作品タイトル不明
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「久しぶりね、ご機嫌いかが?」
鬼門のジャナディアがいきなりやって来た。それまで普通だったルキアンのご機嫌は急降下する。
「はあ、普通に元気です」
「何よ、腑抜けているんじゃない?」
おまえのせいで気分が落ちたのだ、と心の中で毒づく。ジャナディアに関わりたくない。
「砲丸は鉄玉をやめて火薬を使用するみたいで、配合は軍事省の技術部門に一任される事になったの」
ルキアンの研究室を訪れたジャナディアは、ドアを開けた彼に一方的に話を始めた。以前意見を求めたから律儀に結果を知らせに来たのかと考えたルキアンは、「はあ」と生温い反応をした。
アステルの登場によって中断され、助言とも言えず世間話程度で終わった話である。しかも婚約者の躾をしろなどと、腹立たしい忠告をしていった彼女の好感度はマイナスだ。現時点でジャナディアと被っている仕事はないのだから、一人で研究室に来てほしくない。
魔法士は他人に興味が薄い人種だと言われているけれど、それは違う。探究心が強い気質だから研究第一で人間関係は二の次だと、なぜか世間でそう思われているようだが、単に嫌な相手と距離を置いても許される環境にあるから、これ幸いと世間の評価を利用しているだけだ。煩わしい人間関係に頭を悩ませるくらいなら、その労力を他に割きたいのは、魔法士に限らず誰でも考える事だろう。
家柄、美貌、才能と三拍子揃ったジャナディアは、嫉妬の対象である事も多かったと思う。だから女性より、ちやほやしてくれる男性の方が好ましいのも理解出来る。夜会や懇親会でもいつも男性に囲まれていて、女性と和やかに話しているのは身内ぐらいしかルキアンは見た事がない。
ルキアンは成人してすぐ特級魔法士になったから、魔法協会の有力新人として、学生のうちから夜会に参加させられていた。品定めされる視線に晒され、派閥に入れようとする高位の人々のゴマすりは、下級貴族の十七歳の少年には居心地の悪いものだった。ただ、強心臓なので周囲の目には堂々と映っていた。
そんなルキアンに、初対面のジャナディアは馴れ馴れしく接してきた。彼女が発する無意識の『私に相手にされて嬉しいでしょう』とばかりの態度が鼻につき、初っ端からルキアンはジャナディアが好きではない。
しかし彼女は自分が男性に嫌われるなんて微塵も疑わないから、ルキアンの線引きした態度を『真面目で照れ屋なのね』と、謎の評価で済ませている。
ルキアンとは相性が悪すぎるのに、それに気がつかない〈愛され令嬢〉は、アステルと別の意味で__無自覚の高慢ゆえに、鈍感である。
「そうですか。わざわざ知らせていただいて有難うございます。ではこれで」
砲丸の話なんかとっくに忘れていたし、この女がアステルを見下したあの時の不愉快さを思い出したルキアンは、冷淡に言うとドアを閉めようとした。
驚いたジャナディアは「ちょっと待って!」と閉じられるドアを止めようとする。慌ててルキアンはドアノブから手を離した。
「危ないでしょう! 指を挟むところでしたよ!」
「あら、そうなの? 大丈夫、あなたが私に怪我させるわけがないわ」
(なんだ、その自信。全ての男は自分を害さないってか?)
「他に用件があるのですか?」
「そうよ、これっ!」
彼女はひらりと一枚の紙をルキアンに見せる。
「……? 要請書?」
「丈夫な鋳鉄で試作していた移動式砲台が完成したみたいで、魔法省に魔法付与の依頼が来たの」
「私にですか?」
「あなた、付与魔法得意でしょう!?」
「第一人者のキャルロット様やフェルナルド様には及びませんし、あなただって得意でしょう」
「私の場合は、まあまあ出来る程度で、別に得意でもないわ」
(……そうか。この女はオールラウンダーだった。要領よく、なんでも平均以上の才能を持っている)
上層部が可愛がるのも当然と言えば当然だった。そして気さくな性格。
だからか、ジャナディアは一人で夜会に参加するルキアンを気に掛けて、何かと世話を焼こうとする。しかし目立つ彼女と一緒だと注目されるし、余計な気配りで辟易している。でも善意なのは分かるのであからさまな拒絶は出来ないのが悩ましいところである。
「キャルロット様とフェルナルド様にも要請済みだから、もう軍事省に向かっていると思うわ。私はあなたを連れて一緒に来いって頼まれたのよ」
「正式な依頼なら早く言ってくださいよ!」
「言ってるじゃない」
「さっさと行きますよ!」
「あ、待ってよ! せっかちねえ」
ジャナディアとはやっぱり 間(ま) が合わないなと、ルキアンは思い込んでいる。
ジャナディアに負けず劣らずアステルもマイペースだ。同じ事をされてもアステルならきっと許せる。これは相手に対する感情の差異だと、ルキアンは気が付かない。
ジャナディアと並んで歩きたくないルキアンは、彼女の歩調に配慮なく大股で歩く。「歩くの早すぎ、待ってよ!」との背後の声は無視する。夜会でもないのでエスコートする必要もない。軍事省は魔法省の隣の棟だ。すぐ着く。
軍事省受付で身分証を提示した二人が案内された部屋は奥まった会議室で、ルキアンは初めて足を踏み入れる。
“魔法爵”大先輩であるキャルロットとフェルナンドは既に着席していた。彼らの 側(がわ) に座るよう指示される。魔法士の重鎮との同席に、改めて自分の立場を思い知らされる。
(嫌だな……。これで今後軍事に関わる事になるんだろうな)
「しかし、なんだな。並んでいるといかにもお似合いな美男美女じゃないか」
上座に座っている軍の最高司令官ワレプッシが、ジャナディアとルキアンを交互に見て、余計な事を言う。
「まあ総帥ったら。年増の私を揶揄わないで。今年学院卒業したばかりの“魔法爵”に失礼だわ」
「君が年増なら私の妻はなんになるんだろうな!」
軽口を返すジャンディアに、ワレプッシは豪快に笑う。
ジャナディアは二十三歳で未婚だからの自虐だろうが、自身を年増だなんて思っちゃいない。
ルキアンは彼女が初対面のアステルを値踏みして、格下認定したのに気づいている。__若いだけで騒がしい礼儀もなっていない娘。自分の方が美しくて品がある__そんなところだ。でないと、わざわざ人の婚約者にケチをつけないだろう。
「才色兼備な君が卑下するのはいけないよ。なあ、グラシエスくん。君もそう思うだろう?」
ワンプッシはガッチリした体躯の強面に似合わず、親しみやすい性格のようだが絡みにこないでほしい。初参加のルキアンの緊張をほぐすためかもしれないが。
(しょうもない話を振るなよ)
さすがに最高司令官に「はあ」といつものやる気のない返事をするわけにもいかず、「そうですね」と当たり障りなく答えた。
「君たち、二人とも未婚だろう? いっそ」
更に面倒臭い事を言いそうなワレプッシにルキアンが身構えると、キャルロットが「いい加減にしないか司令官。要らぬ節介だ。早く会議を始めてくれ」と遮った。
「そ、そうか、すまん」
王国軍最高司令官が素直に謝るのだから、年配の“魔法爵”との力関係は同等のようだ。
「えー、それでは付与魔法について話し合いを始めたいと思います」
進行役は防衛管理部門の開発部長である。
「砲台の実物をご覧になっていただく前に、予備知識として材質の鋳鉄の配合について報告しておきたいのですが、試行錯誤の末、最も適したのは__」
(専門外の俺は聞いても分からないんだがな。これは苦労話なのか?)
だが軍事会議には物事の順序というものがあるのだろうと、ルキアンは黙って聞く。
今説明されている炭素の含有量が鉄の強度に関係するのは知っている。だからそれがどうしたという気分だ。適した材質に行き着くまでの研究を一通り聞き終えたら、次は砲台の大きさの話に入りそうだった。ところが、ここでもキャルロットが言葉を挟む。
「あとは実物を見せてもらった方が早い。材質云々もだが大きさや形状によってもそれに付与がどれほど可能か、机上の理論では語れないのだ」
魔法士の正解は そ(・) れ(・) だ。一同はすぐに格納庫に向かう事になる。