作品タイトル不明
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アステルとルキアンは、正式にお付き合いを始める事になった。
(い、今更恋人って、どうすればいいんだろ……)
〈婚約者〉になった時アステルは、『ルキアンと結婚するのかー、気心知れているからいいよね』くらいだったのに、いざ〈恋人〉となると意味もなく緊張する。
卒業後は自由が無くなるからと、学生時代に自由恋愛を楽しみたい層は一定数居る。ずる賢い男子生徒は学院内じゃなくて、城下町の平民と複数交際していたりする。貴族女性に手を出せばあとが面倒だと思ってだ。だけど学院内で結婚相手を探す男女が多い中、遊び人とのレッテルを貼られて真面目な女生徒は近づかない。
学院内での交際には周囲の目も寛容である。相性を確かめ、それが将来の婚姻に繋がるからだ。相手を取っ替え引っ替えするのも、なかなかお眼鏡に適わないのだろうと、意外と容認されている。既に婚約者がいる場合、学生時代の遊びだと大目に見るか許せないか、婚約者側の受け取り方によって騒動に発展する。
入学前からの婚約は家の事情による政略的な婚約が殆どだ。今学院で最も話題の婚約破棄騒動など、男子生徒の婚約者より交際女生徒の方が格下である事もあり、家を巻き込んで修羅場になっていると聞く。
こうした学院の話もアステルはルキアンにするのだが、彼の方が事情に詳しかったりするのは、もう社交界に身を置いているからだろう。
「ああ、浮気相手の女の方の家はな、商人からの成り上がりの新興貴族の男爵で今の当主が二代目なんだ。しかもその娘は愛人との庶子だ。見目が良いから十二歳の時に引き取ったんだそうな。到底伯爵家嫡男の親も、婚約者の子爵令嬢の家も黙っちゃいない。浮気相手側は相場の倍以上の慰謝料を元婚約者に提示しているし、没落しかけている男の伯爵家にも多大な援助を申し出ている」
「詳しいのね、ルキアン」
「官僚街のレストランに行くとな、淑女たちのうわさ話が耳に入るんだ」
「魔法省の食堂を利用してるんじゃないの?」
「気分転換したくなる時もある」
と言うのは建前で、外に出れば知り合いの他の部省の人物に偶々会って、その同行人を紹介されたりして人脈を広げられるし、ルキアンは五カ国の言語が分かるので他国の外交員たちの話も盗み聞ける。小声で交わされる他国語の会話こそ〈聴力増強〉の真の出番である。彼ら的には大した内容ではなくても、“魔法爵”にとっては外から入ってこない情報だったりするので有用だ。
そんな中、官僚夫人たちの娯楽であるうわさ話は、社交界の派閥や裏事情を汲むには貴重でもあるのだ。
「大臣夫人たちが利用しているレストランに連れて行ってやろうか?」
「高級そう……。もう少し上流マナーの勉強してからにする」
グラキエス魔法爵の評判に繋がると思い、アステルは遠慮する。
「それより多国籍料理のビュッフェの店、行きたい!」
中央省群地区だから他国の外交員も要人も訪れるため、珍しいそんなレストランもある。魔法省しか出入りしないアステルでも知っている有名店だ。
「じゃあ、次のデートの時連れてってやる」
「デ、デート……」
婚約したら当たり前!と主張して初デートを強請った時と違い、どうして気恥ずかしくなるのだろうか。
「そ、それより、どうなるの? その婚約破棄騒動」
気を逸らして話を戻す。幸いルキアンはアステルの動揺には気が付かなかった。
「子爵令嬢本人が愛想を尽かして破棄になった。あとは三家の問題だ。浮気相手とは肉体関係もあったから、伯爵家も受け入れるしかないだろうな。ただなあ、男爵令嬢は他の男と関係があったから、身持ちの悪さが懸念されている」
「今はその伯爵令息一筋なら問題ないんじゃないの?」
「でもな、もし妊娠していたら、絶対自分の子だと信用できるか?」
「んー、つまり歴代の彼氏とも関係があったのよね。時期が被らなかったら問題なくない? 王族に嫁ぐわけでもないからいいんじゃないの?」
「その時期が微妙だそうだ。乗り換えの早い令嬢でな。いずれは伯爵夫人になるのなら品位ってのは必要だろ。下位貴族の令嬢でも卒業するまでには、高位貴族令嬢の振る舞いとか倣って、ある程度上流作法は身につくはずなんだが、終学年なのに酷いらしい」
彼らはすっかり有名になってしまったのでアステルも見た事がある。彼女が男爵の庶子なのは知らなかったが、貴族らしからぬ雑な所作の女性だなとは思っていた。野生児上がりのアステルがそう感じるのだからよっぽどである。見た目は可愛らしいから男子が寄って来ていたその中で、婚約者のいる男をわざわざ選んで寝取るなんて考えられない。魅力的な男性でも相手がいると知った時点で、修羅場回避のため対象外になると思う。他人は好きにすればいいと思うが、アステルはその辺りの倫理観は保守的なのだ。
「男の方は廃嫡されて、弟が継ぐんじゃないかな」
ルキアンはそう考えている。
「あらー、次期伯爵でなくなっても、男爵令嬢は彼と別れないかな」
それなら上手く誘導すれば美談にならない事もない、かもしれない。恋愛作家なら腕の見せ所だ。婚約破棄された令嬢に汚点がないように仕上げて欲しいものである。
「だから社交界の方が学院内より 大事(おおごと) なのさ。伯爵にならない男に男爵が娘を嫁がせるかどうか。二人を別れさせても、もう貴族との良縁はないだろうしな」
「本当だ、大騒動だ」
「まあ、そんな事より」
対面に座っているルキアンが、アステルの座っているソファーに移動して隣り合う。そしてアステルの頭に手を伸ばす。数多くの恋愛小説を読んできたアステルは、恋人ならこれくらい普通だと情報としては知っている。だから照れを隠して平常心を保つ。
「ほら、このフィナンシェ、美味いぞ。もっと食え」
そして自分が買ってきた菓子をアステルの口に運ぶ。官僚街の貴族御用達焼き菓子専門店の商品だ。美味しいに決まっている。
『このクッキー美味しいでしょ。食べて食べて』
コンコルディ家の料理人はアステル好みの、木の実入りクッキーをよく焼いてくれていた。子供の口に合わせて小さめだったそれをルキアンに押し付けていたのは、美味しさのお裾分けだった。今、その逆をやられている。ここまではアステルも許容範囲だ。
これの上級者向けの食べ合いっこ「はい、あーん」は学院のカップルもしている。これまでは出来る。ただルキアンがやるとは思えない。更に超越者の、膝の上に乗せての餌付けはさすがに見た事はない。あれは〈溺愛〉を強調するための小説的表現に違いない。
交際宣言してからルキアンは時折こうして、「お前の髪、昔っからふわふわで気持ちいい」と髪を梳くようにして撫でてくる。彼の手が地肌に触れると、ぞわぞわして身震いしそうなのを耐える。不快ではないのだが落ち着かない。そのまま肩を抱かれると恥ずかしくて離れたくなってしまう。
「俺に触れられるのは嫌か?」
少し寂しそうにするのが腹立つ。最近、この〈あざと可愛い〉顔がアステルに有効だと気が付いたから、 敢(・) え(・) て(・) なのだ。いっそ「気持ち悪いから離れて!」と拒絶してやろうか。でもそんな心にもない悪意満点の嘘の言葉は吐けない。
最近ルキアンの表情が柔らかくなったと職場では評判だ。極秘参加していた軍事省との開発が完了して、肩の荷が降りたのだろうなんて言われているけれど、勿論違う。
初恋の婚約者と恋人の時間を過ごしているので機嫌がいいだけである。