作品タイトル不明
5話 1歳
1歳になった。
「サリー、サリー」
「はい。なんですか、アリエル様?」
儂は歩けるようになり、喋れるようにもなっていた。
サリーをはじめ、周囲の者達はかなり驚いている。
儂自身も少し驚いていた。
前世の記憶があるとはいえ、まさか一歳でここまで動けて喋れるようになるとは思わなかった。
知識はあっても体が追いついていないから、なかなか難しいはず。
でも、こうしてそれなりの自由を手に入れた。
記憶と意識の明瞭さが、体の成長速度へも影響しているのかもしれない。
かなり目立っているのは事実だが……
まあ、よい。
気にするほどのことでもない。
それよりも、強くなることの方が大事だ。
新しい生で何をすべきか、まだ答えは見つかっていない。
ただ、それに剣が関わるであろうことだけは、ほとんど確信していた。
それを確信したのは、城内に潜り込んだ魔物を倒した時。
あの時、遠い未来はまだわからないが、しかし、今世の儂も剣を取ることは間違いないだろう、という思いが産まれた。
どんな目標を見つけるにせよ、
それを成し遂げるだけの力を先に手へ入れておかねばならない。
前世より、もっと強く。
何も取りこぼさぬほどに。
「あの本、とって」
「わかりました。こちらの棚にある本ですね? えっと……えっ」
儂が指差した本を取ったサリーが目を丸くする。
「これ、上級魔法理論の本ですが……」
「うむ。それが見たい」
「えっと……アリエル様、この本の内容を理解できるのですか? というか、読めるのですか……?」
「ちゅーきゅーまでは。じゃから、次はじょーきゅー」
「なるほど。中級の次は上級、当たり前のことですね」
「うっかりじゃな、サリーは」
「あはは、そうですねー、うっかりですねー」
あはは、と笑い……
「って、そんなわけありますか!」
急にツッコミを入れられた。
「一歳児が上級魔法理論の本を読むとか、ありえないんですけど!? こんな本、私でも理解できないんですけど!?」
「よみかき、おぼえたから」
「そういう問題じゃないんですけどね!? というか、いつの間に!?」
「サリー、うるさいのじゃ」
「誰のせいだと思っているんですか!?」
「サリー」
「ごめんなさい!?」
最近、サリーはやや情緒不安定な気がする。
いや、儂のせいなのかもしれないが。
たぶん、そうなのだろう。
「はぁ……」
サリーが額を押さえる。
「前々から、薄々は感づいていたのですが」
「うむ」
「アリエル様は色々とおかしいですね」
「むっ」
「おかしエル様です」
「失礼じゃな!」
「どの口が言いますか」
「このくち、えへ♪」
「可愛い……!」
サリーが赤くなって、ぷるぷる震えた。
……なぜ、そんなに効くのだろうか。
たまに本気でわからぬ。
「アリエル様の普通は、かなりおかしいですよ?」
「そうか?」
「ものすごく」
「むぅ」
「けっこう」
「むぅぅ」
「人が人であることを忘れるくらいに」
「そ、そこまで……?」
さすがに少し傷つくのじゃが。
「えっと……まあ、いいです」
サリーが諦めたように息を吐く。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
本を受け取る。
とはいえ、まだ本が大きすぎて持ちにくい。
なので床へ置いて、その上から覗き込む形になる。
「ふむ……ふんふん。うん……なるほど」
「アリエル様は、そのような本を読んでどうするのですか?」
「おべんきょー」
「どのようなお勉強ですか?」
「しんたいのーりょくきょーか」
「……」
「今は、ちょっとこーてーがざつじゃから、さいてきかのほーほーを考えているところなのじゃ」
「……」
サリーが黙ってしまった。
ややあって、にっこりと笑う。
「さすがアリエル様ですね」
「む?」
……あ、これ、思考を放棄した顔じゃな。
ふむ。
さすがに一歳児が魔法書を読むのは、目立ちすぎるだろうか?
……まあ、よい。
目立つことなど、どうでもいい。
周りが何を思うかも今は重要ではない。
儂は強くなる。
とにかく強くなる。
そして、戦いへ生涯を捧げるのじゃ。
そのために力を手に入れねばならぬ。
ただ……
「……」
本を見つめながら、ほんの少しだけ思う。
強くなって、その先に何があるのか。
何のために、その力を使うのか。
そこだけはまだ見えていなかった。