作品タイトル不明
第114話 共同墓地 ◆マリウッツ視点
『お前と同じパーティじゃなければ――』
瀕死の状態でこちらに血まみれの手を伸ばす男。
いつも大口を開けて笑っていたその表情は苦悶の色に染まっている。
血の気が引くような感覚に襲われ、視界が徐々に暗くなる。天地がひっくり返るように歪んで――意識が浮上した。
「――夢、か」
俺は腕を額に乗せて、深く息を吐いた。
べったりと汗をかいていて、服が張り付いて気持ちが悪い。
窓からは春の陽気が差し込んでいる。
そうか、もうそんな時期になるのか。
ゆっくりと身体を起こし、シャワーで寝汗を流してからいつもの服装に着替えた。
キッチンで卵とホーンブルのベーコンを焼いて、パンに乗せて頬張る。
王都の中心地に借りている一軒家。
一人で暮らすには広すぎるが、人の気配を絶って一人で安らぎたいと借りたこの場所はそれなりに気に入っている。
昔の夢を見るのは久しぶりだ。
今は特定のパーティには所属せずにソロの冒険者を貫いているが、過去に一度だけ、パーティを組んだことがある。
前衛は俺と剣士がもう一人、後衛の治癒師と魔法系【 天恵(ギフト) 】の冒険者が一人ずつの四人パーティだった。
その当時、俺はすでにAランクに昇格していたが、メンバーはCランクやDランクばかりの発展途上のパーティだった。
冒険者を志して故郷を出た同郷の面々で、リーダーの男に熱烈に勧誘されて気まぐれで参加したのが始まりだった。
あの時の俺は、ただひたすらに力を求めていた。
強く、もっと、もっと強く――強さを求めて剣を振るっている時は、全てを忘れられたから。強くなる以外に、生きる意味を見出せなかったから。
『本当にお前は強いなあ。でもよ、もう少し周りを見てみたらどうだ? なんでも一人でやろうとするのはお前の悪い癖だぜ』
『? なぜだ。一人ですべて事足りるに越したことはないだろう。その分浮いた人員を他の敵や作業に回すことも叶う』
『まったく、そういうとこだぜ』
そう言って笑った男は、もうこの世にはいない。
今の俺ならば、奴の言葉の真意を理解できる。だが、あの頃はまだ、一人の力でなんでも解決しようとしていた。
当時から言葉が足りない自覚はあったが、そんな俺に臆することなく気安く接してきた前衛の剣士。
その男の名前は、クルト。橙色の髪が眩しい男だった。
そろそろ、奴の命日が近かったはず。
今朝夢に出てきたのも、あの日のことを忘れていないかと記憶を呼び起こしに来たのだろう。
俺はパンの最後の一片を口に放り込んでから一軒家を出て東の門へと向かった。
王都から少し離れた丘の上に、共同墓地がある。
城門の外に造られているのは、墓地には死霊が集まるからだ。
以前、王都にレイスが現れてサチが成仏させたことがあったが、共同墓地は常に聖水で清められ、魔物の出現を抑えるように管理されている。
俺は門番に共同墓地に向かうことを告げ、王都を出た。
幾度となく訪れた道を迷うことなく進み、とある墓石の前に到着した。王都を出る前に花屋で買った花を墓石に添え、片膝を突いて目を閉じる。
「お前は、今でも夢に出てくるほど俺を恨んでいるのだろうな」
許されようなんて思ってはいない。
だが、いくら悔やんだところで、失われた命が帰ってくることもない。
あの日、俺は決めた。
必要以上に他者に関わらないと。
俺自身も、それでいいと思っていた。
――サチと出会うまでは。
俺は、当時パーティで最も強かったにもかかわらず、仲間を守れなかった。
だから、それ以来パーティを組むことをしなくなった。
俺にパーティを組む資格はない。
仲間を守ることができず、後から後悔をするぐらいならば、最初からパーティを組まなければいい。
あの日以来、ずっとそう思ってきた。
だが、俺はサチに自らパーティの申し出をしてクエストを受注した。
異世界召喚とやらで無理やりこの世界に連れてこられたのに、常に前向きで底抜けに明るいサチの力になりたいと思ったのだ。
いや、それだけではない。
どこか無鉄砲で無茶なことをしでかすサチのことが放っておけなかった。
始めは俺に対して他の者と変わらぬ態度で接してきたことと、その異常なまでの解体の腕に興味を引かれた。
コロコロと変わる表情、何事にも臆することなく挑戦する気概。危なっかしいところも目が離せなくて、気がつけばサチの下へ足を向けるようになっていた。
そして、共に過ごす時間を重ねるうちに、いつしか俺はサチに絆され、癒されていった。
だが、俺は忘れてはならない。かつての過ちを。
もう二度と、大事な人を失わないためにも。
しばしの黙祷ののち、ゆっくりと目を開けると、ビュウッと一筋の風が吹き上がり、俺の髪を乱していった。
風を追うように空を仰ぐと、太陽が厚い雲に覆われて辺りが真っ暗になった。
ぐんと体感気温が下がり、空気が一層重くなったように感じる。吐息まで白くなってきた。
「まさか、レイスか?」
周囲が暗くなったとはいえ、こんな昼間に? とは思うものの、抜剣して剣を構える。
辺りを警戒していると、影の色が濃くなり、ブワッと視界が真っ黒になった。
闇に呑み込まれるような錯覚に陥る。
「チッ、【 反芻(はんす) 】――」
『お前と同じパーティじゃなければ……』
「なっ、この声は――」
真っ黒な闇の中で響いた声は、かつての仲間のものだった。
耳から入り込み、身体の芯を冷やしていくような昏い声。
気づいた時には足元から影が絡みついてきていて、抗う術もなく意識が闇の中に沈んでいった。