軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第109話 不思議な少年

「こんにちはー」

「お、来たね。用意できているよ」

今日は魔物解体カウンターで常備している止血剤や包帯など、救急セット一式の補充のためにレイラさんの店にやってきた。

解体ではナイフやノコギリを扱う上に、固い魔物の角や牙で怪我をすることもある。主にナイルさんが。そんな時に使用している薬たちだ。

「おや、あの子」

頼んでいた内容に間違いがないことを確認し、代金を支払って軽く世間話をしていた時、レイラさんがポツリと呟いた。

その視線の先を辿ると、俯きがちに歩く少年の姿があった。周りを気にしてキョロキョロ辺りを見回している。

小柄だけど、見たところ十歳ぐらい……?

子供一人で来ているみたいだけど、お使いかな?

「たまに来るんだよ。母親が病気なんだって」

私の疑問に気付いた様子のレイラさんが説明してくれた。その目は心配そうに細められている。

「そうなんですね……」

「私の薬で症状は安定しているみたいなんだけどね。病魔ってのはそう簡単にいなくなってはくれないものでね……それと、最近はよく魔除けの香を買っていくんだ」

「魔除け?」

王都の街中にいれば必要ないと思うけど、街の外に出ることがあるのだろうか。

不思議に思っていると、少年が突然ハッと顔を青くした。慌ててレイラさんのところにやって来て、「これ、ください」と魔除けの香を差し出し、ちょうどのお金を置いて駆け出した。

「あ、ちょっと!」

レイラさんが咄嗟に呼び止めるも、少年はすでに店の扉を開けて飛び出してしまっていた。

少年の様子が気になるのは私も同じだったので、二人で扉を開けて通りに出るも、少年は人混みを縫うように城門の方向に向かって走っていってしまった。

「はあ、母親の状態を確認したかったんだが……急用でも思い出したのかね」

私もそろそろギルドに戻らなきゃ。

後ろ髪を引かれつつも、レイラさんに挨拶をしようとして、何やら辺りが騒がしいことにようやく気がついた。

通りを行き交う人がみんな街の中心に向かって小走りで移動している。遠くから怒鳴り声まで聞こえてきて、いつも明るく賑やかな王都の街に似つかわしくない光景に驚く。

「おい! 城門のすぐそばまで魔物が来ているぞ! 門には近づくな!」

「えっ、魔物が!?」

それでみんな城門から離れるように街の中心部に向かっているのね。

いくら王都が強靭な守りを誇っているとはいえ、群れから逸れた魔物が城門に近づくことがある。けれど、それは本当に稀なこと。

騒ぎの原因に合点がいったところで、ハッとレイラさんと顔を見合わせた。

「あの子、門の方に行かなかったかい?」

「はい、見間違いでなければ」

あの子は魔除けの香を買っていた。

もし事情があって王都から外に出るつもりなら、魔物と遭遇する危険性がとても高い。このまま見て見ぬ振りをすることはできない。

「ナイフ、お借りしてもいいですか?」

「ああ、もちろん。父ちゃん、少し店を頼むよ!」

レイラさんも同じ考えだったようで、急いで店に戻ってナイフとレイピアを手に取ると、店の奥にいたお父さんに声をかけて再び店を飛び出してきた。

「ありがとうございます!」

差し出されたのは、ホルダーに入った小型ナイフ。

今は仕事着でベルトをつけていたので、腰に装着した。

こんなことになるなら、ピィちゃんについてきてもらえばよかった。

今頃定位置の寝床でお腹を出してスヤスヤ寝ているであろう相棒のことを考え、ふるりと頭を振った。

いないものは仕方がない。危険は冒さないように、少年の無事を確認しよう。

レイラさんと共に人の流れに逆らって城門を目指す。

大通りを抜けると、すでに街の人は避難したらしくすっかり 人気(ひとけ) がなくなっていた。

ようやく見通しが良くなったところで、関所を通過しようとしている少年を見つけた。少年は慣れた様子で門番に声をかけて、なんとそのまま外へと出ていってしまった。

えっ、嘘でしょ!? なんで!?

「な、な、どうしてあの子を一人で外に出したんだい!?」

全速力で関所に突っ込み、その勢いのままレイラさんは門番の胸ぐらを掴んだ。

突然掴み掛かられた門番は目を白黒させながらも弁明した。

「えっ、いえ、あの少年の家はあの森の中にあるので……それに、いつも魔除けを炊いているから、あの子が魔物に襲われるところを見たことがないんです」

門番が指差したのは、目を凝らして視認できる距離にある小さな森。

ラーナの森よりも随分と小規模で名前すらないが、もちろん魔物は生息している危険な場所だ。ましてや、子供が一人で出入りするような場所ではない。

「森に家!? あの子の家は王都の外れにあるはずだよ!? 一体いつから!?」

「ええっと……ここひと月といったところでしょうか。ゲホッ、と、とにかくあなたたちも避難を……!」

「どうしてそう平然としていられるんだい!? あの子を放っておけるわけがないだろう! あの子こそ避難させなきゃならないんじゃないのかい!?」

「わわ、レイラさん、落ち着いて」

すっかり頭に血が上った様子のレイラさんを無理やり門番から引き剥がした。

レイラさんは敵を威嚇する猫のようにフーフーと肩を怒らせている。

森に向かうにしろ、この付近は魔物が確認されたばかりだ。今は見当たらないけれど、どこに潜んでいるか分からない。それに森にも魔物がいる。

今、装備もしていない状態で、私とレイラさん二人で王都を飛び出すのは最善手ではない。

「レイラさん、ここは一旦ギルドに向かいましょう。しっかりと事情を話せば、ギルドも動いてくれるかもしれません」

「あ、ああ……そうだね。その時は冒険者として、私も森に向かう」

まだ幼いのに病気の母親のために一人で薬屋に薬を買いに来ていた少年。

きっとレイラさんは、ずっと彼を見守ってきたのだろう。心配するのも仕方がないことだ。

名残惜しそうなレイラさんの袖を引き、私たちは来た道を引き返してギルドへと向かった。