作品タイトル不明
第113話 【天恵】からの解放
『【遺恨解放】から能力が派生します。【 天恵解放(ギフトリリース) 】を獲得しました。ただし、発動には対象の認証が必要です』
頭の中に無機質な声が響く。
そっと目を開けると、カインくんの力強い目と目が合った。
「じゃあ、いくね。……【 天恵解放(ギフトリリース) 】」
私は獲得したばかりの固有スキルを発動し、カインくんを守るように包み込んでいる糸をシュパパパッと素早く切り刻んだ。
バラバラになった糸はハラリと宙に舞い、キラキラと輝きながら散った。
「あ……なんか、変な感じ。今までそこにあったものが、なくなったような……」
カインくんは不思議そうに両手を握ったり開いたりしている。
その頬に、ポロリと一粒の涙が溢れた。
「これでもう、カインくんが魔物を呼び寄せることはないはず。アルフレッドさん、確認していただけますか?」
固唾を飲んで見守ってくれていたアルフレッドさんに、再度の【鑑定】を依頼する。
アルフレッドさんは深く頷いてから、カインくんの手を取った。
「……なんてことだ。確かに、カインくんは今、【 天恵(ギフト) 】を有していません」
「本当に……? 俺、もう魔物を惹きつけなくなったの?」
カインくんが信じられないとばかりに目を見開いた。
「うん。そうだよ。だから、帰ろう? お父さんとお母さんのところに。きっと心配してる」
「うん、うんっ」
その後、カインくんが泣き止むまで待ってから、小屋の周りの後片付けをした。
そこら中に転がる魔物の山をマリウッツさんが【圧縮】してポーチに収納し、私たちは森を出て王都を囲む城門をくぐった。
カインくんの本当の家である王都の外れに向かい、確かに送り届けた。
家が見えた途端、カインくんは弾丸のように駆け出して、中から出てきた父親と思しき男性に飛びついていた。
わんわん泣くカインくんを前に動揺を隠せないお父さんに事情を聞かれ、事前に打ち合わせした通りにアルフレッドさんが説明した。
カインくんは魔物を引きつける【 天恵(ギフト) 】が発現したので王都の外で過ごしていたが、発現したばかりで暴走していた力が収束し、コントロールできるようになった、と。
もし、自分たちのために愛する息子が生涯に一つだけ授かる【 天恵(ギフト) 】を手放したと知れば、きっと悲しむと思ったからだ。
私たちは家族三人が抱き合って喜ぶ様子を確認し、帰路に就いた。
レイラさんだけはカインくんの母親の病状を確認するためにその場に残った。
お母さんの病気も良くなって、お父さんの怪我も完治したら、きっとまた親子三人で楽しく笑い合って暮らすことができるだろう。
そう思いながらも、どうしても私の気分は晴れなかった。
トボトボ歩く私を心配したアルフレッドさんが声を掛けてくれる。
「また、とんでもないものを解体しましたね」
「はい……でも、こんな危ない力……」
そう、私は怖くなってしまった。
私の【解体】は、相手の【 天恵(ギフト) 】まで解き放ってしまうのだ。
本当に、カインくんの【魅了】を解体してしまって良かったのかな……
一生に一度の力なのに、彼はもう特別な力を持つことは叶わない。
私の考えを読んだかのように、アルフレッドさんは優しく微笑みかけてくれた。
「大丈夫です。【 天恵(ギフト) 】は人を害そうと使えるものではありませんから。使えたということは、彼がそれを望んだからです」
アルフレッドさんの言う通り、【 天恵(ギフト) 】の力で人を傷つけることができないらしい。こちらの世界に来てしばらくしてからドルドさんに教えてもらった。
【 天恵(ギフト) 】とは、天より授かる力であり、誰かを傷つけるものではない。対人に使用できるものとしては、アルフレッドさんの【鑑定】や、解毒や浄化をはじめとした治療系の【 天恵(ギフト) 】があげられる。
そして、その人が授かることのできるギフトは生涯でただ一つだけ。失ったからといって、新たに授かることは決してない。
それでも、カインくんは大切な家族と暮らすため、力を失うことを選んだ。
「はい……でも。本当にこれでよかったのでしょうか」
頭では納得しようと色々考えても、どうしても俯いてしまい爪先ばかりを見てしまう。
「【 天恵(ギフト) 】の力を頼らずに生きている人もたくさんいます。あまり気にしすぎてはいけませんよ」
「ああ。あの子供が望んだことだ。サチが気にすることではない」
アルフレッドさんだけでなく、マリウッツさんにも励まされ、ようやく私は顔を上げた。
「ピィ〜」
「ふふっ、ピィちゃんもありがとね。またカインくんに会いに行こうね」
「ピッ!」
カインくんの【魅了】によってメロメロになっていたピィちゃんだけど、【 天恵解放(ギフトリリース) 】をしてからもカインくんに友好的に接してくれている。
みんなのおかげで、ギルドに着く頃には、重かった足取りはすっかり軽くなっていた。
支え、励ましてくれる存在の大切さが身に染みる。
ギルドの前に到着し、建物の中に入ろうとアルフレッドさんが扉に手を伸ばしたと同時に、バンッ! と向こう側から勢いよく扉が開け放たれた。
「戻ったか! アル坊! お前だけ面白そうなことに首を突っ込んで狡いぞ! さっさとこっちを手伝え!」
「うわっ、オーウェンさん!? ちょ、担ぐのはやめ……うわあああ!」
ギルドの中から飛び出してきた巨体はオーウェンさんだった。
オーウェンさんは有無を言わさずアルフレッドさんを軽々と肩に担ぎ上げて、ギルドの中に強制連行してしまった。アルフレッドさんもかなり体格がいい方だけど、オーウェンさんを前にすると子供のように見えてしまう。
呆気に取られる私とマリウッツさんはその場にしばし立ち尽くした。
ん? 待って、今もしかしてマリウッツさんと二人きりでは……!?
いやいや、ちょっと、心の準備ができてない!
「わ、私も仕事に戻らないと……!」
とにかく急いで魔物解体カウンターに逃げようとしたけれど、マリウッツさんにガシッと手首を掴まれた。
「えっ!? な、は、離してくださ……」
突然のことに、カッと頬が熱くなる。ブンブン振ってもびくともしない。
「ダメだ、離さん。こうでもしないとまた逃げるだろう。逃げないと約束できるなら離してやる」
「そ、そんな殺生な……!」
必死で訴える私に、マリウッツさんは少し寂しげな表情を見せた。
「久しぶりに、サチと話がしたいだけだ。最近顔を合わす機会が少なかったからな」
ギクッ!
た、確かに一時はマリウッツさんを避けていた時期はあったけど、覚悟を決めてからはむしろ会いたかったぐらいで……あれ、今ってしっかり向き合ってお話しするチャンスじゃない?
私が一人で百面相をしていると、マリウッツさんが吐息を漏らした。
「また、こうして普通に話せて嬉しく思う」
「……え」
思わず顔を見上げると、息を呑むほどに優しい表情をしたマリウッツさんがこちらを見ていた。
心臓がギシッと軋んだ気がした。
時が止まったようにジッと見つめ合っていると、マリウッツさんが瞳を揺らした。
「――俺は何か、サチを不快にさせるようなことをしただろうか? すまない、幼い頃より人付き合いは得意ではないのでな……相手の顔色を伺うことが不得手なのだ。色々と考えてみたのだが、分からなかった」
「そんな、違うんです。私自身の問題なんです」
「サチの?」
咄嗟の弁明に首を傾げるマリウッツさん。
ああ、馬鹿だ、私は。
マリウッツさんはこんなにも真っ直ぐに私を見てくれているのに。私はずっと問題を先送りにして、自分の感情から目を背けてばかりだった。
暴風雨のように吹き荒れていた初恋の嵐が収まり、ようやく穏やかな優しい風に変わった気がした。
「えっと……まだ、うまく言葉にできないのですが……これからも、前のようにお話ししてくれますか?」
「当然だ」
おずおずと尋ねると、私の言葉に被せる勢いで即答された。それだけのことが無性に嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。
うう、きっと今、ものすごく情けない顔をしていそう。
「……また、お昼を一緒に食べましょうね」
「ああ」
嬉しそうに微笑むマリウッツさん。
私も嬉しくなって、フフッと笑みが溢れた。
「そうだ、今度また、一緒に街に出ないか」
「え……は、はい」
やっとこれまで通りの関係に戻れそうだと安堵していると、早速お出かけのお誘いを受けた。
「来月の十日」
「え?」
「その日を俺にくれないか」
「来月の十日……? わ、わかりました」
その日に一体何があるのだろう?
また何かお祭りでもあるのかな? 今度アンに聞いてみよう。
思い当たるイベントがなくて思考を巡らせていると、約束を取り付けてご満足な様子のマリウッツさんが笑みを深め――コツンと私の頭に自身の額を当てた。
マリウッツさんの髪がサラリと私の顔を撫でて、息が止まった。
「サチに嫌われていなくて、ホッとした」
「えっ! そんな、私がマリウッツさんを嫌いになるなんて……あり得ないです」
「……そうか」
身体を離し、腕を持ち上げて口元を隠すマリウッツさん。
あ、なんか恥ずかしいこと口走った気がする。そう後悔している間に、「じゃあ、またな」とマリウッツさんは未だ混乱の最中にいる私の頭を撫でて帰っていった。
私は呆然とその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
「……ねえ、公衆の面前でやめてちょうだい?」
「ひゃあっ! えっ、アン!?」
突然声をかけられて飛び上がってしまった。
慌てて声の主を探すと、ギルドの扉を開けて顔を覗かせていたアンが、パタパタと顔を仰いでいる。
「ギルドの真ん前で二人の世界を作られちゃあ、ねえ? ほら、ギルドに入りたくても入れない冒険者の皆さんがお困りよ」
「ええっ!? わっ! ごめんなさい!」
振り返ると、遠巻きにモジモジした冒険者たちが気まずそうにしていた。
ヒィィ! 本当にごめんなさい!
私は真っ赤になって頭を下げると、逃げるように魔物解体カウンターへと向かった。