軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第124話 けじめ ◆アルフレッド視点

決意を固めてから三日後のお昼前、僕は事務仕事を片付けて魔物解体カウンターに向かった。

ちょうどお昼時に差し掛かり、魔物解体カウンターの列も無くなっていて、カウンター内も落ち着いている様子だ。

「サチさん。お昼がまだでしたら一緒にどうですか?」

「アルフレッドさん! ぜひ!」

カウンター越しにサチさんに声をかけると、サチさんはパァッと表情を明るくして快諾してくれた。

それだけで胸の奥から温かな気持ちが込み上げてくる。

「ドルドさーん! お昼入りまーす!」

「おう! ゆっくりしてきな」

サチさんは作業用のエプロンを脱いでフックにかけてからカウンターの外に出てきてくれた。

「ご一緒できるの久しぶりですね! 嬉しいです! あ、ピィちゃんもいいですか?」

「僕もです。ええ、もちろん。ぜひご一緒しましょう」

サチさんは断りを入れてからピィちゃんさんに声をかけた。

ピィちゃんさんは定位置のカゴの中からひょっこり頭を覗かせてから勢いよく飛び上がった。

彼は随分と食いしん坊なので、ご飯と聞いてキラキラと目を輝かせている。すでに口元には涎が垂れていて、つい、プッと吹き出してしまった。

「ピュー!!」

「すみません、可愛くて」

「ピッピッ」

ピィちゃんさんは笑ったことに抗議を唱えてきたけれど、正直に白状して詫びればすぐにご機嫌になって僕の肩に乗ってくれた。

ピィちゃんさんもすっかりギルドの一員となり、見知った職員や冒険者の皆さんからとても可愛がられている。

毎日たくさんの魔物の切れ端を食べているので、心なしか出会った当初よりも力強さが増している気もする。実際に隣国での一件では、立派な結界を張って僕たちを守ってくれた。

主人であるサチさん同様、ピィちゃんさんもこれからの成長が読めず、とても楽しみだ。

近況を話し合いながら、僕たちは食堂へと向かった。

時間帯的に食堂は盛況だったが、今日の日替わりランチをピィちゃんさんの分も含めて三人分注文し、空いている席を見つけて向かい合って着席した。

ちなみに、今日のメニューはコカトリスの蒸し焼きだ。

二人と一匹で腹ごしらえを済ませ、一息ついたタイミングで、本題を切り出した。

「そういえば最近、何か心境の変化はありましたか?」

「えっ!? な、何がですか!?」

言葉を濁して問いかけたけれど、サチさんは分かりやすく目を泳がせた。

「サチさんは分かりやすいですね」

「そ、そんなに分かりやすいですか?」

「はは……まあ、よく見ていますので」

「?」

頬を赤く染め、恥ずかしそうに肩を縮めるサチさんはとても愛らしい。けれど、その表情を引き出しているのが、僕ではないということに胸が締め付けられる。

相変わらず相手の気持ちに鈍感な彼女は、僕の言葉にピンと来ていない様子で眉を顰めている。

「一つ、聞いてもいいでしょうか」

「はい、なんでしょうか」

「その人は……サチさんを大切にしてくれていますか?」

サチさんは虚をつかれたように数回目を瞬いてから、即答した。

「大切に……はい。そうですね……よく見てくれているなと、そう思います」

「……それはよかった」

僕の目から見ても、マリウッツ殿はサチさんをとても大切に想っている。

先日、予期せぬきっかけで彼の過去の一端を知り、これまで頑なにソロ冒険者を貫き、他者との関わり合いを最小限にしてきた彼の言動に合点がいった。

緊急時は一時的にパーティを組んではくれるが、決まったパーティに属することはせずに一人で研鑽を重ね、孤高の存在として一目置かれていた。

そんな彼が、サチさんと出会ってから目に見えて変わった。

彼の固く閉ざされた心をほぐし、癒したのは純真無垢なサチさんなのだ。

それから僕たちは、休憩時間いっぱいまで世間話に花を咲かせた。

サチさんとピィちゃんさんを魔物解体カウンターまで送り届け、僕はギルドの裏口から訓練場に向かった。

訓練場では、数名の冒険者が剣や【 天恵(ギフト) 】の訓練に励んでいた。

その一角に、目的の人物の姿を見つけた。

「マリウッツ殿、加減はいかがですか?」

「アルフレッドか。問題ない」

目にも止まらぬ速さで剣を振るっていたマリウッツ殿は、僕に気づくと動きを止めて襟元をグイッと引っ張って汗を拭った。

「まだ退院して間もないのですから、無理をしてはいけませんよ」

「ああ。とはいえ、実戦から離れると勘が鈍るからな。こうして身体を動かさねば」

マリウッツ殿はそう言いながら、肩や首を回している。

先ほどの剣技を見れば、衰え知らずではなかろうかと苦笑してしまう。

僕は目を閉じ心を落ち着かせてから、一歩足を踏み出した。

ジャリッと足元の砂が鳴り、マリウッツ殿がこちらを向く。

「――でしたら、僕と手合わせしていただけませんか?」

まさか、そのような提案を受けるとは露ほどにも思っていなかったのだろう。

マリウッツ殿は大きく目を見開くと、怪訝な顔をして僕の真ん前まで歩み寄ってきた。

「……急にどうした。お前らしくもない」

「どうか、お願いします」

真っ直ぐに彼の目を見つめ返す。澄んだアメジストの瞳に、真剣な目をした僕が写り込んでいる。

しばらく見つめ合い、マリウッツ殿は静かに頷いてくれた。

「手加減はしないぞ」

「ええ、元よりそのつもりです」

マリウッツ殿は壁際に立てかけられた木製の模擬刀を二本手にとると、一本をこちらへ投げて寄越した。

「得意な得物でなくていいのか」

「ええ、問題ありません」

ローブを脱いで、汚れないように投擲用の的にかけながら応える。

僕の【 天恵(ギフト) 】は戦闘向きじゃない。【鑑定掲示】も、自分より低ランクのものにしか効果はないし、そもそも対人向けではない。

ただ単純に、自分の力と剣技での勝負になる。

現役時代ならともかく、一線を退いた今の僕の力でどこまで通用するか……

心臓がドクンドクンと脈打っている。マリウッツ殿を相手取るのは恐ろしい。だが同時に、剣を交えられることに気分が高揚している自分がいた。

「お願いします」

僕は数度模擬刀を振り、感触を確かめてから構えた。

マリウッツ殿はすでに隙のない構えでこちらを警戒している。

「ああ、どこからでもかかってこい」

「では、遠慮なく……はああっ!」

ビュッと一筋の風が吹き抜けると同時に、力強く足を踏み締めてマリウッツ殿に切り掛かった。

力任せに剣を振るうが、マリウッツ殿は紙一重で全ての太刀をいなしていく。

単純に切り込むだけでは、僕の剣は到底彼には届かない。

「どうした。そんなものか」

「くっ」

マリウッツ殿は僕の斬撃を易々と回避すると、反撃に転じた。

同じ模擬刀を使っているというのに、動きが全く違う。

ヒュッ、ヒュッ、と空気を割くような鋭く隙のない攻撃が降り注ぐ。

「う、ぐっ」

ガッ、ガッ、と木製の刀がぶつかる鈍い音が鼓膜を震わせる。

間一髪のところで攻撃を受け止めているが、このままではジリジリと消耗してしまう。

勝機があるとすれば、一瞬の隙をついて全力の一撃を打ち込むことだけだろう。

スピードや技術は、これまで貪欲に強さを求めてきた彼の足元にも及ばないが、全力を乗せた一撃であれば、彼の剣を弾くことができるかもしれない。

「ふっ、はああああっ!」

マリウッツ殿の斬撃を受け止めた瞬間を狙い、僕は両手で模擬刀を押し返した。

ほんの一瞬、マリウッツ殿が怯んだ隙をついて、全体重を乗せて全力で模擬刀を振り下ろした。

「――甘い」

けれど、模擬刀の腹をこちらに向けたマリウッツ殿は足を踏み締めて回転しながら、刀身に僕の模擬刀を滑らせるようにして弾き飛ばした。

ビリビリと手が痺れる感覚。

模擬刀は頭上後方へと吹き飛ばされてしまった。

僕はそのまま数歩後退り、どすんと腰を落としてしまう。

マリウッツ殿は依然として模擬刀を構えたままだ。

「はあ……はあ……はああ、敵いませんね」

僕は両手を後ろについて喉を反らせた。

時間にしてたったの数分剣を交えただけなのに、喉奥が張り付くほどに渇いている。

「現役を退いて長いだろう。どうした、今後調査で王都の外に出る予定でもあるのか? 鍛錬が必要ならばいつでも付き合うぞ」

マリウッツ殿は僕の模擬刀を回収して、元あった場所へと戻してくれている。

「はは……そうですね、ぜひお願いします」

自分勝手な理由を悟られずにホッとする。

これは僕自身のけじめだ。剣を交えた理由を話す必要はない。

「俺は戻るが……」

「ああ、すみません。僕はもう少し呼吸を整えてから戻ることにします」

「そうか」

マリウッツ殿は僕に向かって手を差し伸べようとしてくれたが、片手を上げてやんわりと断った。

マリウッツ殿は愛刀を手に取ると、建物の中へと消えていった。

「……はあー、敵わないですね。本当に」

彼がいなくなるまで見送ってから、砂がつくのも厭わずに大の字で寝そべった。

さすがはSランク冒険者。全く敵わなかった。

清々しいほどの完敗だ。

大きく胸を上下させながら、肺いっぱいに空気を吸い込む。

春の陽光が降り注ぎ、青々とした爽やかな空。

僕の心もまた、晴れやかだった。