作品タイトル不明
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「グラキエス様の婚約者があの程度? 隣に立って恥ずかしくないのかしら」
「魔法士と言っても初級でしょう? 格が違いすぎるわ」
「学院の成績も普通だそうね」
「隣領の縁でごり押ししたって話よ」
「グラキエス様、お気の毒に」
例によってアステルが友人三人と学食ランチを利用していると、わざわざ女生徒たちのグループが周りのテーブルに座り、アステルに聞こえるように悪口を言う。ここしばらく、こんな調子だ。
彼女たちは学院生時代のルキアンを知っている上級生である。容姿も良く聡明で将来有望の魔法士ルキアンが初学年から女子生徒に群がられていた様は、アステルに特攻求婚したタレス・ブシュジンの比ではなかったと聞く。
地方男爵家の次男なんて、本来高級貴族の令嬢たちは歯牙にも掛けないのに、特級魔法士になった途端、結婚対象となったようだ。
それをアステルに聞かせる女生徒たちは、『選び放題だった彼が貴女みたいな平凡な女を選ぶなんて!』と難癖をつけているのだ。
身内だけの会話の 体(てい) を装って売られた喧嘩は、言い値で買う主義のアステルが黙っているはずもない。
「グラキエス魔法爵が妻に望んだ条件は〈魔法士である〉でしたよね。彼に求婚した中で、どれだけの女性が条件を満たしていたかご存知?」
ちょっと高飛車な物言いをするのも気持ちいい。たかが子爵令嬢に上から言われてねえ、さぞ屈辱でしょうねええ!
「そ、それは……」
終学年の伯爵令嬢が口籠もる。誰も知らないはずだ。ルキアン本人から直接聞いたアステル以外は。
「たった二人だったそうです。身分を問わない彼の結婚条件が広まったのに、魔力のない身分の高い方も随分言い寄っていたらしいですけどね」
「その二人はどうして駄目だったのよ……」
「グラキエス魔法爵は次男ですからね。実は〈嫁取りより婿入り〉が隠し条件だったんです。お二人の家は既に後継者がいたんです」
厳密に言えば違う。ルキアンはコンコルディ子爵家への婿入りしか考えていなかったのだから。〈婿入り〉を明言すれば『上流階級からの捻じ込みがあるかもしれない』と考え、『万が一、王命なんか出されたら面倒』だったらしいけど。
ルキアンはモカマチュラル地方でトランドラ聖魔法士の再来と言われている男だ。かつて先祖が『王城を破壊するぞ』と脅された王家は前轍を踏まないと思う。ちなみにルキアンに破壊出来るか聞いてみたら『一日で全壊は無理だ。半壊程度だ』との事。
(その魔法力は普通に引くわ。『全壊出来るトランドラはやっぱり凄い』と感心していたけど、破壊神なご先祖様にもドン引きだわ)
「イグラス魔法伯爵家のセルフィナ様はご自身に魔力はないけれど、魔法士の血があるわ。あの方が求婚されたら、貴女は敵わなかったでしょう」
中学年の子爵令嬢だ。なかなか上手く伯爵令嬢たちのグループに取り入っている。アステルは別に彼女たちに興味がないのに、ご丁寧に名乗ってくれたから身分だけは知ったが、名前は覚える気がないから忘れた。
「セルフィナ様ねえ」
アステルは、ふっと意味ありげに名を呟いて嗤ってみせる。すっかり悪女気取りである。しかし元々が愛嬌のある顔なので、彼女が思うほどの効果は無い。
やはりセルフィナはルキアンに求婚した事は伏せていた。アステルに絡んできたのも周囲は知らないようだ。
「魔力のない人と魔力のある人との子供が魔力を持って産まれる確率は、大体三十パーセントらしいですよ。魔法士同士だとほぼ百パーセントなんです。だから魔法爵は魔法士の配偶者を求めたのです」
ルキアンの既定路線だ。アステルがもし魔法士試験に受からなくても、受験資格がある〈魔力持ち〉だと証明されているので、そう反論して煩い連中を納得させられる自信はあったそうだ。
(本人が幼馴染と結婚するつもりだったんだから、仕方ないよねえ)
当人たちの間では〈魔力〉はただ あ(・) る(・) だけで、結婚の条件ではない。ルキアンの本音が『初恋の幼馴染と結婚したい』だけだと、事情を知らない外野が騒がしすぎる。
「いい加減うんざりね」
ジェネシスは小声で言うけど反撃は出来ない。囲んでいるのが高級貴族の部類の令嬢たちだからだ。彼女とノーマは男爵家、ナテラだってアステルと同格の子爵家だ。格上令嬢たちに歯向かうと、巡り巡ってどこで家門に火の粉が降るか分からない。
面倒ならアステルから離れてもいいのに、この悪意に晒される友人を一人に出来ず、こうして三人で囲っている。
〈アステルが在学中はルキアンが婚約者と公言しない〉
元々アステルが希望したものだが、もうこうして学院中に広まっている。しかしアステルが自分から進んで言いふらしているわけではない。
(でもあれだけ街中デートしてればバレるわよねえ。手を繋いで歩いてるし。カフェでケーキの食べさせ合いっこまでしたしね!)
さすがに嫌だったらしくルキアンはなかなか口を開けてくれなかったし、笑顔ではなかった。そこらを目撃されたら『ルキアンが婚約を無理強いされている』といううわさも、根も葉もない事ではないのかもしれない。ちょっとだけ自業自得かもしれない。
学院で嫌がらせをされるのも、ペンケースをゴミ箱に捨てられていたり、カバンの中にカエルを入れられたりする程度だ。教師に見つかっても悪戯ですまされるレベルなのが巧妙である。だがペンケースは別に傷つけられてはないし、田舎育ちのアステルを驚かせたければ、大蛇くらい仕込まないと打撃にならない。
飲み物を掛けられそうになったり突き飛ばされたりされそうになっても、アステルは被害に遭わない。どれも加害者側が転んだりして未遂に終わるのだ。
アステルも防御魔法が得意ではあるのだが、婚約腕輪の防御魔法の緻密さには舌を巻く。悪意を感知する間合いが絶妙だ。相手側の不運のように見せかける。
これが本当に刺されたり攻撃魔法を受けたりすると、アステルの身体に届く前に全身を保護するから魔法防御は一目瞭然だったりする。幸いそんな物騒な殺意までは向けられていないので発動した事はない。
アステル自身への攻撃が不発なので、アステルがなんらかの魔法で防いでいるのでは、と思われているらしい。
貴族子女が全国から集まるこの学院の広大な敷地を囲む門壁には外部からの物理、魔法攻撃を防ぐ魔道具がいくつも設置されていると生徒たちも知っている。無属性魔法のそれは可視できないが、毎年試す好奇心旺盛な彼らのおかげで実証済みだ。ただ中に入れば防御の恩恵はない。だから学院内は魔法禁止である。魔法を目にした事のない者も多く、魔法士生徒がせがまれて魔法披露をする事案は年に一度はある。しかし四大魔法は攻撃魔法なので傷害意図がなくても罰則対象だ。
元素魔法以外のいわゆる防御の無属性魔法は、生徒が学院に申請すれば使用を認められている。何かあれば自身だけでなく他者も守れるからだ。ルキアンは入学時から許可を得ていた。無属性魔法を使える生徒は皆そうしている。
アステルも一応許可持ちだがテレポートと事故防止の防御以外は使った事はない。嫌がらせを防いでくれているブレスレット 様様(さまさま) だ。
だから令嬢たちは口撃するしかないのだ。しかしそんなものがアステルの痛手になるはずもなく、こちらも不発である。彼女たちはひとしきり悪態をつけば席を立って去っていく。しかし対象者を傷つけられないどころか反撃されて、あれでは余計ストレスが溜まりそうだ。
「やっとあっちに行ってくれたわね」
安堵の溜め息をノーマが吐いた。
「なんか腹立ったからケーキ食べない?」
「ナテラってば、そんな言い訳しなくてもしょっちゅう食べるじゃん」
アステルも明るく笑い、少女たちは仕切り直しの昼休みを過ごすのだった。