軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「歌劇?」

「ああ、初日公演のチケットを買った。鑑賞の後、食事して帰ろう」

ルキアンが言うのは次のデートの予定だ。初デートで観劇を強請ったからアステルが劇好きだと思って手配してくれたのだろうが……。二人で観たのは大衆向けの劇だ。平民も貴族も肩を張らず観られる。

しかし歌劇となると。

「歌劇ってあれでしょ、有名なエージニア歌劇団の。舞台をほとんど歌で表現するって。しかも初日だと、ロイヤルファミリーがいるじゃん。高尚なお貴族様向きだよね。ちょっと私には難しくない?」

「高尚でないお貴族も鑑賞してるぞ」

皮肉なのか素なのか、ルキアンの言葉は判断つきにくい。

歌劇は一般の劇と一線を画し、王族や貴族がパトロンとなって発展してきたので、今も王宮文化として根付いている。決して庶民の観劇を排除しているわけではないが、いかんせんチケット代が高すぎる。それに古語で歌われる部分も多く、教養のない者には理解が難しい。

「……私の教養素地を考えて。なぜそれを選択したのよ」

語学の堪能なルキアンならともかく、アステルに不向きと分かってるだろうに。劇中に眠ってしまったらどうするのだ。チケット代の元が取れない!

「まあ待て。ちゃんとストーリーパンフレットがあって、古語には現代語訳が載ってる。この新作は若い貴族たち向けの歌劇入門として制作されていて、難解な表現は極力削っているそうだ」

まさにルキアンやアステルは対象層だ。若い年代は、台詞回しも演出も分かりやすい一般劇団を好む。若者向きにしてしまったら、歌劇好きの大人の鑑賞眼に耐えられるのだろうかと、アステルは要らぬ心配をしてしまう。

「いずれは魔法爵夫人になるから芸術を勉強しろって?」

地方の子爵夫人なら歌劇など知らなくても問題ない。しかし王都で“魔法爵”夫人として振る舞うためには必要なのだろうか。そもそもアステルの知識にある歌劇の大作は悲劇が多くて、あまり食指が動かない。

「たかが一代限りの“魔法爵”だ。貴族の格式なんか求められないよ」

ルキアンは苦笑する。

「舞台設定が古代なんだ。魔法人の生き残りの男と現生人類の女の恋物語。滅びゆく種族と繁栄してゆく種族。つまり俺たちの古いご先祖様になるな。アステルが好きそうな恋愛ものだと思ったんだが」

「むむっ、ルキアンの私に対する認識はよーく分かった。でも安心した! 私たちが存在するんだから二人が結ばれるって話だよね!?」

「どうかな? その男が旧人類最後の一人でもあるまいし。壮大な悲恋劇かも」

「えーっ」

「ごめん、嘘だ。滅亡した古代魔法大国ルジェトが舞台の、〈混血の始祖〉と呼ばれる男女の設定で大団円だそうだ」

「幸せに終わるのね」

主役が古代人とは斬新だ。古代人と現生人と、どうやって意思疎通をして恋に落ちたのだろうか。

多大な魔力に恵まれ〈自然に愛された種族〉がなぜ絶滅したか。言い伝えでは元々出生率が低くなりすぎて緩やかに滅亡に向かっていたところに、とどめを刺したのが致死率の高い伝染病で一気に人口が激少したらしい。現生人も罹患したがその病に抵抗力があって症状は軽くすんだ。哲学者は現生人類を亜人として劣位扱いしていた傲慢な彼らを、自然が見捨てたのだろうと語る。生物学者は気候変動期に身体適応できなかった自然淘汰と説明する。

「優位種の古代人と、彼らにとっては劣位種が恋愛出来るのかな?」

アステルの素朴な疑問をルキアンはくだらないと一蹴しない。

「古代人は遺伝子を残せそうな丈夫な個体を、亜人は智体力に優れた個体を、繁殖相手に選ぶならそれは好意になるんじゃないか?」

ルキアンは理屈で考え、それでもまだ恋に夢見る 少女(アステル) に「魔力のある古代人は男女問わず魅力的だったそうだから、彼らの性従属にされたかもな」と、無粋な事を言わない分別はある。

「好意はなくても繁殖相手には出来る」とそんな正論を言ったところで、アステルに冷たい目を向けられるだけだ。それに当時の実態など誰も知らないのだから、別種族が純粋に惹かれあったのかもしれない。

「好意的にかあ、当時ならそれが異種間の恋愛温度かもねえ」

アステルは納得していた。何も熱烈な恋愛主義者でもないのだ。

「でも物語には脚本があるからそこは感情を盛るだろうよ。主人公のモデルは聖魔法士トランドラ・カジンだそうだ」

「えっ」

「〈古代人イコール偉大な魔法使い〉イメージが定着している。想像しやすかったのが彼なんだろうな」

「じゃあ、実質トランドラ様と妻フロース様の恋物語なわけね!?」

ほら、食いついた。ルキアンは薄く笑みを浮かべる。

地元には〈カジン夫妻の生涯〉を書いた本がたくさん存在している。魔法メインの子供向けから伝記ものまで。

エージニア王国から旅行にきた取引先のカジン商会一族を、魔法で楽しませて欲しいと有名貿易主に依頼されたトランドラは、彼らを魔法接待する。そしてフロースに惚れたトランドラが身辺整理をしてから、彼女を追いかけ口説き落とした恋話は、モカマチュラル地方の婦女子の好物だ。恋愛ものの教祖でもある。

「そうらしい。彼らのエピソードが多く散りばめられているんだとさ」

アステルが一気に行く気になったので良かった。不文律のドレスコードがあるから彼女にドレスを贈らないとな、とルキアンは考えた。

歌劇デート当日。

ルキアンが準備した空色のドレスに身を包み、張り切ったメイドによる結い上げた髪に金とダイヤモンドの髪飾りを合わせ、髪飾りとセットの首飾りと耳飾りを着ければ、自然と動作も小さくなり、アステルは淑女に化けていた。

『初日公演は劇を応援する意を込めて王族が華やかに着飾ってくるから、ほかの者たちはドレスも装飾も控えるものらしい』

そう聞き及んだルキアンが選んだのはフリルの少ないものだった。それでも普段のアステルの装いと比べれば質もデザインも雲泥の差で美しい。レース編みの白手袋が上品である。

「うん、綺麗だ。よく似合ってる」

「ありがとう」

現れたアステルの出来栄えにルキアンは満足気だ。彼は紺色のスーツ姿で、いつもより大人びて見える。ゆったりした笑顔の彼にエスコートされて馬車に乗り込むアステルはすました顔で、今日はちゃんと貴族令嬢の振る舞いだ。

おめかしして素敵な婚約者と歌劇鑑賞。間違いなく大人のデート。

(高尚すぎるわ……ちゃんと観よう。寝ないように頑張る!)

力を入れる場所がずれているが心中だけの決意なので問題ない。

__初めて訪れた格式高い大劇場。

観客席両面上部にはボックス席がずらりと並んでいる。歌劇誕生後の初期は、ボックス席ひとつひとつが各々固定貴族のものだった。年間契約金を払って借り続けていたのだ。カーテンを閉めると平客席や舞台からは中の様子は見えず、大騒ぎの酒盛りはまだしも、密談や情事、不法賭博などの温床となっていたらしい。それを憂いた王様がカーテンの一掃を決めてしまった。音楽をこよなく愛する、後世で〈芸術王〉と呼ばれる方だ。

「だから最初歌劇は今のように静かに鑑賞するもんじゃなかったんだ。音楽があって盛り上がるな程度で、自分たちの利用趣旨がメインで、単なる社交場の一つだった。な、そう思えば気が楽だろ? 身構えなくていい」

ルキアンが歌劇の昔を語る。しかしアステルには気休めにならなかった。

「……今は違うじゃない。しかも今日は王族もいらっしゃるんでしょ。なんか緊張する」

「大丈夫。舞台に集中していればいい」

普通席に座ったアステルは隣のルキアンからパンフレットを受け取ると、中身を読んでいく。薄い冊子であらすじの他に場面場面の見所、なるほど、古語の歌にはちゃんと現代訳がついている。

開演前の舞台挨拶で王族が紹介され、皆立ち上がって舞台真正面の王族専用ボックス席に身体を向けると拍手をする。王弟夫妻とその王女が鷹揚に手を振って応えた。

アステルは遠くてよく見えなかったが、彼らの気品は十分感じた。