作品タイトル不明
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劇が終わり、演者たちや退席する王弟家族に惜しみない拍手を送り続けるアステルは、感激のあまり紅潮していた。
周囲が席を立って行く中、アステルは「すごく良かった」とルキアンに感想を述べた。
生歌の迫力、大人数による踊り、豪華で緻密な舞台装置。それだけでも感動ものだが、物語の主役〈混血の始祖〉が、どう見てもアステルにとってはカジン夫妻だったのが心に刺さった。
「洪水防壁やら農地開拓やら鉱山整備やら、まんまトランドラのエピソードだったよな。脚本家の中にモカマチュラル出身がいるんじゃねえの」
「でも魔法使用の話は逆だったね」
「ああ、劇の男は女の家族に認められたいがために、彼らの役に立つ魔法を使っていたな」
「最後は娯楽としての魔法の開発、色とりどりの大きな光の花を夜空に咲かせて、ヒロインに永遠の愛を誓う……。はあっ、みんなに認められて結ばれて良かった!」
古語歌が分からなくても物語は分かりやすく、アステルは感情移入してのめり込んでいたので居眠りは阻止出来た。
トランドラが母国で披露した魔法の数々の内、フロースが大絶賛したのが夜空の大輪の光花魔法である。ちゃっかりそこを最後の演出に使っていた。
人も捌けてゆき、エントランス・ホールに向かう廊下の途中、前方で男が大声をあげていたので、アステルとルキアンの足が止まった。
「慰謝料をがっぽり頂いてシシール子爵家は潤ってるんだな!」
後ろ姿の男が正面の令嬢に絡んでいた。泣きそうになっている彼女をアステルは知っている。婚約破棄騒動の伯爵令息の元婚約者だ。彼女を庇うように前に出た男性に更に暴言を吐く。
「もう他の男を捕まえているとは、君もなかなかの阿婆擦れだな!」
エントランスにはまだちらほら年配者もいるのに、ちらりと見るだけで仲介に入ろうともしない。いや、身分的に入れないのだろうか。
「私は従兄弟です。塞ぎ込んでいるから気分転換に連れ出したのです」
罵声を浴びせる男の装いが明らかに高級貴族だからだろう。令嬢を庇う男はただ説明に徹している。
「君らみたいな身分の低い連中が、ボックス席を借りられるのだからなあ! 子爵家の羽振りが良くなったんだから当然か!」
「私の支払いです。シシール家は関係ありません」
子爵令嬢を背後に隠した男性は静かに、だがきっぱりと反論する。
「……ルキアン、そんなにボックス席って高いの?」
こっそりと彼氏に尋ねた。
「ロイヤル席に近いところは内装もサービスも凄くて、俺の一ヶ月分の給料くらいの料金だけど、普通のところはそうでもないよ」
「たっか! ルキアンのお給料は知らないけど、高級取りだよね!」
サービスって、きっとお高いワインや高級料理が供されるに違いない。
「傷心のシシール家に恩を売っているのか! まあ傷物の令嬢じゃあな。身内に押し付ければ体面は保たれるか」
はははと大声で笑うのは挑発しているのだろうか。いけすかない男だ。令嬢の従兄弟は唇を噛んで怒りを押し殺している。
「な、アステル。高尚じゃないお貴族様もいるだろ?」
こっそりアステルに耳打ちしたルキアンは、足を進める。アステルは慌てて彼のあとを追った。
「君が大騒ぎしたからフラメンツ伯爵令息は廃嫡にまで追い込まれて!」
「人様の不幸に対してなかなかの毒舌ですね。相変わらず聞くに堪えない」
ルキアンが背後から嫌味男に声を掛けた。
「なんだと!?」
勢いよく振り返った男が「……おまえは!」と表情を怒りから困惑したものへと一変させた。
「先月の外交官接客宮廷夜会以来ですね。サリュード・マルエッジ公爵子息」
「……ルキアン・グラキエス!」
憎々しい顔で名を絞り出す。
「バルコニーで涼んでいた隣国の外交官の若夫人に強引に迫って平手打ちされた頬は、もう腫れてませんね」
「ど、どうしてそれを!?」
「なぜ俺が知らないと思うんです? 金融大臣の貴方のお父様には政敵が大勢いるのに、彼らがその息子の醜聞を話題にしないわけがない。外交問題になるところを金の力で抑えたのは貴方の家でしょう。平手打ちされた挙句、外交官に慰謝料を払ったのが悔しくて、そちらの二人に八つ当たりとは馬鹿馬鹿しい。貴方は加害者側でそちらの令嬢は被害者の立場だと言うのに」
「貴様、よくもずけずけと!」
雑言の対象をルキアンに変えた男が食ってかかるのを本人は無視する。
「ああ、アステル。この人だよ。俺が初学年の時、交流会で班長となったマルエッジ公爵令息のサリュード殿だ」
「ああっ、足手纏いで、ちっとも使えなかったって言ってた終学年の人!」
すかさずアステルは反応する。ルキアンは相当彼を嫌っているのだ。淡々と喋っていたルキアンと違い、アステルの声は大きかったので、ホールを出ようとした男女が足を止めて振り返ったくらいだ。
「ぶ、無礼な! おまえは誰だ!」
名乗ってもいいのかな? とルキアンを見上げると、さらっと「俺の婚約者ですよ」と彼はすぐに紹介した。
「こ、婚約者だと!?」
ルキアンは学生時代『結婚相手には魔法士を選びます』と公言しており、数多くの縁談を蹴ってきたとサリュードは知っている。魔法省に就職して、やっと魔法士と知り合えたのだと思った。しかしこんなに若くて独身の女性魔法士などいただろうか。サリュードより年上のジャナディア・ログノーメンしか知らない。
いつの間に婚約していたのだろう。その婚約者は可愛らしく、割と好みのタイプなのでサリュードは苛立ち歯軋りをした。自分に送られてくる釣り書はもう殆ど無いと言うのに。見合いをしても相手を見下してばかりなので、縁談が纏まらないのだ。魅力的な〈次期公爵夫人の椅子〉を 以(もっ) てしても、夫として無理と判断されるのだから余程酷い。些細な事でキレて、見合い中でも侍女や従者を叩いたりするのだから、自分も結婚したら暴力に遭うと令嬢が判断しても仕方ない。そして彼女らの情報網で彼の暴虐ぶりが伝わり、まともな家はサリュードに嫁がせようとはしなくなった。
ルキアンの〈聴力増強〉は、レストランでの淑女の食事会や、カフェでの茶話会で、こんな話も拾うのだ。
「ふん、そんな女魔法士知らんな。男爵家次男のおまえだから平民で手を打ったか」
どうしても馬鹿にする発言しかしないのがこの男だ。
婚約騒動の伯爵令息のフラメンツ家はマルエッジ公爵家の派閥なので、サリュードにとっては幼い頃からの子分である。伯爵令息が愛したという男爵令嬢は顔立ちはいいものの、品位が感じられなかった。「蓮っ葉なところも魅力」とほざく子分の女の趣味は悪いと思う。その女と比べたらルキアンの連れている婚約者は、ちゃんとした貴族令嬢に見えるが、サリュードは悪態を吐くしかない。
「幼馴染の子爵令嬢ですよ。俺のために魔法士の資格を取ってくれたんです。いじらしくて可愛いでしょう?」
(待て待て、待てぇい!)
アステルは笑顔の令嬢仮面を貼り付けたまま、心の中でルキアンに盛大な突っ込みを入れた。
脚色するにも程がある!
「あんたが私と結婚したいと言ったんでしょうが!!」と叫びたいところだが、ルキアンが公爵子息を挑発しているのが分かるから黙っておく。が、あとで締める。
「この子は俺の初恋なんです。婚約出来てとても幸せです」
(おっと……なんとか帳尻を合わせたわね)
公爵子息が物凄く怒っている。よっぽどルキアンが気に入らないようだ。
(“魔法爵”と公爵家の嫡男とどちらの身分が上なのかな)
シシール子爵令嬢とその連れが青ざめているのも無理はない。ルキアンとサリュードとの会話の中では〈公爵令息と男爵次男〉しか情報がなく、歯向かうルキアンを心配しているのだろう。
でもルキアンは初学年からサリュードに逆らっていたのだから、上級魔法士の時点で、たかが令息より優位なのかもしれない。
「ルキアンが“魔法爵”になっても、幼馴染の私を選んでくれてとても嬉しいです」
アステルは子爵令嬢たちに情報を追加しておく。喧嘩を売ってるのは“魔法爵”だよー無謀人じゃないからねー、だから安心してね、と。ついでにルキアンのアシストだ。