作品タイトル不明
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ダンリ・ブルレイ侯爵令息は、正面に座るサリュード・マルエッジに困惑していた。
ここは貴族の若い男たちが集まるコーヒーハウス。喫茶文化が若い世代で定着したのはいつからか。参加資格は成人してから二十三歳まで。二十三歳から参加出来る大人の紳士クラブの真似事が始まりだ。コーヒーや紅茶と共に軽食をいただきながら、ゲームや歓談に興じる。酒は提供されず、昼食と夕食との間の時間に行われる交流会だ。本格な社交界入りを果たす前の練習とも言える。
当然彼らなりの情報交換があり、目利きのある者は各派閥の若い連中を観察して将来図を想像したりと、ただの談笑会ではない。
成人して何度参加しただろう。ダンリはまだ学生の身であるので、大人社会を垣間見られるこの環境にまだ慣れきっていない。かと言って友人たちと来て連むだけなら喫茶クラブに参加する意義が薄い。
さて、今日はどうしよう。年長者とゲームでもしようかと考えていたら、いきなりマルエッジ公爵子息に声を掛けられた。
「今日は南方の珍しいコーヒー豆があるそうだ。あちらで話そう」
はっきり言って断りたい。身分が高いだけで、付き合っても何らメリットがあると思えない。そう言えばサリュードの配下のフレメンツ伯爵子息が婚約破棄騒動で離脱した。マルエッジ公爵家とは派閥争いも無いが、政治的にも親しい関係でもない。ただ、愚鈍なサリュードの父親は切れ者の金融大臣だ。誰だって敵対はしたくない。
「お誘いいただいて光栄です」
(まさか俺をフレメンツの代わりに配下にしたいとかの話ではあるまいな)
建前の笑顔で応じたダンリは、内心ヒヤヒヤしする。
(いや、サリュードは魔法士の俺を嫌っているはずだ。生意気だの何だの、意味なく絡まれるし)
「初学年のアステル・コンコルディを知っているか? おまえと同じ魔力持ちだ」
いきなり思いもしない名を出されたら、ダンリが驚くのも無理はなく、話の着地点を警戒する。それにしてもサリュードが頑なに〈魔法士〉と言わないのは劣等感の現れか。魔法伯爵家だって魔力なしの存在する時代だ。そう近くもない王家の血を誇っているサリュードが気にする事もないのに。
「はい、総合交流会で知り合いはしましたが」
それだけだ。互いに交流を意識しなければその後関わる事もない。
〈 交(・) 流(・) 会(・) 〉に嫌そうな顔でサリュードが反応したのには気がつかない。ダンリは彼と目が合うのを避けて、角砂糖を入れたコーヒーをスプーンで掻き混ぜ、そちらに視線を落としていたからだ。
「底辺の初級魔法士らしいな」
サリュードは小馬鹿にして鼻を鳴らす。
(……底辺? 違う)
ダンリは心の中で否定する。あの少女は無属性魔法が得意な魔法士だ。魔力量だけ見ればダンリより多い。
「実家の領地で魔法を使用するために、最小限の資格を取っただけと聞きました。その気になればもっと上にいける実力があると思います」
「ほう」
サリュードは目を細める。
それが事実なら自分が嫁に貰ってやってもいいが、やはりたかが初級魔法士で子爵家の娘ではマルエッジ家とは釣り合わない。父親が下級貴族にも結婚打診をしていると知らない彼は、自分の価値を正確に理解していないのだ。
「おまえは魔力持ちの嫁を探していなかったか? アステル・コンコルディは身分が低くて駄目なのか?」
(何を言っているんだ。こいつは。……そうか。マルエッジ家は金融省に食い込んでいるから、魔力は切り捨てて問題ないのか)
高級貴族から徐々に魔力持ちが減っているのは、実に由々しき事態なのだ。
本来は貴族の証と言える〈魔力〉__一度血筋から失われたら復活はなかなか難しい。その実例がイグラス魔法伯爵家だ。今の子供達は三人が三人とも魔力なし。高魔力保持者を伴侶にした子供が跡目となる、後継者レースを繰り広げている。下級貴族の血だろうが、イグラス魔法伯爵家はどうしても次代に魔法士が欲しいのだ。
だからダンリも拘る。魔法士の血を途切れさせないために。政略的に言えばアステル・コンコルディは、魔力を欲する貴族にとって優良物件なのだ。婚約者さえいなければ、自分も含め、数多の縁談が舞い込んでいただろう。
「彼女は魅力的ですが、跡取り娘なので嫁にはもらえません」
「子爵家など親戚から養子をもらって継がせればいい。次期侯爵で魔法士のおまえが申し込めば断られまい」
いくら下級でも貴族は貴族である。娘がいるなら娘に婿を取るのが常識だ。自己中心的な性格だと自覚しているダンリでも、サリュードのような勝手な思考はない。
大体どうして公爵家の嫡男が仲人みたいな行動をしているのだろう。評判の悪いサリュードだ。絶対善意ではないし、なぜ彼女を推すのか。
「彼女にはもう婿予定の婚約者がいますよ」
「知ってる。だからおまえに声を掛けた」
「……どういう意味でしょう」
「婚約相手は“魔法爵”ルキアン・グラキエスだ。ヤツから奪えるのは二級魔法士で侯爵家跡取りのおまえくらいだろう」
「グラキエス魔法爵!? 今年学院を卒業したばかりの!?」
「しっ、声が大きい」
みんなあちこちで思い思いに過ごしているから誰も注目しなかった。だがこれは密談だ。サリュードはダンリを嗜める。
(あの魔法士の少女を“魔法爵”から奪えだと!?)
ダンリはアステルの婚約ブレスレットを思い出す。途轍もない金を彼女に 注(つ) ぎ込んでいて驚愕したが、婚約者がグラキエス魔法爵なら納得する。“魔法爵”自らの魔法だったのだ。彼は魔法士にとって重要視されない無属性魔法をも極めているのか。あの〈婚約の証〉は、無属性魔法付与の集大成とも言える出来栄えだった。
(あの腕輪を見れば、どれだけグラキエス魔法爵が彼女を大切しているかが解る。溺愛なんて軽いものじゃない。〈守護神〉の領域だ)
「グラキエスは爵位を継げない男爵家の次男だ。高級貴族には文句を言えないだろう」
「……正気か?」
「なんか言ったか?」
「いえ……」
「どうだ? 悪い話じゃないだろう」
「どうして俺にコンコルディ嬢を奪えと?」
一番の疑問はそこである。この、歩く傲慢不遜と評されるサリュードの真意はどこだ。
「ルキアン・グラキエスに侮辱された恨みを晴らしたいからだ。あいつを惨めにしたい」
なんと一方的な言い分だ。グラキエス魔法爵が嫌な人物であるとの話は聞かない。どうせサリュードが喧嘩を売って、彼の反感を買ったのだろう。逆恨みの線が濃い。
マルエッジ公爵家の権力は魔法省界隈では大きな力を持たない。〈魔法〉から離れて国家権力を欲した婚姻を重ねた時点で弱点となった。王家が死守する魔力を、公爵家でありながら そ(・) れ(・) を蔑ろにしてきたツケは確かに存在する。
(なるほどな……。自身の権力が通じないからか。魔法士同士の話に持ってきたか)
「お断りします」
ダンリは力強く言い切る。年上の公爵家令息に反抗するのは本来難しいのだが、魔法士としてなら、彼の意に沿わない判断も許されるだろう。
「無理なのか? 侯爵家跡取りの二級魔法士が小娘一人奪えないとは。情けない」
サリュードの嘲笑しながらの煽りにも、ダンリは乗らない。
「ご自分の力で復讐出来ないからと言って、後輩に頼らないといけない貴方の方が情けないでしょう」
「な、何だと!?」
サリュードは激怒して身を乗り出し、ダンリの胸ぐらを掴む。周囲がやっと不穏な二人に気がついて何事かと注視した。
他人を煽るくせに自分に煽り耐性が皆無なのが笑える。ダンリは冷静な顔のまま、サリュードの手を掴んでゆっくりと放す。挑発で返したりはしない。
「貴方はグラキエス魔法爵の実力を知らない。知っていたら彼とコンコルディ嬢を引き裂くなんて無謀な企みをしない」
「……ヤツの実力、だと?」
「彼は最高位の“魔法爵”だけど、その範疇に収まらない。貴方たちが想像している以上の魔法士だ。いや、昔の表現を使って〈最高位の魔法使い〉と呼ぶのが相応しい」
ダンリは立ち上がる。
「俺程度の二級魔法士が何人束になったところで敵わない。分かりますか? そんな“魔法爵”が全霊を以て彼女を囲っているんですよ。手を出さないが吉です」
そう言うと周囲の喧騒を無視してコーヒーハウスを出て行った。