作品タイトル不明
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「ルキアン……、これさあ、手紙を託かったんだけど」
帰宅したルキアンに、アステルは封書を手渡した。訝しげな顔のルキアンに対し、アステルも「よく分かんないんだけど、頼まれたから」と不思議そうに告げる。
宛名は確かにルキアン・グラキエス魔法爵になっている。筆跡に見覚えはない。裏を返せば差出人の名前が記されているけれど、およそ接点のない人物である。
「ダンリ・ユーロヘルン・ブルレイ……」
ルキアンは小さく口にした。
「ほら、交流会で腕輪鑑定してもらった侯爵家の人だよ」と、アステルは説明する。
「身分の高い人にはミドルネームなんてのがあるんだねえ。それ見て初めて彼の正式名を知ったよ」
「ブルレイ家は過去にユーロヘルン王国の王女が嫁いだから、その名を入れてるんだ」
「へえ、そうなんだ。さすが物知りさんだねえ。ルキアンって貴族名鑑も網羅してんの?」
記憶力に定評のある婚約者なら、さもありなん。
「まさか。魔法士協会の名簿くらいだ。同業者は知っておかないとな」
「……それもすごい」
だって全国に散らばる〈自由魔法士〉も含んでいる。ルキアンの事だから、おおまかに現住処と紐つけて覚えているのだろう。
「どうしてこれをおまえに?」
ひらりと封筒を振ってアステルに尋ねた。
「交流会でチームの副班長だったシルファ様が、ダンリ様に頼まれたからって、わざわざ初学生棟まで届けてくれたの。彼女を使いにするなんてびっくりだったわ」
魔法省宛でルキアンに手紙を出せば、不審物でないか魔法鑑定を受けてから届けられるので時間が掛かる。匿名のものは破棄されるし、知人でないならルキアンが警戒するかもしれない。婚約者がアステルだと知っているのだ。だから一番速く確実に届く手段を取ったみたいだ。
(……こいつには婚約腕輪の付与魔法を、粗方知られているんだよな)
ルキアンは気が重い。付与魔法の件に触れられていたら、なんだか嫌だ。たとえ内容が『その魔法を伝授してほしい』であっても。
終学年の侯爵家の息子が初学生棟を訪れて、女子生徒に手紙を渡すのをもし見られたら勝手な憶測のうわさになる危険がある。それを恐れたダンリが同級生の女生徒を中に挟んだのは、賢い選択だったと思う。
アステルはルキアンが開封するのをそわそわしながら待っている。自分の仲介だから気になるのは仕方ない。
一応「おまえ、中身を知りたいのか?」と尋ねると、「当然でしょ」と予想通りの答えが返ってくる。そうだろうな。そんな奴だ。
仕方なくアステルの目の前で封を切る。中身に目を通すルキアンに「なんてなんて? 見ていい?」と催促はするものの、他人宛の手紙を勝手に覗き込んだりしないのがアステルである。
やがて読み終えたルキアンがそれをアステルに手渡す。
「どれどれ」
受け取ったアステルは早速目を通す。拝啓から始まった一枚の便箋に書かれた内容は意外なものだった。アステルはルキアンを見上げる。
「えーっと、これってつまり。サリュード・マルエッジには気をつけろって注意してくれているんだよね?」
「要約すればそうだな」
ルキアンが『一回くらい経験しておくか』と訪れた、定期的に開催される喫茶クラブ。行くのは一度で十分だった。成人後すぐに研修生の形で魔法省に出入りしていた彼にとっては必要のない場所だった。本物の社交界に参加していたから、擬似紳士クラブなど薄っぺらい存在だと感じた。
ダンリは成人貴族男子の嗜みとして時折参加しているらしく、そこでサリュードから『アステル・コンコルディを奪って欲しい』と持ちかけられて断った話が綴られていた。
__貴方とは面識がないが、あの婚約腕輪を見れば規格外の魔法士だと分かる。
(……他意は無さそうだが……別に引かれてはない、か?)
あの腕輪の能力をどこまで解析されているやら。
__普通の人間は魔法爵と敵対するなんて愚は犯さないが、魔力のないマルエッジ公爵子息にはそんな常識は通用しない。
「あの公爵家の馬鹿息子は馬鹿だからきっとまた良からぬ計画を立てるだろうから気をつけるように、だな」
「……馬鹿って二回言った。いくら腐り切って廃棄処分寸前でも一応、まだ公爵家令息なのに」
アステルの方がよっぽど酷い。サリュードの執念深そうなあの昏い灰色の瞳を思い出すと、気分が悪くなるので仕方ない。
「実はな、サリュードはブルレイ子息の前に、ログノーメン魔法士にもくだらん話をしたそうなんだ」
アステルに話すつもりはなく、ルキアンの心の中に 留(とど) めておくつもりだったが、こうしてダンリの手紙を読んだ彼女には告げていいだろう。
「くだらん話?」
「ログノーメン魔法士は『俺を奪え』と言われたそうだ」
「……おんなじ手口ね」
ちょっと前に、昼休みの時間にいきなり彼女がルキアンの研究室に乗り込んできた。ダンリのように忠告しに来たのではない。
『聞いてよ!』
腹立ち紛れにルキアンに特攻してきたようだった。
『私は年上が好きなのに、年下の貴方を奪えって! 不貞行為を勧めるなんて失礼しちゃうわ! マルエッジ公爵家の倫理はどうなっているのかしらね!』
怒りが収まらない調子で『子供は眼中にないっての!』だの『お子様同士の婚約をどうして私が潰さなきゃならないのよ!』などと、彼女にしては随分ぶっちゃけていた。
ルキアンにもアステルにも失礼な発言のようだが、彼女に悪意は無い。どう思われようが自分たちに害が無ければ、ルキアンはどうでもいい。
『あんなくだらない男のくだらない話を私が承諾すると思われたのが、悔しいやら腹立つやら!』が本音である。くだらないを二回言った。
ルキアンにひとしきり喚いてから『貴方があの 下種(ゲス) に策略で遅れを取るとは思わないけど、気をつけなさいね!』と、一応忠告してから出て行った。
「多分サリュードは二人が俺に告げ口したなんて考えてない。ま、忠告があろうがなかろうが、俺には影響ないがな」
自信過剰ではない。物理的にも心理的にも、更に言えば社会的にも、その気になればルキアンはあの馬鹿を跳ね除けられる。
「あんまり心配する事もないね」
「まあな。策が〈寝取り〉しか無いしな」
「そこはもっとお上品に〈婚約解消〉くらいにしとこうよ」
守護の 婚約魔道具(ブレスレット) 持ちのアステルと、防御魔法自動発動のルキアンにとって、あのくだらない馬鹿は脅威ではない。
まあ気に留めておくか、程度で話は終わった。
それからは別にサリュードが愚策を練っているとかの話は入ってこないまま時が過ぎ、相変わらずルキアンはアステルの籠絡に忙しい。
アステルの気を引こうとするルキアンの戦略自体は間違っていない。幼い頃から遊んでいたルキアンを準家族と位置付けていたから元々有利ではある。しかし家族枠はそこから外れるのが案外難しかったりする。だがかっこいいと思ってくれているようなのでそれは活用すべきで、異性として意識させる。『可愛い』と言うのも出し惜しみしない。初めは告げるのも恥ずかしかったが、アステルが照れたり、それを誤魔化したりする反応が可愛いから今はむしろ楽しい。
「そろそろ絆されたか?」
無粋に問われたら、アステルは「まだまだ」と反射的に答えてしまう。
アステルの性格を理解しているはずのルキアンなのに、その辺りの扱いは下手である。言葉での確認など不要なのだ。デート時の手繋ぎだけで、どきどきしているのが伝わらないのだろうか。