作品タイトル不明
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アステルは帰宅後、馬車の準備をしてもらい、城下町に向かう。目的地は王城の近くになるので、グラキエス邸から徒歩ではちょっと遠すぎるのだ。元々シンプルなワンピースドレスを好んで着て通学しているアステルは、校章を外しただけで良家の町娘風なので、着替えずに買い物に出られる。
普段は貴族学院周辺の学生向けの店に友達と行くのだけど、こうしてグラキエス魔法爵の馬車で一人で買い物に行くのは初めてで、アステルは少しだけ緊張していた。
ルキアンが帰宅すると、昨日は出迎えにいなかったアステルが、エントランスにいたのが正直意外だった。
「お帰りなさい」
ぎこちない笑顔のアステルに「ただいま」と答えたルキアンは「これやる」と、オレンジ色の薔薇の花束を押し付けた。手に握られている花束を誰にもらったんだろうかとアステルは眺めていたのに、手渡された。何かのお祝い?
「どうしたの、これ」
不思議そうに受け取ったアステルに、ルキアンは目を泳がせる。
「なんとなく、詫び花」
きょとんとしたあと意味が通じたらしいアステルは、「ありがとう」と、はにかんで大事そうに抱えた。
「ルキアン、これは詫び菓子」
代わりにアステルはルキアンに紙袋を渡す。受け取ったルキアンがその場で開けると、甘い匂いが漂う。
「チョコレートか」
二人の視線が交わり、そして同時に吹き出した。
「ガキの時と同じやり方かよ」
「お互いグレードアップしてるけどね」
子供の頃に喧嘩をすると、ルキアンは道端に咲いているスミレやコスモスなどを手折り、アステルに渡して宥め、アステルはお気に入りのショルダーバッグの中に常備しているクッキーを、ルキアンの口に押し込んで有耶無耶にしていた。
「仲直りって思いついたのがお菓子で、それ、フランお勧めのお店のチョコなの」
「俺も同じだ。でもこの歳になってそこらの野花を渡すわけにはいかないから、買ってきた」
「綺麗。花束をルキアンから貰うの初めてで嬉しい。早速花瓶もらってお部屋に飾るよ!」
「ちょっと待て」
エントランスでいつまで何をやっているのか。付き合いきれない執事もメイドもいつの間にか引っ込んでいる。
「俺、ちゃんとおまえに伝えてなかったわ」
「ん?」
アステルは足を止めてルキアンに向き合う。
「なんだかんだ口実つけてたけど、俺はおまえが好きだからおまえと結婚したいんだ」
アステルは目を見開いたのち、「やっぱりそうなの?」と尋ね、ルキアンは照れ隠しか頭を掻きながら「おう」と短く応じた。
「ブレスレットもらった時にもしかしたらと思ったけど、政略結婚だから気を遣ったのかとも考えた。ほら、親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ」
ちょっと使い方が違うが、まあいい。
「婚約したっていきなり関係性は変わらないからな。でもおまえが学院で他の男に恋する前に形にしておきたかったんだ」
アステルは小首を傾げ、級友を含めた男子たちを思い浮かべる。かっこいいと騒がれている生徒を、友人に引きずられて見物しにも行った。
「ルキアンより好意を持てる人っていないけどなあ……」
「そりゃ僥倖だ。俺は学院で好きな女は出来なかった。結局俺は初恋のおまえだけがずっと好きだったんだ」
「……初恋」
「あ、申し訳ない顔すんな。おまえの初恋は兄貴だって知ってるから」
「え? 違うけど。ドレイクーノ農園のリックおじさんだよ」
「なんだって!?」
あっさりと暴露したアステルに驚くルキアン。ここにきて驚愕の事実! 自身の兄に嫉妬していたのが、全くのお門違いだったとは!
毎朝牛乳と野菜を届けに来ていた子爵家の契約農家の長男である。ルキアンもリックおじさんと呼んでいたが、今考えればまだ二十歳代の爽やかな青年だった。
(まさかのリックおじさん。恋敵と知らずにキャラメルとかもらって喜んでた自分が情けない。そして兄貴ごめん。要らん敵意向けてたわ……)
心の中で兄に謝罪をする。
「いつの間にかリックおじさん結婚してたし。淡い想いだったけどショックだったなあ」
「そっか。大人の男が好きなら、そりゃ俺なんか眼中に無いよな。長い間、弟扱いだったし……」
懐かしいのか顔が綻ぶアステルとは対照的に、ルキアンはどんよりしていた。
「俺はおまえが好きだから結婚したいんだ」
気を取り直してもう一度言う。
「う、うん、ありがとう……」
アステルは戸惑うが、幼い頃から一途に思ってくれているのは純粋に嬉しい。
「おまえなら〈政略結婚〉を全面に押し出した方が納得すると思ってた。だけどおまえが婚約解消なんて言い出さないよう、今後は〈恋愛結婚〉を目指す」
「憧れの恋愛結婚……」
思わずうっとりとアステルが呟く。
最近若い女性たちの間で流行りの小説は、政略結婚の相手と婚約破棄して、恋する相手と結ばれる内容だ。アステルも御多分に漏れず、好んで読んでいるとルキアンは知っている。友人たちとそれぞれ違う本を買い、回し読みしていると以前に言っていた。
小説くらい買ってやるとルキアンが言えば、その回し読み自体がいいそうで、共有して感想を言い合うのが楽しいらしい。
『続きが気になって授業中こっそり読むのも醍醐味』には呆れて、『バレたら怒られて課題が増やされるから程々にしとけ。赤点は取るなよ。補習は結構厳しいらしいぞ』と、先輩として助言しておいた。
(現実味がないから好まれる話なんだろうな)
ルキアンがアステルと同じ初学年の頃は、王子と平民少女や、王女と冒険者の男といった身分差恋愛ものが流行っていた。きっといつの時代も、自由恋愛の象徴的なものに女性たちは惹かれるのだろう。
「ルキアンと、恋愛するの?」
はっと現実に戻ったアステルが、念のために確認する。
「ああ、政略結婚の相手と恋人になったっていいだろ。三年後には夫婦になるんだし何も問題はない」
「それは……いいかも」
婚約破棄しないで婚約者と恋が出来るなら、それが一番平和だ。学院内で恋をして婚約解消だか破棄だかで、ごたごたしている生徒たちを知っている。
フランがその 件(くだん) のカップルを指し、『どうせ責任のない学生時代だから盛り上がってるだけよ。社交界に出てみなさい。非難の目に晒される茨の道だわ』と、カフェで紅茶片手に辛辣に言い放った。大人びたフランは本当に同級生なのか、アステルが一瞬だけ疑ったのは彼女に内緒である。
アステルは年上の〈元、弟もどき〉である 婚約者(ルキアン) を見上げた。
政略結婚の相手として不満は一切無い。と言うか、下位貴族なのは抜きにして、これ以上の同世代の男性がいたら是非連れてきていただきたい。自身の才能で最年少“魔法爵”になった逸材だ。頭もいいし、見た目もいい。そして何より、彼はアステルを大事にしてくれている。
(改めて考えなくても、すごくない? 私の婚約者……)
アステルにまじまじと見つめられて居心地が悪いのか、ルキアンは居住まいを正すと、頭を下げて右手を彼女に差し出した。
「アステル・コンコルディ子爵令嬢、子供の頃から好きです。俺と付き合ってください」
(これ、知ってる! 学舎裏で見かけた! 正式に交際を申し込む時の作法だ!)
その作法認識が合っているかどうかは不明だが、アステル的には正解である。これに対する返事といえば、はいか、いいえ。この場面では一択だ。
アステルがたまたま見かけたその告白劇の女子生徒は伯爵令嬢で、男子生徒の想いを受け入れていた。彼女はどう答えたっけな。
(あ、思い出した! 確かこう、手を握って……)
「よろしくってよ」
ツンと顔をあげて上から目線の返事……。
「……なんのキャラになりきってんだ?」
微妙な顔のルキアンに、アステルは返事の失敗を悟った。