軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

元平民な令嬢の事情の違和感

政治的な立場から見れば、私とアリステッド公爵令嬢は政敵同士と言っても過言ではなかった。

私は第一皇子派の援助を受けて研究している立場だし、向こうは第三皇子の婚約者。私自身が政争に巻き込まれたくないっていう気持ちが強く、面倒ごとはユーステッド殿下あたりを盾にしてやり過ごす気満々だったから、関わるつもりもなかったのである。

そもそも興味自体無かったしね。話の流れで話題にすることはあっても、関わると面倒な相手だって事もあったから。

「もう無理ぃいいいいいいいい……! 平民に……平民に戻りだいよぉおおおおおおおおおおっ!」

「あー、はいはい。いい加減泣き止みましょうよ」

そんなアリステッド公爵令嬢を、何故私が慰めることになったのだろう……?

綺麗に刈られた芝生が広がる、季節の花々が咲き誇る名門校アーケディア学院の中庭。私の発した何気ない言葉が琴線にでも触れたのか、涙と鼻水を大量に流しながら地面に蹲る公爵家のお嬢様の背中を、平民である私が擦っている。

言葉にしてみると、意味が分からない状況だ。それでも放っておけなくなって、話を聞いてみることにしたんだけど……。

「つまり何ですか? 平民から貴族になって以降、ずっとあんな感じで貴族連中に絡まれてると? 反論したくても平民根性が抜けなくて、まともに口が利けないってことですか?」

「は……はい゛……ぐずっ」

鼻声になりながらも、アリステッド公爵令嬢は私の言葉に何とか頷く。

どうやら私が懸念していた通りと言うか、貴族にビビッて絡まれてもガタガタ震えるしかできなかったらしい。

怖いという感情は理屈では測れない本能的なものだ。名義上は公爵家に連なる人間になったと言っても、生まれて十五年以上も平民として生きてきた人間が、いきなり侯爵家とか伯爵家とか子爵家とかの人間に歯向かえるようになる訳じゃない。

「公爵令嬢になったんだから毅然としろって言われても無茶だよぉおおおおお……! 怖いものは怖いしぃ……ただでさえ何時平民に戻されるか分からないのに、逆らったら後でどんな目に遭うか……!」

それに目の前でメソメソ泣いている人は、そこまで豪胆な気質ではないようだ。今後の不安とかを考えて、自分からアクションを起こせずに現状の打破が出来ない、どこにでもいる極々普通の小心者って感じである。

「公爵令嬢らしく毎日毎日あれしろこうしろって怒られて……学院に来たら来たで貴族の人たちに苛められるし……平民の生徒はすっごい私の事を避けていくしぃ……っ!」

「まぁ、平民から公爵令嬢になったってなったら、そうなりますよね」

新参者や余所者が自分たちのコミュニティの中に突然現れ、そいつが自分たちよりも偉いなんて言われたら、面白くないって考えるのは普通だと思う。

平民にしたって、元は自分たちと同じ立ち位置だった相手が、自分たちの手の届かないような地位に成り上がったら、接し方や反応に困って当然だ。中にはアリステッド公爵令嬢の事を妬ましく思う奴も、アリステッド公爵令嬢にイチャモン付ける貴族に自分まで目を付けられたくないって奴も居るだろうし。

君子危うきに近寄らず……理性が強い種族である人間はリスク回避能力に長けている。ヒエラルキーが低い奴ほど、自分の立場を悪くしないように必死になるものだ。

「ジルニール様もジルニール様で、私は仕事をこなしてるだけなのに、毎日すっごい怒ってくるし! 『平民女のくせに賢いつもりか』とか、『この程度の仕事をこなしたくらいで僕より優秀になったと思っているのか』とか! こないだなんて殴られそうにまでなったし! こっちは言われた通りにやっただけなのに、なんでこんなに怒られなきゃいけないのぉおおおおお……! ぶぇええええええええええええっ!」

「あー、それは私でもどうかと思いますね」

何となく察しは付いていたけど、やっぱりジルニール殿下との関係も最悪らしい。

言われた仕事をしただけで怒ったり殴ったりとか、上下関係とかにそこまで拘らない私でも、そんなに理不尽には振舞えないなぁ。

「もうこんな生活嫌……貴族の人には馬鹿にされて苛められるし、平民の人には遠巻きにされるし、婚約者は超絶癇癪持ちのパワハラ男だし…………平民に戻りたい」

「…………」

駄目だこりゃ……最後のセリフからは、完全に追い詰められている人間特有の哀愁を感じる。

「その様子だと、貴族の養子になっても全然良いことなかったって感じですか? 生活レベルくらいは上がったと思いますけど」

「むしろ下がった……ご飯は基本的に残飯だし、公爵家の使用人も手助けとか全然してくれないから掃除は自力でやらなきゃだし。そのくせ課題だけは大量に出されるから時間の余裕も全然ないし……家の見栄だけの為に服装だけは立派にされるけど、全然釣り合ってないって言うか……」

「なるほど……そりゃ限界の一つや二つ、訪れますよね」

私がまだエルメニア王国のリーヴス伯爵家で暮らしていた頃、教育係からこんな風に教えられたことがある。

貴族は民の血税に支えられて贅沢な生活をしている。だから貴族は民の生活を支えるために、将来働かなきゃいけないと。

ただ私はそこまで殊勝にはなれなかった。やりたいことがあるのに、それを我慢して別の仕事をするほど、私は利口じゃない。

(その結果、巨竜半島に定住までしていた私は、国民の為に毎日必死に働いてるユーステッド殿下に質問したことがあったなぁ)

内容はズバリ、『そんな面倒臭そうな仕事してて大変じゃないですか?』……だ。

今の私の目には、何万何億もの人間の生活に直結し、複雑化された政務って仕事がひたすら面倒くさそうに見えた。それを文句の一つも言わずに黙々とこなす殿下の姿を見て、率直に疑問に思ったんだけど、ユーステッド殿下は心の底から何ともなさそうに答えた。

――――確かに煩雑な仕事は多くある。しかし面倒であっても、人間が生きる為に必要な事だ。

――――それにこんな私にでも、良くしてくれた方々や応援してくれた人々がいる。

――――そんな彼らと私が暮らす国を守るための仕事だ。私が熟すことに否やはない。

――――打算的ではあるが、私も一人の人間なのでな。使命感だけでは国政には携われんのだ。

ユーステッド殿下は、この国には自分の大切な人たちが多く暮らしていると、そう言っていた。そんな人たちと共に生きる未来を守るために、第一皇子派の方針に従い、将来は辺境伯になることを決めたのだと。

なんて事は無い。国を……ではなく、セドリック閣下やティア様、レオンハルト殿下や正妃様、ウォークライ領に生きる人たちの事を好きになっちゃったからってだけだ。

(あの生真面目なユーステッド殿下ですら、自分なりの欲の為に動いている。決して無私の精神で帝国に奉仕してるわけじゃない)

気に入った相手と生きていきたい。それはドラゴンという種に魅せられた私にも通じる精神だ。

多分それは、ティア様とかセドリック閣下も同じなんだと思う。ただ皇族に生まれたからってだけで、国の為に働いているんじゃない。自分なりの欲を見つけて、無理のない範囲で妥協しながら、皇族として生きている。

(それを見い出せないまま貴族になるっていうのは、さぞ苦痛だろうなぁ)

上流階級とは、生まれながらの義務で国や民のために働く人間の事。だから身分階級の上位に君臨していられる。

そんな人間でも、平民から距離を置かれ、貴族からは蔑ろにされ、唯一味方になるべき婚約者からはアホほど嫌われているとなれば、義務とか役目へのモチベなんて上がるはずがない。

なまじ、平民として義務が少なく自由な立場で生きてきたことも含めれば、貴族生活なんて嫌になって当然だろう。

「そんな人生で楽しいですか? むしろ辛くない?」

「正直……楽しい事とか全然ないし、辛いです……平民の時は、貧しいなりに良い事もあったから、余計に……」

「そんなに嫌なら、貴族なんて辞めちゃえばいいのに……ていうか、どうして養子になんてなっちゃったんですか?」

この様子を見る限りだと、貴族の養子になったこと自体が不本意だったんだろう。

権力欲や上昇志向が強いわけでもなさそうだし、幾らアリステッド公爵家に力があるとしても、法律破りなんてリスキーな真似を平民一人の為だけにするとは、私には考えられない。

疑問に首を傾げていると、アリステッド公爵令嬢は凄く言い難そうに眼を泳がせ、口をモゴモゴさせ始めた。

「それがその…………実は、借金があって」

「借金? その歳で?」

「違う違うっ! 私のじゃないです! 私のお父ちゃん……実父の借金です!」

あぁ、なるほど。そういう事か。

「ウチのお父ちゃん、昔からギャンカスで酒カスな低収入っていう三重苦が揃ってて、実家は何時も貧乏だったんです。お母ちゃんも愛想尽かして私が小さい頃に出ていっちゃってて……私が大きくなった後は、帝都にある魔道具店の店長さんがバイトに雇ってくれてたおかげで、ある程度は安定して暮らしていけるようになったし、お金貯めて一人暮らしでも始めようと思ってたんですけど……その矢先に、お父ちゃんに多額の借金があることが発覚したんです」

「あららー」

どうやらアリステッド公爵令嬢の実父は、酒カスとギャンカスが高じすぎて一線を越えてしまっていて、借金を作っていたらしい。

「思い出したら腹が立ってきた……! お父ちゃんのアホぉおおーっ! 薄給のくせに返せもしない額を借りてくるなぁあーっ!」

「あー、はいはい。とりあえず落ち着いてください」

ここまで話を聞くと、この人の事情と言うものがある程度わかってきた。ようは金銭トラブルが関わっているらしい。

お金はとても大事だ。それの貸し借りがどんな厄介ごとを引き込むかは想像に難くない。

「それでも取り立てが押しかけてこないレベルでこまめに返済をしていたようだったんですけど……私を養子にしてジルニール様の婚約者に据えようとした公爵家が、お父ちゃんの借金の債権をお金貸しから買い取ったんです。それから『もう返済は待てない、今すぐ払え』って、家に怖い人が押しかけてくるようになって……『払えないなら稼げる職場を紹介する』って、私とお父ちゃんは別々のところに連れて行かれたんです」

すげぇ。ドラマに出てくるヤクザみたいなやり口だ。前世の病院の談話室に置かれてるテレビで、そんな感じの番組が流れてるのを見たことがある。

「で、借金返済の為にジルニール殿下の婚約者として、殿下が本来やるべき事務仕事を肩代わりして、周りからボロカスに扱われていると? 親が勝手に作った借金なんだから無視すればよかったのに」

「そうなんですけど……実はお父ちゃん、借りてきたお金の殆どはお酒とギャンブルで溶かしてたんですけど、私の養育費にも使ってたみたいで……なのに知らぬ存ぜぬっていうのは、あまりに筋が通らないというか……」

「……そりゃ難儀な気質してますね」

でも話してみて分かった。アリステッド公爵家の思惑はともかく、この人本人には帝国で巻き起こっている政争に介入して、上手いこと利益を得ようなんて言う魂胆はない。

というか、こんな気質じゃ海千山千の政治家連中の間に割り込めないでしょ。気弱な割には義理堅すぎるし、絶対政争には向いてないよ。

そうした一般的には善良な部類の性格と、父親の借金が災いして、書類仕事が大嫌いな第三皇子の尻拭いをする為だけの婚約者、公爵家に利益をもたらす為だけの養子になったって訳か。

「でも……ありがとうございました。今まで愚痴とか言える人が居なくて、鬱憤溜まってたんですけど、おかげでスッキリしました」

「別に。私がしたことなんて、話を聞いたってだけですから。貴女の現状を改善する事とか、私には出来ませんし」

要するに、この人とアリステッド公爵家……第三皇子派を繋ぐものは借金だ。それさえ返済してしまえば平民には戻れるんだろう。

しかし、お金関係の事で私がしてやれることなんて何一つ存在しない。私に当てられた支援金はあくまでもドラゴン研究のためのもので、それ以外の用途で使っていいものじゃないし、私個人が好きに使ってもいい給料っていうのも隔月で支払われているけど、それだって全部研究費にぶっ込んでいるから、基本的に私は無一文なのである。

「それでもですよ。今日までこんなに真摯に悩みを聞いてくれる相手なんて居ませんでしたし……人に話を聞いてもらえるのって、やっぱり違いますから。借金のことは、あくまで私の事情ですし……何とか頑張ってみます」

そう言って、ヘニャリと笑って見せるアリステッド公爵令嬢。それは貴族のお嬢様として必死に取り繕ったものではなく、平民として生まれた彼女本来の表情に見えた。

「あ、そろそろお昼休みも終わっちゃう……! それじゃあ、今日は話を聞いてくれてありがとうございましたっ!」

最後に頭を下げながら言い残し、背中を見せて小走りで去っていくアリステッド公爵令嬢。

その背中を見送っていると、彼女の靴から小さな物体が飛び出してくるのが見えた。

「……? 何今の……石?」

私はアリステッド公爵令嬢が立ち去って行った後、その物体の事が気になって、両手両膝を芝生に付けながら探してみると、白い紙に黒いインクを落としたみたいに、青々とした芝生に沈み込むことも無いくらいに軽い、灰色の目立つ物体がすぐに見つかった。

「これは、ドングリの 殻斗(かくと) ……?」

ドングリなどのブナ科の植物の種子に付いている、実を枝に固定して外部からの刺激から守る為の、まるで帽子みたいな形をしたカップ状の器官だ。

そんな殻斗が付いているドングリは、リスなどの小動物や、大型の雑食動物にとっても非常に重要な栄養源で、ブナ科の樹木がある場所なら、どこにでも落ちているようなものだけど……。

(帝都にドングリの木……?)

多分この殻斗は、アリステッド公爵令嬢が履いていたローファーの靴紐に絡まっていたんだろうけど……中庭を見渡してみると、生えている木はどれもブナ科ではない。

(それにあの泥土が付いたローファーは、一体どこで……?)

これらの情報が意図するもの……それが気になった私は、一度Uターンし、植物研究をしている学院教授に話を聞いてから、アインバッハ大森林の調査を再開するのだった。