだ」

「ああ、なるほど、そうなんで……ええっ!? 今日お誕生日なんですか!? ちょっと! 事前に教えてくださいよ! プレゼントも何も用意してないんですけど!?」

え、待って! 誕生日!? えっ!? おめでとうございます!?

思わずマリウッツさんの手を引いて詰め寄るも、マリウッツさんは不思議そうに目を瞬いている。

「サチと共に過ごす時間をもらっている。それで十分だ」

「あ……」

「ほら、遅れないように行くぞ」

「わ、待って」

マリウッツさんは再び私の手を引いて、王立歌劇場に向かっていく。

いやいや、誕生日に一緒に過ごしたかったって……何それ。

私は空いた手で熱くなった頬を押さえて瞳を伏せた。