軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20

「どうしたんだろ、グラキエス卿。覇気がないな」

「いつもはもっと活力あるよね」

「寝不足かな? 顔色がちょっと悪い気がする」

事務局に書類を提出に行って部屋を出たあと扉の向こうから、事務員が早速自分の話をしているのが聞こえてきて、ルキアンは僅かに眉を寄せた。

だが別段彼らが大声だった訳でもない。ルキアンは情報収集のためにとの大義名分で、距離のある会話を捉えられるよう、自身に魔法を掛けている。こういった用途もある無属性魔法を、適性者はもっと勉強するべきなのだ。目に見える四大魔法のみ重宝されるのは、片手落ちに思える。

元素魔法は得意でも、無属性魔法が使えない上級魔法士も結構いる。彼らが魔法士の上部を占めている限り、無属性魔法は蔑ろにされるのだろうか。戦争に必要なのは派手な攻撃魔法ではない。情報操作や収集力、伝達力は戦況の雌雄を決する。

軍事省はその事を理解しているので魔法省に、〈全魔法士へ:結界、防御、通信、認識阻害などの魔法に長けた者は、軍事省でも給与を出すから名乗り出てほしい〉と、通達しているくらいだ。魔力持ちのいない軍事省が、軍事に使える無属性魔法を抜き出しているのが現実味ある。

軍事省開発の砲台に魔法付与する任務を受けた、ルキアン含む五人の魔法士は、そのまま無属性魔法が得意な者たちでもある。ただ、どのような魔法を使えるか個人が全て申告するわけではない。だからルキアンが〈聴力増強〉を使っているなんて分かるのは同実力以上の魔法士だけだ。こうした諜報向きな習得魔法は意図的に伏せている。どこかの国にスパイとして送り込まれるのは御免だからだ。貴重な“魔法爵”を密偵に使わないと思うが、戦争でもし敗戦色が濃くなれば 形振(なりふ) り構わず酷使される気がする。

無属性が得意で高難度の転移魔法は使えるくせに、魔法付与固定は出来ない 婚約者(アステル) を思い出す。本当に魔法の得手不得手とは不思議なものだ。

(アステル……)

ジャナディアを持ち出して、婚約解消なんて口にした彼女に腹が立って突き放した一昨日から、関係がぎくしゃくしている。挨拶や必要最低限の会話だ。

(声を荒げて悪かったな。怒鳴るなんて俺自身もびっくりだ)

すぐに落ち着いて謝ろうと彼女の部屋を訪れ、『悪かった。八つ当たりだった』と言えば『私も卑屈だったし。ごめんね』と笑顔で答えてくれたけれど、それきり会話は続かなかった。

(ガキの頃は喧嘩しても、野の花やお菓子ひとつで仲直り出来たんだがな……)

大人になると表面は繕えても、ちょっとした蟠りが残る。

職場では普通にしているつもりが、やっぱり違和感があるようだ。

(覇気がないって、言い得て妙だな。活力が無いとも言ったか……)

全くその通りだ。アステルとの不和は、存外ルキアンの情緒に響く。それでも現在の極秘任務、砲台への魔法付与に影響を及ぼすのは自身が許さない。

「……全員が同時に魔法を掛けるとムラが出来るわね」

五人メンバーの紅一点は困った顔をして砲台を眺める。従来の三分の二まで小型化したのは凄い。それでも表面積が大きいので、なかなか均一とはいかない。

「では一人ずつ順番に掛けてみますか?」

ルキアンがジャナディアに案を出す。

「順次重ねていってもあまり関係ないと思うのよね。魔力の相対量は同じだし」

仕事になると真面目に取り組むジャナディアを、ルキアンが敬遠する理由はない。

「防御魔法に拘る必要はないかもしれません。一度、物体強化に切り替えてみませんか?」

会議時は不在だった出張帰りの中堅どころランスロンが、責任者のキャルロットに意見をする。

「ううむ、威力が低い分、強度に不安があるな」

フェルナルドが、「でも貼り付け易いからいいのでは? ムラ掛けによる弱所部分が出来る方が心配です」と言うのも一理ある。

「あっ、先に物質緊密化をしておけば均一強化されるかもしれません」

「ルキアンくん、それ何? 私知らないわよ、そんな魔法」

ふと思いついたルキアンに、ジャナディアは不思議そうだ。

「君は随分マイナーな魔法を知っているんだな。物質を固くする、教本にも載っていない古い魔法だ。効果は今ひとつで廃れたのではなかったかな」

フェルナルドは肩を竦めて否定的だ。

「無機物限定魔法なのに、人間に掛けた馬鹿がいたんだよ。それで禁忌扱いになっていたはずだ」

やはりキャルロットは博識である。

「無機物限定とは知りませんでした。それは明記していないと危険です。私が読んだその魔法書は、普通に魔法士協会の図書資料室にありましたよ」

「ルキアンくん、使った事あるの?」

ジャナディアが恐る恐る尋ねる。

「ええ、習得に訓練は必須じゃないですか」

「〈緊密化〉なんて理解しにくい単語だが水分を抜くようで、危うく人間が干からびて死ぬところだったらしい。くれぐれも扱いに気をつけなさい」

禁止魔法にすら指定されていないほぼ忘れられた魔法なので、ルキアンを叱れないキャルロットは静かに釘を刺す。

「ああ、瑞々しい枝が枯れたのは水分が抜かれたからなんですね」

ルキアンはようやく腑に落ちる。鉱物に掛けると重くなったので効果は実証されたと納得していたが、因果がはっきりした。

「おいおい、まさか人体相手には……」

ランスロンの疑惑に「興味本位で覚えただけで理屈もよく分かってませんでした」とルキアンは答える。胡散臭い魔法名に興味を持っただけだ。

「せっかくだから付与してもらっていいかな」

魔法士たちは見た事のない魔法に関心があるから、誰もキャルロットに異を唱えない。彼らは今日も格納庫で試作砲台に魔法を付与したり解除したりと、試行錯誤を繰り返すのだった。

アステルは授業中、左手のブレスレットが視界に入るたび心苦しくなる。

ルキアンがアステル限定にと贈ってくれた大事な大事な腕輪。アステルの魔力を込めただけの腕輪を彼に嵌めると、悪くないとルキアンは笑った。

(互いの魔力を纏うのは魔法士だからって……喜んでた、よね)

ルキアンの魔法が込められた腕輪は魔道具で、彼の〈祈り〉でもある。

__その想いを否定したのと同じだ。

『結婚するならアステルがいい』と言ってくれたのに。『後悔しない』って言質までとったのに。自分が揺らいでどうする。いっときの負の感情で彼を傷つけてしまった。去る背中に張り付いてでも引き留めて、言い過ぎを謝罪するべきだったのに、激昂する彼に唖然としてしまい近づけなかった。

結局先に謝ってくれたのはルキアンである。

(一呼吸置いてから言葉を発しなさいと、いつもお母様にも注意されているのに)

『思った事を正直に話すのは、決して美徳ではありませんよ』

では本音を柔らかい棘で包んで話すのが貴族界のルールなのかと反論すれば、母親は呆気に取られた。

『王都貴族じゃあるまいし。そうではなく、貴女は自分の言葉に後悔する場面が多いので伝えているの。失言と感じるのは、相手を傷つけるような自覚があるからではなくて?』

今回、魔法伯爵家令嬢と自分を比べて落ち込むだけならまだしも、彼女を配偶者にどうぞと勧めるなんて、まさにとんでもない不義理を 婚約者(ルキアン) にしてしまった。後悔先に立たずである。

(仲直りしたはずなのに気が重い……)

「アステル、ずっと元気がないわね。大丈夫?」

「いつもぺろりのランチが完食出来ないの?」

「体調が悪いなら医務室に行く?」

昼食中、友人たちが優しい。気を遣わせてしまった。

「ちょっと考え事していただけ。ちゃんと食べるよ」

「良かった。食の進まないアステルは心配だもの」

安堵したナテラに頷くジュリネスとノーマの姿に、人の目にも ら(・) し(・) く(・) な(・) い(・) のだなとアステルは自覚した。