軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第108話 すれ違う日々

「おっ、マリウッツか」

翌日、マリウッツさんは昨日の言葉通り、魔物解体カウンターに討伐した魔物を持ち込みにやってきた。

マリウッツさんの名前を聞いて、どきりと心臓が跳ねるけれど、平常心を装う。

そう、私は公私混同をしない。仕事のできる女。

「サチに頼めるか?」

「はいよ。サチ! ブラックハウンド三頭、いけるか?」

「はい! マリウッツさん、こんにち……ウッ」

いつものようにマリウッツさんからご指名が入ったため、笑顔を作って勢いよく振り向くと、カウンターの向こうに佇むマリウッツさんの姿が目に入った。

ま、眩しい……! 後光が……!

思わず片手を顔の前に翳してよろめいてしまう。

マリウッツさんがキラキラと輝いて見えるし、急に動悸息切れが……!

好きだと自覚しただけでこうも変わるものなの!? チラッ……ぐふっ。

私は眉間に深い皺を刻みながら、乾いた笑顔を貼り付けてDランクのブラックハウンドを受け取った。

角や牙は武器や装飾品に、強靭な毛皮は防具に使われる魔物だ。

私はカウンターに背を向けて、ふう、と息を吐いてから【解体再現】を発動した。

スパパパァン! といつもの小気味よい音が、胸の高鳴りを落ち着けてくれる。

よし、これでいつも通りに戻れるはず。

必要な素材だけを布に包んで、残りは業者に卸すためにギルドで保管する。

全ての作業をつつがなく終え、私はカウンターで待つマリウッツさんの元へと小走りで向かった。

よし、平常心、平常心。私は仕事のできる女。

「ハイ、ドウゾ。オ待タセシマシタ」

「い、いや、全く待ってはいない。いつもながら惚れ惚れする腕だ」

マリウッツさんの表情に僅かながら戸惑いの色が滲むが、いつものように解体の腕を誉めてくれた。それだけで心臓が「キュッ」と悲鳴をあげて縮んだ。頼むから止まらないでおくれよ、私の心臓。

「ア、アリガトウゴザイマス。マタノオ越シヲオ待チシテオリマス」

「あ、ああ……その、具合が悪いのなら無理はするなよ」

ギシッ、ギシッと身体を軋ませながら頭を下げると、マリウッツさんは物凄く微妙な顔で、何度も心配そうにこちらを振り返りながら帰っていった。

「……ふぅぅぅ。あの、私、普通にできてましたか?」

額に滲んだ汗を拭いながらドルドさんに問いかけると、ドルドさんは額を押さえて首を緩やかに左右に振った。

「あれ!? サチさんどうしたっすか? 顔が真っ赤っすよ?」

「え?」

今日は午前中に休暇を取得していたナイルさんがカウンターにやってきて、私の顔を見るや心配そうに眉を下げた。

ドルドさんとローランさんに視線を移すと、二人とも神妙な顔をして頷いている。

え、そんなに真っ赤になってるの!?

「あー、何となく察したが……まあ、頑張れ」

「えっ!?」

ドルドさんは困ったように笑いながらも激励するように私の肩をポンと叩いた。

そんなに分かりやすいの!?

い、いけない……! このままだと仕事に支障をきたしてしまう。

多分、自覚してすぐだからまだ混乱しているのよ。うん、だから身体が異常な反応をするのであって……そうだ、仕事に邁進することで邪念を払えばいいんだ!

「よし!」

暫定的ながらも天才的な解決策を導き出した私は、パンッと両頬を叩いて気合を入れると、別の意味で赤くなった顔をドルドさんに向けた。

「ドルドさん! 依頼が入ったら、私にバンバン回してください!」

「お、おう。大丈夫か?」

「はい!」

私の勢いにたじろぎながらも、ドルドさんは頷いてくれた。

季節は冬。もうすぐ雪解けの季節だけど、一年で一番魔物の出現が少ない季節。

持ち込まれる魔物の数も控えめだ。

だからこそたくさん回してもらわないと手が空いてしまって余計なことを考える時間ができてしまう。

その後とにかくひたすら魔物を回してもらい、スパパパァァァンと魔物を解体し続けた。

「いやあ、楽でいいっすね〜」

「馬鹿野郎!」

のほほんと呟いたナイルさんが、ドルドさんの鉄拳を喰らっていた。

◇◇◇

「あっ!」

それから数日。

オーバーワークにならないようにドルドさんに調整されつつも、黙々と魔物の解体と向き合い続けてきた私。

ふと顔を上げた時に、魔物解体カウンターに向かってくるマリウッツさんを視界の端にとらえた。

最近マリウッツセンサーが優秀すぎて、視界に入っただけでマリウッツさんがいると分かるようになってしまった。

なぜかマリウッツさんだけやけに色濃く映るのよね。まるでフィルターでもかかっているかのようで不思議な気分。

そして今日もマリウッツセンサーが反応し、私はマリウッツさんがこちらに気付く前に素早く身をかがめて作業台の影に隠れて息を潜めた。

「……今日もサチはいないのか」

「ええっと……ええ、ちょっとお使いに出ていて……間が悪くてすいやせん」

ドルドさんがここ数日の解体依頼件数や魔物の分類表を事務担当に提出しに行っていて不在のため、代わってローランさんが対応してくれている。

「いや、いい。急ぎではない。戻り次第作業を頼んでくれ」

「承りやした」

私への解体依頼の魔物を預けてカウンターを立ち去るマリウッツさん。

ここ数日、私はマリウッツさんを避け続けている。

申し訳ない気持ちが胸を苛むけれど、面と向かってもきっと挙動不審な態度を取ってしまう。もうちょっと、もうちょっとだけお時間をください……!

「はあ、サチさん、いつまでも避けていたら愛想尽かされちゃいやすよ?」

マリウッツさんの姿が見えなくなったことを確認してから、ローランさんが私の側にきて腰を落とした。

「うぅ……でも、どんな顔をすればいいのか……」

「普通でいいんですよ。普通で」

ロスマン湖で一緒だったローランさんは、薄々私の心境の変化を感じ取っているようで、コソッと耳打ちしてくれる。

先日の口ぶりだと、ドルドさんにもバレバレみたいだけど……ナイルさんは変わらず接してくれるので多分気づいていない。

「普通……普通が何か分からなくなってきました。今までどんな風に接してましたっけ? なんで私は今まで平気だったんですかね……マリウッツさんって普段そっけなく見えるけどよく周りのこと見てるし、優しいし、強いし、頼り甲斐があって……その、か、かっこいいし……」

「ゴフッ」

「えっ!? わー! ローランさん! 血!」

ウジウジと指で床を突きながらモニョモニョ呟いていると、突然ローランさんが笑顔で吐血した。

あわわ、口の端から一筋の血が!

「すいやせん、大丈夫ですぜ。ま、まあ、とにかくゆっくり話してみたらどうですかい? 向き合ってみないことには何も変わりやせんよ?」

「ローランさん……わ、分かりました!」

そうか、そうだよね。避けてばかりだと何も変わらないよね。

マリウッツさんと話をする覚悟を決めた私は、ムンッと拳を握りしめて意気込んだ。

けれども、神様というのは無情なもので、会いたいと思った時に限ってマリウッツさんは長期クエストに出てしまったらしい。

「あ、会えない!」

ようやくクエストから戻ってきたかと思うと、その日は私が非番で、翌日ドルドさんからマリウッツさんの訪問と解体依頼を告げられてガクリと肩を落とす始末。

そんなすれ違いの日々が続き、あっという間に新芽が芽吹く季節となってしまった。