軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第115話 医務室にて

「何か騒がしいですね」

魔物解体カウンターで業務中だった私は、受付方面が騒がしいことに気がついた。

「本当だな。何かトラブルでもあったのか? もしかすると魔物が大量に持ち込まれてくるかもしれねえ。ちょっくら事情を知ってそうな奴を捕まえて聞いてくる」

ドルドさんが手をエプロンで拭いながらカウンターを出ていった。

私はローランさんとナイルさんと顔を見合わせ、手元の解体作業を進めながらドルドさんの帰りを待った。

しばらくして戻ってきたドルドさんは深刻な顔をしていた。

チラリと私を見て、一瞬迷ったように瞳を泳がせた。そして腹を決めたように深いため息を吐いた。

「落ち着いて聞けよ……どうやら、マリウッツが意識不明で運び込まれたらしい」

「えっ!?」

思わず手に持っていたナイフを作業台の上に落としてしまった。

マリウッツさんが意識不明……?

大怪我をしたの? 何があったの?

意識が戻る見込みは……?

ぐにゃりと地面が歪む感覚に襲われ、作業台に両手をついた。

ドルドさんは私の側に立ち、支えるように肩に手を置いてくれる。ドルドさんの手の温もりに、幾分か気持ちが落ち着いていく。

「共同墓地で倒れていたところを、偶然訪れた他の冒険者が見つけてギルドに運んできたようだ。今は医務室にいるが、外傷はないものの意識が戻らないらしい」

「そんなっ!」

ドルドさんの様子から、かなり状態が悪いことは容易に想像できた。

今すぐ無事を確かめに行きたい。でも、今はまだ仕事中だから、お昼休みに入ったら――

飛び出したい衝動を抑えつつ頭の中で逡巡していると、ドルドさんが頭を掻きながら口を開いた。

「あー、今はカウンターも落ち着いている。サチ、ちょっと顔を出してやれ」

「あっ、ありがとうございます!」

私は弾かれたように顔を上げると、ドルドさんに深く頭を下げた。ドルドさんの気遣いに心から感謝しつつ、素早くエプロンを脱いでカウンターを飛び出した。

「ピィッ!」

「ピィちゃん! ピィちゃんも心配だよね。うん、一緒に行こう」

物々しい雰囲気を感じたのか、不安げな表情のピィちゃんが追ってきた。

私はピィちゃんを腕に抱き締めて、医務室へと向かった。

◇◇◇

医務室の前に到着し、胸に手をあてて深呼吸をする。

大丈夫、病人がいる場所で騒ぎ立てることはしない。落ち着いて。

逸る気持ちを抑えながら、私は恐る恐る扉を開いた。

「サチさん?」

医務室にはベッドが十個置かれていて、そのうちの一つにマリウッツさんが横たわっていた。他に患者はいない。

ベッドの傍にいたアルフレッドさんが私に気づいて声をかけてくれた。

「あ、あの……マリウッツさんは……?」

アルフレッドさんに手招きされるまま、ベッドの横へと向かう。

聞いた通り、マリウッツさんは見たところ大きな怪我はない。

ただ眠っているだけのように見える。

「医師の検査では原因は不明のようです。今、彼が倒れていた共同墓地を調査してもらっています。……何か分かればいいのですが」

アルフレッドさんも沈痛な面持ちで瞳を伏せている。

私はそっとマリウッツさんの手に触れた。

随分と冷たい。呼吸は安定しているみたいだけど、こんなに冷たいのは普通じゃない。

もし、二度とマリウッツさんが目を覚さなければ……?

そんな恐ろしい想像をしてしまい、不安な気持ちを払うように頭を振る。

大丈夫、きっとまた優しい声音で名前を呼んでくれる。

私はギュッとマリウッツさんの手を握った。

いつも助けてもらってばかりなのに、何もできない自分に嫌気がさす。

早く、何か手掛かりが掴めたらいいのに……

ピィちゃんもベッドに飛び乗って心配そうにマリウッツさんに寄り添っている。

重い空気が流れる中、バンッと扉が勢いよく開け放たれた。

そして、カツカツとヒールの音を響かせながら、誰かが入ってきた。

「おやおや、美味そうな匂いがするね」

「あ、あなたは……!」

現れたのは、黒い外套を羽織り、真っ赤な口紅と髪が目を引く女性。少し吊り目な瞳は獲物を狙うように細められている。

長いキセルを手にしているけれど、病室でそれはいかがなものかと……

どちら様でしょうか? と説明を求めてアルフレッドさんを見上げる。

「彼女はヴァイオレットさんです。歴史の記録人、またの名を『言の葉の魔女』と呼ばれています」

「魔女!?」

た、確かに魔女っぽい!

目尻に僅かに刻まれた皺が若人ではないことを物語っている。オフショルダーの服のせいか、お胸もたわわで美魔女という表現がぴったりの女性だ。妖艶というか、とにかく色気がすごい。

この世界に魔女っているんだ、と一人放心していると、ヴァイオレットさんが口を大きく開けて笑った。

「あっはっは! まあ、確かにそう呼ばれているけど、アタシは魔女じゃあないよ。アルフレッドや、きちんと説明してやんな」

ヴァイオレットさんに促され、アルフレッドさんが頷いた。

「ヴァイオレットさんは、【記録】の【 天恵(ギフト) 】を保持しています。一度見聞きしたものは忘れず、記憶を文字に転写することもできます。歩く事典のような方ですね。王立図書館の館長でもあり、その【 天恵(ギフト) 】を活かして、様々な事象を後世に伝えるために記録してくれています。この国の歴史、魔物の出現記録、近年確認された【 天恵(ギフト) 】の記録まで、その範囲は多岐に渡ります」

「す、すご……」

あまりの凄さに思わず絶句する。

もしかして、この人だったらマリウッツさんの身に起きていることも何か情報を持っているかもしれない。

ヴァイオレットさんはたっぷりの赤髪をバサリと手で払って、マリウッツさんの枕元に立った。

「ふぅん……こりゃ珍しい」

「な、何かご存知なのですか?」

マジマジとマリウッツさんを観察するヴァイオレットさんに、アルフレッドさんが問いかける。

ヴァイオレットさんの厚い唇がゆっくりと開いた。

「ああ。この子は夢喰いにマーキングされているね」