作品タイトル不明
6話 ミリアム
「アリエル、元気にしていますか?」
「かーさま!」
今日は思わぬ来訪者が来た。
母……ミリアムだ。
母は体が弱い。
だから、普段の儂の世話はほとんどサリーへ任されている。
母は、普段は自室で休んでいることが多い。
だが、体調のいい日は、こうして必ず儂の顔を見に来てくれる。
儂の前世は黒騎士。
必要とあらば家族の情でさえ断ち切る……
……その、はずなのだが。
「かーさま!」
「ふふ」
嬉しい。
ものすごく嬉しい。
もし尻尾が生えていたら、ぶんぶんと左右へ振っているだろう。
それくらい嬉しい。
母は偉大だった。
その優しさと笑顔の前では、子供なんて簡単に陥落してしまう。
故に、これは仕方のないこと。
そんなよくわからない自己弁護をしながら抱きつくと、母はやわらかく笑い、儂の頭を撫でてくれた。
「よしよし」
「ふぁあああ……」
くっ……なんという心地よさ!
心が溶ける。
体の力が抜ける。
満たされる、というのは、たぶんこういうことを言うのだろう。
いかん。
母のなでなでは危険すぎる。
こんなものに抗えるわけがない!
抗えるわけがない!!!
大事なことなので二回言った。
これは決して自己弁護ではないぞ?
「よかった、元気そうですね」
「うん、げんき」
「あら? 本を読んでいたのですか?」
「べんきょーちゅー」
儂は魔法書を見せる。
母はじっと本を見て、それから再び頭を撫でてくれた。
「こんなに難しい本を読めるなんて、アリエルはすごいですね」
「えへへ」
嬉しい。
なぜかわからぬが、母に褒められると、勝手に顔がほころんでしまう。
これが母の魔力か。
恐るべし。
「かーさま! もっと、なでなでして!」
「よしよし」
「ふへへ……」
もうだめじゃ。
儂は完全に陥落しておる。
「ミリアム様になでなでされて喜ぶアリエル様……尊いっ!」
横でサリーが、なぜか顔を赤くしていた。
しかも鼻血まで出している。
なぜじゃ?
「アリエルは、どうしてお勉強をしているのですか?」
母が優しく問う。
「つよくなりたい!」
「あら、そうなの?」
「うむ。わし、つよくなる!」
「あらあら」
母がくすりと笑う。
「アリエルは可愛いのだから、『わし』とか言ってはだめですよ?」
「うー……でも、わしはわしなのじゃ」
「もう、どこでそんな言葉を覚えてしまったのかしら」
「うぅ……」
「でも……ふふ。これはこれで可愛いかもしれないですね」
「えへへー。わし、かわいい?」
「ええ、可愛いですよ」
やはり、母に褒められると嬉しい。
にやにやが止まらない。
「ですが」
母は、少しだけ表情をやわらげたまま言う。
「私は、アリエルに危ないことをしてほしくありません」
「む?」
「あなたは王女なのですから、もっと女の子らしく……」
「でも」
儂は首を振る。
「わしは、つよくなりたい」
「それは……」
「いざというとき、こーかいしないために」
「……そう」
母の顔が、ほんの少しだけ寂しそうに揺れた。
だが、それでも止めようとはしなかった。
「どうしても?」
「どーしても!」
「……なら、無理に止めることはできませんね」
「かーさま」
「ただ……」
母は、儂を抱きしめた。
「ひとつ、覚えていてほしいの」
抱きしめられる温もりの中で、自然と儂も静かになる。
「あなたは優しくて、賢い子です。その歳で、力の使い道を考えられるなんて、とてもすごいこと。ただ……具体的には決められていないのではなくて?」
「むぅ……かーさま……わし、どうすればいいのじゃ?」
「それは、私が決めてあげることはできません」
「むぅ……」
「アリエル自身が見つけるしかないの」
「わしが……」
「でも、大丈夫」
母の手が、そっと背を撫でる。
「アリエルなら、きっと見つけられますよ」
「どーして?」
「だって、アリエルは私の愛しい娘だもの」
「……わしが……」
「世界で一番の宝物に、母の祝福がたくさんあるのですから」
「かーさま……えへへ、ありがとー」
胸の奥がじんわり温かくなる。
ぽかぽかだ。
「アリエルが目標を見つけたら、かーさまに聞かせてくださいね?」
「うむ!」
「でも」
そこで母は、少しだけ真剣な顔になる。
「途中で投げ出すことは、許しませんよ」
「うむ!」
「がんばって、がんばって、がんばって……アリエルの意思を最後まで貫き通しなさい。それはとても大変なことだけれど、でも、アリエルならきっとできると信じています」
その言葉は不思議と重かった。
優しいだけではない。
母は、ちゃんと儂へ託しておるのだ。
己の生き方そのものを、心のあり方を。
「あい! わし、がんばるのじゃ!」
「では、約束ですよ」
「やくそく!」
儂と母は、笑顔で指切りを交わした。
……その約束が、母と交わす最後の約束になるとも知らずに。