軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18

会食があるので夕食はいらないと、連絡のあったルキアンの帰宅を玄関で迎えたアステルは、彼の憔悴しきった顔に驚く。

「どうしたの!? ルキアン、顔色が悪いよ! 何かあったの!?」

「……アステルか」

手を伸ばしたルキアンは彼女を抱きしめた。

「なっ、ど、どうしたの……」

子供の頃はともかく、ルキアンが思春期に入るくらいからはハグもしていない。婚約しても節度ある態度で、キスはおろかむやみに身体に触れたりしない。政略結婚の関係なのだから、それを当たり前だと思っていたアステルは驚く。

玄関に主人を迎えに来た使用人たちは、あらあら、とほんわかとした空気で二人を見守っていて、アステルは恥ずかしい。ルキアンの腕の中から逃れようと暴れるけど、彼は逃さない。

「疲れたからしばらくこのままで……」

ルキアンが呟くが、疲れたからと抱きしめられるのは意味が分からない。

「……癒される……」

なんだろう。この甘えん坊は。癒されるとは一体……。アステルは大人しくなる。ルキアンの母親が小さな彼を抱きしめ頭を撫でていたのを思い出し、同じようにする。あれはルキアンが不安がる時の対応だったかな? お姉さんぶってルキアンが弱気な時に抱きしめていた記憶が蘇る。ルキアンは小さくて可愛らしくて柔らかかった。あの頃と変わってしまったとアステルは実感する。

(身体もおっきいし固いし力も強い。……こんなに成長したんだ)

アステルは、ときめきより感慨深さが先にくる残念な乙女だった。

「すまなかった」

しばらくして落ち着いたルキアンはアステルを離し、謝る。

「婚約者なんだから、ハグくらいは普通でしょ」

「……そうか、婚約者なら許される距離だったんだな……」

ルキアンが自嘲気味に笑うので、今度はアステルから彼を抱きしめた。ルキアンが戸惑っているから、アステルは慈愛の笑みを心掛ける。

「昔っからルキアンが弱った時はこうして抱きしめてたでしょ。ルキアンのお母様みたいに。私って昔から母性溢れるタイプだったんじゃないかな」

ルキアンが怪我をした時、熱を出して寝込んだ時、父親に叱られて泣きべそを掻いていた時__ルキアンは過去を思い出して顔が熱くなる。

「あれはおまえがお姉さんムーブしてただけじゃないか。それとも俺以外も抱きしめてたのかよ」

なんだか拗ねた口調になってしまった。アステルは兄弟が欲しいと言っていた。だが 近場(ちかば) に親しい女の子がいなかったから姉妹は諦め、ルキアンの兄を「レウリス兄様」と呼び、あろう事か三歳も年上のルキアンを弟ポジションに当てた。

当然最初は年下の少女の扱いに腹を立てていたが、初対面の彼女と同じくらいの体格だったから彼女は年下だと思ったと知れば、怒りはそこまで長く続かなかった。

寝込みがちのルキアンを『病気じゃないんでしょ。お外で遊ぼうよ!』と強制的に引っ張り出してくれたのは感謝している。

魔力が多すぎたため幼い身体への負荷が大きすぎて、成長を妨げていたと知ったのは、ずっと後だった。グラキエス男爵家には代々魔法を使える者が多かったが、ルキアンのような規格外はいなかったので知識がなかったのである。

だからただの虚弱体質と判断されて、部屋で静かに過ごしていたルキアンの日常をひっくり返したのは父と親交の深い、隣領コンコルディ子爵家の娘だった。

『うきあんしゃま、はじめまちて。あしゅてる、こんこうじぃと、もうちます』

いきなり部屋に入って来て、いきなり舌足らずな挨拶をしてきた幼女。ピンク色の大きなリボンが揺れるふわふわなクリーム色の髪の毛に、くりっとした茶褐色の瞳。スカートの端をちょこっと持って淑女っぽい仕草をする、未知の生き物にルキアンはびっくりした。彼女はとにかく元気が有り余っていて、最初は脆弱なルキアンとあまり接触させてもらえなかった。

おしゃまな彼女はすぐに言葉も上手になり、しばらくするとルキアンの部屋を訪れ、『ルキアンさまはご病気なの?』と直球で尋ねてきた。

『別に病気じゃない。すぐ疲れてしまって動けなくなるんだ』

正直に答えるルキアンに『ねえ、お日様の下で休もうよ』と強引に外に連れ出す。手を引っ張って走り、花畑でいきなり寝転んで『ルキアンさまもこうしてお空を見たら? とても気持ちいいよ』と誘い、ルキアンは戸惑いながら従う。初めて見る開放的な景色だった。この青を〈空色〉と言うのかと感動している横で、『あの雲、ひつじさんみたいだねえ』と、無邪気に笑うアステルはルキアンの懐に一気に入り込んだ。

そうして外で遊び、鍛え始めると身体が丈夫になり、順当に成長していく。それに応じて過多な魔力もルキアンに馴染み、大きな魔法を扱えるようになる。

上級貴族なら跡継ぎの重要な資質だが、グラキエス男爵家は領地管理に必要な教育を既に受けている、長男レウリスが継ぐ事が決まっていた。魔力持ちの多いモカマチュラル地方貴族にとって魔力は〈あれば便利〉程度だし、レウリスも自分を上回る魔力持ちの弟に、純粋に感心しているだけである。

「抱きしめていたかって? そりゃ犬や猫、馬に……」

「家族以外の人間で」

ルキアンはすかさず付け加える。

「あっ! レウリス兄様!」

「あれは足にしがみついていただけじゃないか。むしろ、せがまれて抱っこしてたのは兄貴の方じゃね?」

「むうっ、じゃあルキアンしかいないじゃん!」

「ん、ならいいや。婚約前から俺はおまえの特別だったんだな」

「なんの確認よ。そりゃ大事な幼馴染なわけだし。……なんかあったの?」

ルキアンのおかしな様子にアステルは気遣う。

「疲れたよ! いきなり新しい仕事を振られたかと思えば、そのあとは他部署の連中と親睦会だ!」

今日の会食は他部署との交流会だったのか。しかしそんな懇親会や親睦会はしょっちゅう経験して慣れているはずのルキアンが〈疲れた〉とは、一体どんな食事会だったのだろう。酒を飲まされている感じはしない。

遡る事数時間前。軍事省の開発格納庫にて。

試作の砲台を見せてもらい、魔法付与は難しいと魔法士四人の見解は一致した。それでも不可能ではない。今日は地方出張中で不在の一級魔法士を加え、五人の極秘チームで砲台に防御魔法をかけると決定した。

やり方の議論後さっさと帰れると思っていたルキアンは、その後の軍事省との親睦会なんてものに参加させられて不服だった。人脈の構築相手にならないジャナディアが隣の席で、何かと話しかけてくるのが嫌だった。

それをにやにやと見ながら、酒の入った総司令官が『いやあ、君たちならさぞかし優秀な子供が生まれるだろうな』と鳥肌が立つ事をほざきやがり、あまつさえジャナディアが『ルキアンには婚約者がおりますのよ。一度お会いしたけど、まだ学院生で天真爛漫なお嬢さんだったわ』と、暗に〈令嬢らしからぬ〉と毒を混ぜてきやがった。王都で過ごし社交も 熟(こな) してくると、少しの棘も見逃してはならない。

『ほう、まだ学生かね。お相手もいずれは魔法省に?』

ワレプッシは“魔法爵”の婚約者はそのくらいの実力者である事を疑わない。今存命中の既婚“魔法爵”の配偶者は全員魔法士で 職(・) 場(・) 結(・) 婚(・) らしいから、そう考えるのも無理はない。

『いえ、幼馴染の子爵家の一人娘なので彼女が卒業したら領地に戻り、私が婿入りします』

ルキアンがしれっと告げれば、ワレプッシは目を丸くした。