作品タイトル不明
クラウディアの事情と、心躍る要請
「貴様という奴はっ! 貴様という奴はぁああああああっ!」
「いふぁい、いふぁいでひゅ殿ふぁあああああああああっ!?」
パーティー会場で起こった惨劇の後、皇宮の離宮に戻ってきた私は、ユーステッド殿下に両頬をグイグイ引っ張られていた。
何という理不尽。私は排泄物の話だって一切せず、底意地の悪そうな奴に絡まれても、会話だけで華麗に切り抜けたっていうのに。
「何だ寄生虫の話って!? 貴様アレは完全にパーティー会場で口にするような内容ではなかっただろう!?」
「排泄物の話はしてないから良いじゃないですかっ! 殿下の言いつけ通り、臭くて汚い話は一切してませんよ!? 怒られる謂れはまるでないですっ!」
「ある意味排泄物の話をするより酷かったわっ! 皇族や貴族が公の場で嘔吐するなど、私は初めて見たぞっ!? というか、お前の場合は完全に確信犯だろう!?」
「吐くほどとは思わなかったんですってば! 日頃から政治関連の腹黒いことばっかり考えてそうな連中なのに、胃袋とメンタルがあんなに弱っちいなんて、誰も考えないでしょ!?」
確かに、寄生虫の食事方法を初めて知った時は、私も思わず『ひえっ』ってなった。だからこそ、ああいうシチュエーションで使えるかなって思ったのは事実である。
なにせ貴族っていうのは、排泄物はおろか、便所座り程度で眉を顰めるような生き物だ。寄生虫の話をしたらインパクト大で、すぐに逃げ出すと思っていたんだ。
だというのに、あの連中ときたら逃げるどころか耳を塞ぐこともせずに聞き入ったから、私もついつい話に興が乗っちゃって……。
「大体殿下、寄生バエの話なんて別に珍しい事じゃないでしょ? 特に怪我することが多い軍馬とかを飼育していると、蹄の中とかに寄生されてたってこともあるでしょうし、貴族は馬を飼うのが一般的っていうから、このくらいの話なら大丈夫だと思うじゃないですか」
「確かにそうだが、貴族令嬢からすれば一般的ではないっ! ましてや、パーティー会場で話すなど論外だっ!」
そんなもんかねぇ? 人間だって、栄養摂取の為に牛やブタやニワトリをバラバラに切り刻むのが日常なんだし、蛆虫が人間の肉を溶かして啜るのも、そんな大仰な話じゃないと思うんだけど。
「今回の一件、下手をすれば歴史に残るぞ……。貴様という奴は本当に……排泄物だの寄生虫だの、どうして口から出てくる会話が下品な……」
私の会話内容でも思い出したのか、顔を青くして口元を押さえるユーステッド殿下。
これまで色々教えてきたのに、まだそんなレベルの認識なんて……私は仕方なく、キリッと真剣な表情を浮かべて、世の真理と言うものを殿下に教えてあげることにした。
「殿下、何時までもそんなリアクションなのは 流石にどうかと思いますよ? 排泄することも別の生き物の肉を食うことも、生物として当たり前の事ですし……そりゃあ、人間の観点から見れば寄生虫の食事方法は悍ましく映るでしょうけど、それだって彼らがこの世界で生きるために必死に編み出した生存戦略であって、決して悪行として貶められることでは……」
「何を無駄に凛々しい顔で宣っているんだ貴様は!? 誰もそんな話はしとらんわぁっ!」
自分たちも同じようなことをしているのに、他の生物がやっているのを見るとグロいグロいと騒ぎ立てる。
普段は適応力が高いくせして、こう言うところには忌避感が働く。人間……特に貴族っていうのは、本当に難しくて不器用な生き物だと改めて思い知らされた気分だ。
「そんなにギャーギャー騒がなくたって、十分も経ったら私の話への感想なんてケロッと忘れて、挽肉とか魚のすり身とか食べるようになりますって。ねぇティア様?」
「ご、ごめんなさいお姉様……正直、私も少し危なかったです。虫はあまり得意ではなくて……」
「あれぇっ!?」
「そら見たことか! これに懲りたら貴様の会話内容が如何に品性に欠けるものであるのか、いい加減に自覚をするがいい!」
私が同意を求めてティア様の方を見ると、当の本人は顔を青くしながら口元を押さえている。
むぅ……そんなに酷かったかなぁ? 自覚はしてたつもりだけど、もしかして私って、自分が思っている以上に世間一般からズレてる?
「で、でも創立記念パーティー自体は、何とか中止にならずに済みましたし! アメリアお姉様の発言も、冷静に考えてみればそれほど問題ではありませんし!」
「確かにコイツは生き物の生態について語っていただけで暴言や失言を口にしていたわけでもなく、嘔吐したのも当人たちの都合とも捉えられるが……だからといって、この馬鹿者を甘やかさなくていいっ。ティアーユがそのようにフォローすると、すぐに付け上がるからな」
「そー言いなはら、わたひの頬っぺたひねるの止めへくらはい」
私の頬っぺたの右側だけを抓り上げてくるユーステッド殿下。
体調不良者が出た時のマニュアルみたいなのがあったのか、学院の生徒会の対応っていうのは迅速だった。イグリット侯爵令嬢たちが嘔吐してすぐに、どこからともなく生徒会の下部組織メンバーだっていう生徒たちが現れ、魔法で吐瀉物を処理しながら、吐いた人間を全員素早く医務室へ連れて行ったおかげで、混乱は最小限に留まったのである。
あれは水魔法の応用だったのだろうか? 床にぶちまけられた吐瀉物が纏めて宙に浮かんでギュウっと小さく圧縮されていた。
「来賓向けのワインとかも用意されてましたし、もしかして悪酔いした人対策とかしてたんですかね?」
「……貴族や皇族だからと言って、公の場で必ずしも節度やマナーを守れるという訳ではないからな。事実、アルコール依存症で酒はあるだけ飲んで酔ってしまう者もいれば、酒は苦手なのに人付き合いで無理をして飲み続けてしまう者も、稀にいる」
頭が痛いとばかりに額を押さえて溜息を吐くユーステッド殿下。
なーんだ、私がどうこうしなくたって、やらかす人はやらかすんじゃん。運営メンバーのあの対応力は、将来そうした事態に直面した時における予行練習も兼ねてたって感じか。
「だからといって、貴様の寄生虫発言も問題だという事も忘れてくれるなよ……っ!」
「ダンスの予行練習も結局は出来ませんでしたしね……」
「あの後運営メンバーに事情聴取だって連行されましたからねー。まぁ最終的にはお咎めなしって事になりましたし、結果オーライってことで」
「自分で言うな、自分で!」
そうなのである。私は悪くないってことは、学園側からのお墨付きだったりするのだ。
最初は、魔法だの暴力暴言だのが絡んでたんじゃないかって疑われたりもしたんだけど、事情聴取で素直に『寄生虫の話をしてただけです』って答えたら、向こうも想定していないパターンだったのか、やたらと頭を抱えてたりしてたんだけど、最終的にはお咎めなし判定を勝ち取ったわけである。
そりゃそうだ。私は生物学的な事実を話していただけで、暴力や暴言を浴びせた訳じゃないんだから。
「ただ、同じ上流階級の人間として嘆かわしい者が一定数存在するのは、認めざるを得ない。今回のパーティー会場で、同じく問題を起こそうとしていたジルニールのようにな」
「ジルニール殿下? あの人がどうかしたんですか?」
「あ、お姉様が話すのに夢中で気付かれなかったんですね……実はあの時、ジルニールお兄様は、クラウディア様と婚約破棄をなさろうとしていたようなのです」
「そうなんですか?」
まぁ何となく納得だ。あの様子から見るに、ジルニール殿下ってアリステッド公爵令嬢の事が嫌いみたいだし。
「あれ? でもそういう貴族の結婚話って、何らかの目的があってのものじゃないんですか?」
「そうだな。ジルニールは元々、階級が下の人間を露骨に見下す傾向があった。そう言う意味では、どの公爵令嬢が婚約者になっても関係に不和をもたらしていた可能性はあるが……クラウディア嬢の場合、尚更そうなのだろう」
嘆かわしいとばかりに嘆息するユーステッド殿下。その言葉を聞いて、私は何となくピンときた。
「もしかして、アリステッド公爵令嬢ってマジで平民出身だったりします? 見た目や仕草がやたらと芋臭いって思ってましたけど」
「その通りです。彼女は昔、市井に降りたアリステッド公爵家の遠縁に当たる人物です」
……やっぱりそうか。貴族の娘というよりも、私みたいな平民に近い感じがしてはいたけど。正妃様やティア様みたいに、高貴って感じはしないし。
「詳細は省くが、アリステッド公爵家は第三皇子派閥の安定のために、ジルニールの婚約者を輩出する必要に迫られていてな。しかしアリステッド公爵家には息子はいても、娘には恵まれなかった。これまでの政略結婚で他家に血縁者もいるが、第三皇子派の味方をしたがる家も無かったのだ」
「それって、第一皇子派の勢力が強いから?」
私からの質問に、殿下とティア様が同時に頷く。
後々、レオンハルト殿下が皇帝になったら、第三皇子派に味方した貴族が冷遇される可能性がある。そしてジルニール殿下が皇帝になった場合は第一皇子派が冷遇される。そのリスクを考慮すれば、どちらにも味方したくないって奴も出てくるか。
「苦渋の決断の末、最終的に目を付けられたのが、公爵の遠縁に当たるクラウディア嬢だ。第一皇子派の調査によると、彼女は去年まで市井で暮らしていたようだが、この一年間で最低限の教育を詰め込まれ、ジルニールの婚約者に収まったが……遠縁とはいえ平民を皇子の婚約者とする上で、実はもう一つ理由があった。それはクラウディア嬢の、卓越した事務処理能力だ」
事務仕事と聞くと、セドリック閣下やユーステッド殿下が、辺境伯邸で毎日のように向き合っていた書類の山を思い出す。
確かに政治関係の仕事をしてる人って、そういう仕事を良くしているイメージがあるけど、それをアリステッド公爵令嬢がしてるってこと?
「皇族にとって、書類仕事は極めて重要ではあるが、同時に最も時間が掛かって地道な作業でもある。ジルニールはそうした仕事を極端に厭う傾向にあってな、これは皇帝の地位を狙う上で重大なハンデだった。その仕事を肩代わりし、ハンデを埋めるためにクラウディア嬢があてがわれたと考えられる。彼女は元々、読み書き計算が得意で、年若いながらに帝都の魔道具店で帳簿付けを任されていたらしいからな。そして第三皇子派の元で才能を開花させ、彼女はジルニールやその側近たちが本来行うべき膨大な量の事務仕事を、一人でこなすようにまでなった」
なるほど、自分の嫌がる面倒な仕事を代わりにやらせるための、都合の良い婚約者が欲しかったってことか。
「でもそれは、ジルニール殿下の本意じゃなかったってことですか?」
「あぁ。先ほども言ったが、ジルニールは臣民を明確に下であると認識している。貴族ですらない元平民の少女が、自分の婚約者となるのが我慢ならんのだろう」
「そのような状況に置かれてもクラウディア様が第三皇子派に従っているのは、何らかの理由があるようですが……それについては調査中です。少なくとも、彼女本人の意思によって第三皇子派に属しているのは確かなようですが……」
前に一度、私を無理矢理教会に所属させようとした司祭を、ユーステッド殿下が法律を盾に追い返したことがある。
帝国ではよほどの事でもない限り、平民の就職先を強制するのは違法行為。貴族の養子になるのも強要は出来ない。だからもし、アリステッド公爵令嬢自身が無理矢理第三皇子派にされて、ジルニール殿下に冷遇されている状況から抜け出したいと考えているのなら、第一皇子派や中立機関を頼って平民に戻ることだってできたはずだ。
しかしそれをしないって事は、少なくとも当人なりの理由があって、横柄な第三皇子派に従ってるって事だろう。
「……もっとも、やり方さえ拘らなければの話ではあるがな」
ポツリと呟いたユーステッド殿下に、ティア様は神妙な表情を浮かべ、私は『そりゃそうだろうな』って、平然と思った。
生き物は、いざっていう時は幾らでも冷酷になれる。情も何もない、平民と見下している相手から選択の自由を奪うような手段だって、平然と取ることもあるだろう。
「戻ってきていたか、其方たち」
そんな時、レオンハルト殿下が私たちの元に現れた。
夜も遅いし、今日の政務も終わったのだろうか。普段から引き連れている側近たちも今はおらず、護衛の兵士だけが後ろに黙って控えている。
「兄上、お勤めご苦労様です。本日は……創立記念パーティーで醜態を晒す真似を許してしまい、申し開きの余地もなく……」
「構わぬ。私も当時の状況は聞いた。確かにアメリアの話題選びは完全に間違えていたが、自ら失態を犯す前にその場を後にしなかった者たちの責任でもある。その辺りのコントロールも、上流階級の人間が自ら行うべきことなのだからな」
『失態を犯した方の自業自得である! ワッハハハハっ!』と、豪快に笑うレオンハルト殿下。
話の分かる人で助かる。これ以上この話題を頬と一緒に引っ張られたら、私の顔の肉が伸びちゃうし。
「それよりも、アメリア。其方に新たな仕事を任せたい」
「えぇ……? 今度は何ですか?」
また面倒ごとだったらどうしよう? また講演会だとかパーティーとかだったら嫌なんだけど。
そんな気持ちが思わず表情に出ていると、レオンハルト殿下はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「ぬふふふふ。今回は其方が興味を持ちそうな仕事だ。なにせ、ドラゴンが関わっているやもしれんのだからな」
「そいつを先に言ってくださいよ! 一体どんなドラゴンがどういう経緯で!? ねぇねぇねぇねぇっ!」
「コラ貴様! 兄上のお体を揺さぶるとは何事だっ!?」
「わはははははははっ! この欲しがりめっ! 少し落ち着くがよいぞ!」
ドラゴンが関わってきている……そんな話を聞いて黙っていられる私じゃない。興奮し切った私は、ユーステッド殿下に止められるのも聞かずに、豪快に笑い続けるレオンハルト殿下の服を掴んで前後に揺さぶり、話の続きを促す。
「と言っても、本当にドラゴンが関わっているのかは、現段階では不明だ。可能性としてはあり得るのではないかと、我々が素人目線で考えているだけだが……」
「それでもいいから早く早く! そんなもん、調べて見れば分かることですから!」
「うむ、実に心強い返事だ。ではアルバラン帝国第一皇子として、研究者アメリア・ハーウッドに要請する!」
ニヤリと歯を剥き出しにしながら笑い、レオンハルト殿下は片手を広げて高らかに命じた。
「真夏に氷霧を引き起こし、人や魔物、動物を凍てつかせる謎の生命体、《アインバッハの怪物》の正体を暴きだせ!」