軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

森の中で見つけた不自然

レオンハルト殿下曰く、事の経緯はこうだ。

今年の初春、アインバッハ大森林は例年には見られない低気温に見舞われた。その報告を受けて、大森林の調査に赴いた部隊によると、森の一部の木々には霜が降り、大気中の水分が凍って視界を覆うほどの氷霧を発生させていたのだとか。

元々、アインバッハ大森林は気温の上昇する春から夏にかけて、木々や川から水が蒸発する量が増え、湿度が高くなりやすいという特徴があったという。それが氷結したことで、濃密な氷霧が発生したのだとか。

「更にその氷霧はアインバッハ大森林全体でもなければ、一定の場所でのみ発生している訳でもなく、大森林の至るところで局所的に発生しているようなのだ……まるで氷霧の発生条件となる現象が、移動しているかのようにな」

この異常現象に対し、天候学者も調査に名乗り出たが、成果は見られなかったらしい。

であれば、アインバッハ大森林の魔力の噴出孔そのものに異常があるのかと、魔力学者も調査に出たけど、そちらも異常なしと判断。特定の属性……今回の場合は、氷属性の魔力が重点的に噴き出ているのではないかという予測もされていたけど、特にそう言ったわけでもなかったらしい。

魔力の噴出孔は、全属性を司る星の地表の奥から魔力が溢れ出る場所。そこに意思がある訳でもなく、土地に関係なく全ての属性が噴き出ている。

「あの……それでは魔物などが原因という訳ではないのでしょうか? 専門家でもない人間の意見で恐縮ですが、ドラゴンよりも帝国本土に幅広く生息し、数も多い魔物の仕業と考えた方が妥当だと思います」

であれば、生物学的な要因……すなわち、魔物の仕業ではないかと、ティア様のように考えても仕方がない。

魔物だって魔力を操り、人間とはまた違ったメカニズムで魔法を行使する生命体だ。中には当然、氷属性の魔力を司り、吹雪を巻き起こすほど強大な魔物も存在しているというけれど……。

「絶対に無いとは言いませんけど、可能性としては低いでしょうね」

北極や南極と言った極限環境に生きる恒温動物たちは、棲み付いた土地の気温に適応した進化を繰り返してきた。

例えばセイウチは分厚い皮下脂肪によって体温を確保しているし、ホッキョクグマは光の反射によって白く見える、実は透明な体毛に邪魔されずに太陽光を黒い皮膚まで届け、その熱を吸収することで体温を保つように進化してきた。

こういった寒さへの適応と進化は、魔物にも多く見られるものだ。

「氷を司る魔物も、体毛や皮下脂肪を駆使して寒さを凌いでいる。しかしそう言った生物は、暑さへの適応力が低い種も多いんです」

だから氷の魔物は、高温多湿の土地……今回の場合は、真夏のアインバッハ大森林のような場所には行きたがらない。雪が解けるような時期になれば、高山や洞窟のような気温の低い場所に移り棲み始めるというのは、魔物の生態研究者たちが長年の調査によって判明した事実だ。

「この暑くなってきた季節に、低地にあるアインバッハ大森林へ氷の魔物が移動する理由がない。棲み処を追われたとか、そういう可能性も否定は出来ませんけど……正直考えにくいですね。実際、魔物の研究家たちも、怪物とやらの正体を掴めていないんじゃないんですか?」

「その通りだ」

私が同意を求めるように視線を向けると、レオンハルト殿下は頷く。

「魔物学者たちも研究に出向いたが、氷属性を操る魔物の中で、この季節のアインバッハ大森林に移り棲む種に心当たりがないという。今は新種の可能性を考慮して調査をしているが……進捗は芳しくないまま時だけが流れ過ぎ、二か月前にとうとう事件が起こった」

「……大森林に踏み入った調査隊員の護衛たちが、重度の凍傷を受けた事件ですね? 兄上」

アインバッハ大森林での異常が起きて以降、森では魔物や動物などの凍死体が相次いで発見された。

いずれも全身の血液や水分が凍り付き、まるで剥製のようなカチカチの状態だったという。これは相当危険な生物の仕業であると判断した調査隊は、民間の護衛部隊を雇い、大森林へ調査へ向かったのだという。

元々、魔物や狂暴な動物が数多く生息している地域だ。その判断は正しいのだが……結果として、戦闘用の魔法を扱い、場慣れしている護衛部隊は軒並み凍傷被害を受ける羽目になった。

「不幸中の幸いと言うべきか、襲撃を受けた時点で即座に撤退を選択したことで、死者は一人もいなかったが……結界や防護魔法も貫通するほど強烈な冷気を吹きかけられたようでな。被害の拡大を受け、調査隊は撤退。現在ではアインバッハ大森林への立ち入りに関しても慎重になっている」

「それで正体不明になった生命体が、《アインバッハの怪物》という訳ですか」

この世界において、怪物という表現は未知の危険生物に対して使われる呼称だ。調査隊や学者たちの見識をもってしても正体を見破れない猛獣が居るとすれば、それは怪物と呼ぶに相応しいと思う。

それにしても……戦闘のプロでも対処できない生物か。そうなると、確かに正体は限られてくるけど……。

「これまでの調査報告書はありますか?」

「無論だ。存分に見るがいい」

レオンハルト殿下は小脇に抱えていた資料の束を、部屋に備え付けられていたテーブルの上に、ドサッと音を立てて置く。

今年の初春から調べていただけあって、かなりの量だ。これを全部丁寧に確認していたら時間は掛かるだろうけど……今は私が最優先で知りたい情報だけを確認するために、資料内容をパラパラと確認していく。書かれていることの概要だけ確認し、詳細のチェックは全部後回しだ。

「……お。見つけた」

そして半分くらいの枚数を横に退けたところで、私は目当ての情報を確認することが出来た。

「なるほど……確かにドラゴンの可能性が高そうですね」

「お姉様、何か分かったのですか?」

「えぇ。被害を受けた魔物や動物のリストを確認しまして」

今回、《アインバッハの怪物》による被害を受けたのは、イノシシやクマといった雑食性の獣、大蛇や大型のネコ科動物と言った肉食獣。そして人を襲い、捕食する事例も確認できた魔物……いずれも狂暴な気質の生物たちだ。

「襲われたのは主に、アインバッハ大森林では上位に君臨する捕食者たちですが、どれも自分たちの生息域に足を踏み込んだ生物であれば襲う傾向が高い気質のようです。つまり害意を向けてくる存在だという事ですが……その一方で、草食動物や小動物を始めとした、臆病だったり温厚だったりする気質の生物の被害は確認されていない」

「害意を察知し、外敵を優先的に排除しようとする習性を持つドラゴンであれば、狂暴な肉食性を持つ生物こそを攻撃するのは道理……そういうことか?」

「正解です、ユーステッド殿下。もしドラゴンが棲み付いて年数が経っていないなら、森林の生物たちもドラゴンを見慣れておらず、脅威と学習していない可能性も高いですし」

調査員の護衛部隊に対しても、それは当て嵌まる。

魔物や猛獣が跋扈し、正体不明の生物までいると聞かされた護衛部隊は、常時警戒態勢で仕事に臨んでいたと思う。各々が武器を構え、何時でも魔法を放てるよう、戦意を昂らせながら。

そんな護衛部隊の強烈な警戒心を、ドラゴンが害意と認識して攻撃してきた可能性は高い。

「調査報告書を確認したところ、襲撃された直前には、突如として周囲が真っ白に染まるほどの氷霧が発生し、護衛部隊は何時でも攻撃できるように臨戦態勢に入ったそうです。更に付け加えて言うなら、凍死した生物たちの体には、捕食された痕や他の生物と争った形跡は見られなかった……一方的に氷漬けにして、手付かずの状態で放置されたということです」

つまり、捕食の為の行動ではなく、自衛の為の行動である可能性が高い。

こんな行動を取る生物となると、魔力を主食とし、猛獣や魔物を寄せ付けない強さを持ったドラゴンが可能性として有力となる……そう考えるのが妥当だ。

「しかも気温への適応云々に関しても、ドラゴンなら容易ですしね」

特に氷竜目と火竜目のドラゴンは、熱を操る魔法で自分の体温、または周囲の外気温を調整し、体感温度を自由に変化させることが出来る。土地に縛られない生命活動が可能という事だ。

大森林で発生している氷霧に関しても、ドラゴンが自分の周辺気温を変えている結果と考えれば、十分あり得ると思う。

「これは確かにワクワクしてきましたよ……! 正直、皇宮では退屈な仕事ばっかりさせられるんじゃないかって辟易してたんですけど……レオンハルト殿下ったら、人の扱い方ってのが分かってますね!」

「わはははははははっ! そう褒めてくれるなっ! 照れるであろう!」

真夏の大森林に突如として現れた、氷のドラゴン。その秘密に迫る……なんて心躍るフレーズだろう。

こんな話を聞かされたら、ウズウズして仕方ないじゃないか。

「だが……いくら私を讃えようとも、非常に危険な仕事を任せることに変わりはない。それでも引き受けてくれるか?」

「当然」

短く、それでいてこれ以上ないくらいに明確に応じる。

魔物や猛獣、有毒の生物や植物の危険性……そんなものは最初っから織り込み済みだ。未知の行動を取る、正体不明のドラゴンがすぐそこに居るというのに、足踏みする理由が一体どこにあるというのか。

「うむ、よくぞ言ってくれた。アインバッハ大森林は我が国でも有用性の高い薬草の宝庫でもある。そんな場所への立ち入りが、強大かつ正体不明の生物の存在によって事実上制限されている現状は好ましくない。お互いに目的は違えど、其方の勇気あるその決断……敬意を表する」

強く真っ直ぐな眼差しと共に向けられるその言葉に、私は既視感を覚えてユーステッド殿下の方に視線を送る。

レオンハルト殿下の言葉には、ユーステッド殿下のそれと同じような響きを感じた。他人からの評価とか割とどうでもいいと思ってる私でも、誉められて悪い気がしない……それどころか、ちょっと誇らしくなるような声色だ。

(……なるほど。この人がユーステッド殿下に慕われ、気性の荒いゲオルギウスに受け入れられた理由が、何となく分かってきた)

この人は敬意で周囲を動かすタイプの人間だ。

身分や種族の違いを認識しながらも、その枠組みに囚われることなく、他者の在り方は否定せずに、功績や能力を素直に認めて称賛を惜しまないし、敬意を払うことを忘れない。

だから私みたいな礼儀作法とか全然出来てないタイプの人間が相手でも、笑って平然と受け入れているのか。

(半分しか血が繋がっていないと言っても、流石は兄弟……いや、この場合、ユーステッド殿下がレオンハルト殿下から薫陶を受けて育ったからかな?)

聞いた話によると、レオンハルト殿下は昔から実の兄同然としてユーステッド殿下に接していたみたいだし、こういう皇族というか、人としての在り方みたいなのも、この人から教わって育ったのかもしれない。

二人の気質は全然違うし、レオンハルト殿下みたいに大らかではなくてすぐに怒るけど、ユーステッド殿下が私に送る真摯な感謝や心配の念は本物で、それは兄王子にも通じるものがあった。

=====

翌日、私は早速アインバッハ大森林へ調査に赴いていた。

初日に予定している調査範囲としては、魔力の噴出孔を中心に半径一キロ圏内。本当にこの大森林にドラゴンが棲み付いたのであれば、膨大な魔力をまき散らす噴出孔辺りを主な活域にしているはずだ。

(現に調査隊の報告でも、氷霧の発生場所は噴出孔の周辺……可能性は十分に高い)

私は貸し出されたアインバッハ大森林の地図を広げながら、鬱蒼とした木々を縫うように歩き続ける。

本格的な調査機関お手製のものだけあって、地図の完成度としては相当高く、分かりやすい。場所ごとの高低差から魔力濃度まで鮮明に描かれている。

こういうのが有るのと無いのとでは、調査効率もやっぱり変わってくるなぁ……私も独学で巨竜半島の地図を書いてたりするけど、その内ちゃんとした製作者に地図の作成を依頼したいところだ。

「それにしても……すみませんね、ヴィルマさん。付き合わせちゃって」

「いえいえ、お構いなく。博士にはいつもお世話になってますし、護衛も私の職務ですから」

後ろを振り返る私に朗らかに応じるのは、護衛として帝都まで同行してきていたヴィルマさんだ。

その両側には二頭のヘキソウウモウリュウ……シグルドとブリュンヒルデが控えるように、ゆっくりと歩いて付いてきている。

今回の調査に当たって、どうしても護衛は必要だったんだけど、先の護衛部隊と同じような轍を踏むわけにはいかない。ドラゴンへの偏見が薄く、泰然とした性格の人が好ましい。

(そういう意味では、ヴィルマさんはフィールドワークの護衛としては優秀なのかも)

この人、最初期からドラゴンと触れ合うことに抵抗とかなかったし、走り屋モードにならない限りは落ち着いた性格だ。今回の調査に、ヴィルマさんほど同行者に適した人材は、そうそう居ないんじゃなかろうか。

「しかし、護衛が私だけで良かったのですか?」

「えぇ。あまり大人数でゾロゾロ歩いてると、ドラゴンだけでなく魔物や猛獣も刺激しますからね」

それに戦力としても、ドラゴンであるシグルドとブリュンヒルデの二頭がいる。主に移動手段として連れてきたんだけど、魔物とかが出てきた時を想定しても過剰戦力だろう。

「それより、足元や木の幹、岩をしっかりと確認しながら歩いてくださいね。重要な手掛かりがあるかもですし」

「了解しました。足跡やマーキング痕を探せばいいんですね?」

野生動物の捜索として、フンや足跡を見つけるのが重要だ。ドラゴンの場合はフンをしないから、移動の形跡である足跡や、縄張りを主張するためのマーキング痕を探す必要があるのである。

(魔力の流れを辿ってパパっと……って出来たらいいんだけどね)

今の魔法技術では、巨竜半島やアインバッハ大森林のように魔力濃度が高い土地では、魔力感知が上手く出来ないのだ。

かなり近い距離まで接近すれば、ドラゴンの魔力を感知することも出来るけど……そこまでは地道に探さないといけない。

(ジークの力を借りるって言う手も、あるにはあるんだけど……)

私は肩に乗っている小さな雷竜をチラッと見る。でも正直、このドラゴンの力を借りるのは最終手段だ。

生態調査である以上、出来る限り自然な状態を観察しないといけない。そうしなかったら、ドラゴンがアインバッハ大森林に棲み付いた原因とか、ここでどのように暮らし、周囲の生態系にどのような影響を与えているのか、それを見逃すことにもなりかねない。

その辺りの事を解明しないと、同じような事例が起こった時への対処が出来なくなっちゃうし。

「……お、これは……」

調査開始から数時間後、私は気になる足跡を発見することが出来た。

鋭い爪が生えた脚で地面を踏みしめて出来たような足跡だ。時間が経過し、外的要因によって半分くらいは潰れてしまっているけど……この足跡、見覚えがある。

私は早速、背負っていた鞄を下ろし、中から羽箒を取り出すと、足跡の周りにある落ち葉などといった余計な物を優しく払い除け、次に定規で慎重に足跡の大きさや深さを計測する。

「それは何をしているんですか?」

「足跡の主の体の大きさや体重をね、ちょっと調べてるんですよ」

調査対象である野生動物がどのくらいの体の大きさで、どのくらい体重があるのか……それは足跡を調べれば、ある程度分かるのだ。

アーケディア学院には、それ専用の計算式を教えてくれた教授も居たから、ここで得た数字的な情報を頼りに、レポート用紙に式を書き込みながら計算して、対象の体の大きさと体重を仮定する。

「これは……思ったよりも小さいな」

成長途中なのか、それとも小型の種なのか、計算の結果、足跡の主はドラゴンの平均と比べれば、相当小さいことが分かった。

それでも、翼や尻尾を除いた状態でライオンくらいの大きさはありそうだけど……。

「博士、こちらを見てください」

「どうしました? 新しい足跡でも見つかりました?」

「いえ、足跡と言えば足跡ではあるのですが……」

珍しく、妙に歯切れの悪いヴィルマさんが指差す場所に視線を向けてみると、そこには確かに足跡があった。

「これは……靴跡?」

ただし、それはあくまでも人間の足跡だけど。

動物のものとは明らかに違う、靴特有の凹みが地面に見られたのだ。

「調査員が頻繁に立ち入り、薬草の確保のために民間の者が訪れると聞きますし、帝国軍が野外演習をこの森で行うこともあるそうなので、人間の靴跡があること自体には驚きませんが……これは……」

「うん……おかしいですね」

私とヴィルマさんは、同じような感想をその靴跡に抱く。

一見すると何の変哲もないその靴跡からは、アインバッハ大森林で見つかるには不自然な情報が詰まっていたのだった。