軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

公爵令嬢、ギャン泣きする

その後も調査を続けた結果、ドラゴンのマーキング痕のようなものは確認できなかったけど、足跡に関しては幾つか発見することが出来た。

爪が地面に深く食い込む鳥の足跡にも似た形状と、まるで空に飛び立ったかのように足跡が突然途切れていることから、翼竜科のドラゴンである可能性が高いと判断した私は、翌日の昼頃までアインバッハ大森林で野営をしながら続けていた調査を一旦切り上げ、アーケディア学院に直行した。

「長年魔物の研究をしてきましたが……このような足跡は見たことがありませんね。少なくとも、私が記憶している限りでは、こんな脚の形状をした鳥型の魔物は存在しません」

「やっぱりそうですか……」

突然の来訪にも関わらず、『帝国の為』という事で快く応じてくれた魔物研究の教授は、私の仮説を裏付けるようにそう答えた。

今回発見した足跡は、私も巨竜半島の探索中に見かけた覚えのある物だったけど、ドラゴンは科によって足跡が似たり寄ったりだったりする。種の判別にはもっと判断材料が必要ではあるんだけど、熱心に調べていたのが実は大きな鳥型の魔物でした……なんて事になったら、目も当てられないしね。

「というか、アインバッハ大森林でこんな足跡を残す生物はこれまでも確認されていません……やはりドラゴンが棲み付いたと考えるべきでしょうか?」

「可能性としては高くなってきてますね。ドラゴンだからって巨竜半島から出ないって訳じゃない……渡り鳥のように活動範囲の広い種は居ますし、世界各地でも極稀にドラゴンの目撃情報があったりするんですよね?」

ハシリワタリカリュウのように、半島から出ていくドラゴンは数種類ほど、私も確認している。

そして辺境伯邸に移り住んでからアーケディア学院の教授たちと話をするまでに、世界各地のドラゴンの目撃情報を色々聞くこともあったし、ドラゴンだからって巨竜半島に定住しているわけではないのだ。

「とは言っても、そう言ったドラゴンは最後には巨竜半島に戻ることが多いんですよ。餌となる魔力が潤沢ですからね、その経験則からなる知識を覚えているのか、東の空へ旅立った個体が、西の空から戻って来るなんてこともありました。それも三日くらいで」

「三日で世界を一周してきた……その可能性もある訳ですか」

感心通り越して呆れたように呟く教授。まぁ途中で地表に降り立っていた時間も考慮すれば、生身の生物が三日で世界一周した可能性があるって聞かされたら、生物学者として頭がおかしくなりそうになるだろう。前世での渡り鳥は、半年くらいで地球一周分くらいの飛行距離とかだったし。

「ですが、足跡の大きさや深さから察するに、それなりの大きさをしているように思います。普通の鳥であればいざ知らず、あんな木々が密集した大森林の中に、これだけ大きな飛行動物が降り立つというのも妙に思えますね。重なり合った枝が邪魔になると思うのですが……」

その疑問は実に正しい。

アインバッハ大森林を探索して見て思ったのは、日中でも暗いって事だった。異常成長を起こした木々が太陽の光を遮断するほど生い茂っていて、鳥型の魔物も大森林上空を飛び交うことはあっても、地表に降りてくるのは殆ど無いんだとか。

いわば枝木の壁で覆われているようなものだ。大抵の飛行生物であれば、地面ではなく枝に止まるだろう。

「ドラゴンを普通の動物と同じ尺度で測ってたらやってられませんよ。翼竜科のドラゴンの中には地面に居る外敵を攻撃する時、上に向かって広げた翼から魔力を噴射しながら隕石みたいに急降下し、太枝だろうが何だろうが、全部圧し折りながら降りてくる種もいますからね」

実際、足跡が発見された付近には、不自然に折れた枝が落ちていたり、太陽光が降り注いでいる場所が確認できた。

そもそも翼竜科のドラゴンは外敵を足で押さえつけて攻撃するように進化しており、その脚力は走竜科のドラゴンに次いで高い。

今回発見されたドラゴンは小型ではあるけど……大型翼竜が上空から強襲する時、大木を纏めて圧し折る事もあることを考えれば、アインバッハ大森林のドラゴンもそういった生態をしていて、太枝を纏めて圧し折るくらいの力があるって考えた方が妥当だ。

「なるほど……それは確かに、鳥型の魔物と同じ尺度で考えない方が良いですね。それにしても、よく一日でこれだけの足跡を発見できましたね? それも護衛の方と二人で」

「正体不明の生物を追いかけてきた先生方と違って、私の場合は最初からドラゴンって当たりを付けて調査してましたからね。魔力の噴出孔付近を調べれば、そこかしこに足跡が残ってましたよ」

あれだけ暗くて広大な森林の中、決定的な情報がないままに調査をしていれば、そりゃあ足跡一つ発見するのも時間が掛かるだろう。

そもそも今回調査が思いの外早く進んだのだって、先発の調査隊のおかげでもあるんだ。魔物が襲ってきても守ってくれる護衛も居たし、私一人の力によるものじゃない。

「まぁ翼竜科のドラゴンにしては、地面に降りてくる回数が多いなって感じはしてますけど」

そもそもの話、魔力を食べるドラゴンは別の生物を積極的に攻撃する理由がない。シメアゲカエンリュウのような例外も居るには居るけど、害意さえ向けられなければ基本的には大人しい生き物だ。

今回発見されたドラゴンのものらしき形跡の数と種類を見てみると、頻繁に地面に降りてきていたのは分かるんだけど、枝木を折ってまで何度も地面に降りてくる理由が分からない。飛び疲れたのなら、普通に枝に止まれば済む話だ。

「……もしかして、普段は地面に居ることが多い種類なのかも」

「そのような種が居るのですか? 翼竜というのは、空を飛ぶことが多いのでは?」

「必ずしもそうとは限りません。飛べない鳥みたいに翼はあるけど退化して使えないって訳じゃなく、空陸の両方に適応するために進化した種もいます」

ジークのような四脚竜科のドラゴンとかが正にそれだ。彼らは走ることも飛ぶことも得意だけど、翼竜科のドラゴンの中にも同じ特徴を持った種族が居る。

個体差や種族差によっては地面に居ることの方が多いって奴も居るし、もし件の生物が空を飛ぶ頻度が高い種族なら、調査隊が望遠鏡とかで大森林の上空を観察した段階で、発見されていた可能性も高かったと思う。

(……これは、大体候補が絞れてきたな)

氷の属性を操り、空陸両用の身体構造の翼竜科のドラゴン。その心当たりが、私の中にはあった。

まだまだサンプルが足りないけど、正体が絞れてくると調査方法も変わってくる。今日もヴィルマさんと一緒にアインバッハ大森林へ調査へ向かおうっと。

=====

魔物学の教授と話をし終えた私は、アーケディア学院の敷地内を早足で進む。

創立記念パーティーが無事(?)終わり、ユーステッド殿下やティア様は皇族としての公務に、主催パーティー開催に向けて忙しくなり、学院へは登校していないという状況になった。

そのおかげか、学院の雰囲気は前に来た時と比べれば非常に穏やかだ。前は校舎に入るのにも一苦労だったけど、私一人なら受付で話しを通すだけで、すぐに目的を達成できるしね。帰りもお茶会だのなんだのの誘いも現れず、スムーズである。

(今は昼休みかな?)

教室の外を出歩いている生徒も多いし、時間的にもそのくらいだろう。

前世の私は高校も中学も満足に通っていなかったし、生徒たちの雰囲気もここまで上品じゃなかったけど、何となく小学校時代の昼休みを思い出した。

話す友達とかも居なくて、給食食べたら静かな図書室で過ごしてたっけなぁ。

「貴女みたいな平民がジルニール殿下の婚約者だなんて、一体どういう事かしら?」

改めて学校という場所を眺めながら歩いてみて、なんだか懐かしい気持ちになりながら、中庭が見える渡り廊下を歩いていると、やけに聞き覚えのある声が聞こえてくる。

そちらに視線を向けてみると、そこには思った通り、イグリット侯爵令嬢が何時ものように取り巻きを引き連れて中庭に立って、威圧するかのように誰かと話していた。

相手は……アリステッド公爵令嬢?

「皇族の婚約者とは、何時の間に下賤な血筋の者にも務まる地位となったのでしょうね? その上、公爵家の養女として迎え入れられるだなんて……それで生粋の侯爵令嬢たる私よりも偉くなったつもりかしら? 最近の平民ときたら、本当に図々しいことこの上ないわぁ」

「あ……あの……その……っ」

相変わらずネチネチネチネチと話すイグリット侯爵令嬢に睨まれ、アリステッド公爵令嬢はカエルみたいに青い顔をしてプルプル震えている。

社会的な名目上の地位は、アリステッド公爵令嬢の方が上なんだろうけど、これじゃあどちらの方が偉いのか分かったもんじゃない。

ていうか、あんなイチャモン適当に受け流して無視すればいいのに。ジルニール殿下に怯えながらも付き従っていることもそうだけど、外敵を前にして逃げることもしない間抜けは、種族問わずに食われて終わりだ。それが分からないようじゃ、この先もずっとあんな感じだろうな。

「それに何? その靴は? 泥が付いているじゃありませんの? そんな靴でよく伝統ある由緒正しいアーケディア学院の敷地を踏もうだなんて思えましたわね? そんな体たらくで皇族の婚約者になろうだなんて、恥ずかしいと思わないのかしら?」

「で、でも……私は、その……」

「まぁ、口答えをなさるつもり? 仮にも公爵令嬢とは言え、元は平民の分際で――――」

「……あ」

やっべ、見付かった。

そう思った時には、イグリット侯爵令嬢たちはしっかりと私に視線を注ぎ、次第にその表情を怒りで染め始める。

「あ、貴女……! 昨晩は、よくもこの私に恥を掻かせてくれましたわね!? あのような屈辱、生まれて初めてでしてよ!?」

うーわ、こっちに向かってきたよ。これは面倒臭いことになったなぁ……対処するしかないか。

……でもどうしよう。貴族相手にこれ以上変な衝突は起こすなって、ユーステッド殿下からは口酸っぱく言われてるしなぁ。

「ユーステッド殿下やジルニール殿下の御前で私に醜態を晒させたにも関わらず、しかも学院側からお咎めなしだなんて……一体どうやって皇族の方々を欺いたの!? そうでなければ、侯爵令嬢である私よりも、平民に忖度したような決断が下されるなどあり得ませんわっ!」

知らんがなボケ……危うくそう口走りそうになるのを、私は唇を横一文字に引き締めて防いだ。

これから楽しい楽しい調査時間なんだ。こんな事で時間を潰されたくないんだけど……どうしたものか。

「ちょっと聞いていますの!? 平民の分際で侯爵令嬢の言葉を無視するなど、失礼ですわよっ!」

対応に困り、黙り込んだままの私に、イグリット侯爵令嬢が片手を振り絞ってビンタを放ってくる……が、私は上半身を大きく後ろに反らせるスウェーバックで回避した。

所詮は鍛えている訳でも何でもないお嬢様。何とも遅いビンタだ。避けるのが簡単すぎて欠伸が出そうである。

「な……! こ、このっ! 何を避けているの!? 当たりなさいっ!」

その後も私にビンタを浴びせようとしてくるイグリット侯爵令嬢だけど、その平手が私の体を捉えることは無かった。

自棄になって必死に繰り出してくるビンタを全て避けてやると、次第に体力が尽きてきたのか、イグリット侯爵令嬢は息を切らしながら顔を下に向ける。

……疲れてちょっとは落ち着いて来たかな? 今ならこっちの話も聞こえてるかも。

「大丈夫? 寄生虫の話、する?」

「ひぃっ!? け、結構ですわっ!」

私がそう優しく包み込むような口調で言った途端、イグリット侯爵令嬢たちは面白いくらいに顔を真っ青にして逃げていった。

なにせ昨日は吐くまで寄生虫の何たるかを教えてあげたからね。あの様子だとトラウマになってて可怪しくないって思ったけど、予感的中。今度から、絡まれた時はこの手段で撃退しようっと。

我ながらナイスな撃退方を思い付いて満足していると、アリステッド公爵令嬢がおずおずと話しかけてきた。

「あ、あの……ありがとうございます……助かりました」

「え? あー、いや助けたつもりは無いんですけどね。降りかかった火の粉を払っただけですし」

まぁ結果的に、言い詰められていたアリステッド公爵令嬢を助ける形にはなったか。そういう意図は全然意識してなかったけど。

「そっちこそ大変でしたね」

「……へ?」

「聞いたところによると、元は平民なんですよね? なのに貴族に責め立てられて、怖かったんじゃないですか?」

あの怯え切ったアリステッド公爵令嬢の様子を見ていたら、大体の察しが付く。

この身分制度が根強い世界では、平民と貴族との間に越えがたい壁がある。ケースバイケースではあるんだろうけど、自分たちの生活に対して非常に強い影響力を持つ貴族を、敬う以前に怖がる平民は多いのだと、ユーステッド殿下から聞いたことがあった。

なにせ下手に金と権力がある相手だ。逆らったり不評を買ったりすれば、生活が困窮する事態になりかねないと恐れるのも無理はない。むしろ貴族相手に動じない私が異端なのだろう。

「公爵家の養子になったのに、どんな事情があるのか知りませんし、興味も無いんですけど、高位の貴族や皇族に責められたら怖くなるのは、平民からすれば当たり前の……って、何ですかその顔?」

すると、アリステッド公爵令嬢は目を真ん丸に見開き、口をポカーンと開き始めた。

言っちゃなんだけど、凄い間抜け面だ。一体どうしたんだろうかと思っていると……突如として、間抜け面を晒したままのアリステッド公爵令嬢の目から、決壊したかのように大量の涙がボロボロと零れ始めた。

「ちょ……っ!? いきなり何ですかっ!?」

なんか急に泣かれ始めて、私は思わず気が動転する。

マジで勘弁してほしい。私は陰気に落ち込む病人が苦手だけど、泣いている子供も同じくらい苦手なんだ。

「ちょっと、一体どうしたんですか? 私、何か泣くようなこと言いましたっけ?」

「だっで……だっでぇ……っ! ぶぇ……びぇええええええええええええええええっ!」

「あーあー、もう。鼻水まで流しちゃって……いい加減泣き止んでくださいよ。まるで私が泣かせたみたいになっちゃってますから」

その後、私は全力でギャン泣きをするアリステッド公爵令嬢をあやすことになるのであった。

流石に泣いている人を放置して、自分の目的の為にさっさと立ち去ってしまえるほど、私も冷酷ではないのである。