軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話  服飾店のラルチ

傷の入った木製テーブルの補修依頼をするため、チトセはカウンターで書き物をしていた。

「お嬢よ、書き損じておる」

「え? あ、本当だ」

ティ・キーが指さす文字を見て、チトセは肩を落とす。ほぼ完成まで書いていただけに、ここで書き直しは気が滅入る。

気付かないよりはよかったはずだと割り切って新しい紙を用意した時、店の扉が開いた。

「いらしゃいませ」

チトセは挨拶をしながら入店してきた客を見る。

流行外れの長髪を雑にまとめた若い男が低姿勢で入り口をくぐる。細身で猫背、頼りない雰囲気ながら顔立ちは整っており、赤く着色された革手袋を着けていた。

顔見知りだ。 近所に住む服飾店の店主ラルチである。

ラルチはきょろきょろと店内を見回した後、チトセを見た。

「チトセちゃん、アシエラさんを呼んでくれる?」

「分かりました。シャンジ、お願い」

「へいへい」

チトセが頼むと、書き損じの紙を破いていたシャンジはふわりと飛び立つ。そのまま居住スペースへ飛んで行ってアシエラを呼んできた。

夕食の支度をしていたアシエラは手を拭きながら店に出てくる。

「日のあるうちにラルチさんが出歩くなんて珍しいね。どうかした?」

「僕ってそんな印象です?」

困ったような顔で頭を掻いて、ラルチは用件を告げる。

「いろいろなイベントが中止になったでしょう? ダブついた商品なんかが帝都に流れてくるんじゃないかって話が出て、倉庫を持ってるアシエラさんに兆候がないかを聞きに来たんですよ」

宿り木の庭にはさほど関係ない話だが、ラルチのように日用品や雑貨を扱う商人は商品の供給過剰での値下がりを警戒しているようだ。

「いまのところその手の話は聞かないね。チトセちゃんは実際に倉庫を見てどう思った?」

アシエラに話を振られて、チトセは船着き場を思い出す。イベントが中止になったことで搬送済みだったアンティークを倉庫に戻すために昨日も足を運んだばかりだ。

船の出入りは多かった。いまもあまり変わらなかったはずだが、積荷は食料品が主なのを思い出す。

「兆候はないと思うよ。人足親方に聞いてみれば確実だけど」

「僕みたいなひょろいのが行くと邪険にされるんだよ……」

ラルチは猫背を丸めて怯えたような顔をする。聞きに行って門前払いされたらしい。

聞きたいことは聞けたからと、ラルチは礼を言って背を向けた。

「それじゃあ、会合の方に伝えてくるよ。あ、チトセちゃんのスカートは刺繍も入れたから、明日には持ってくるね?」

「ありがとうございます」

ぺこぺこしながら店を出ていくラルチの背中は頼りないが、裁縫の腕は確かだ。見た目と態度で損をしている人だなと思いながら、チトセは手を振って見送った。

チトセはペンを取り、書き直しの手紙に向き直る。日が落ちる前に書き上げないといけない。

すると、チトセの横でアシエラが別の紙を用意していた。ちらりと見てみると丸めて緩衝材としても使用する低級紙に何かを書いている。

チトセが補修依頼を書き終えるのとアシエラが低級紙を折りたたむのはほぼ同時だった。

「チトセちゃん、その補修依頼を出しに行くついでに船着き場へ行ってもらえるかな」

「いいけど、手紙?」

封筒にも入れずに折りたたんだ低級紙を渡されて、チトセは首を傾げる。

「両替商のハッテに渡して」

「ハッテさんだね。なら早めに行かないと」

両替商のハッテとは何度か話したことがある。いまだに流通する旧サウベリア王国の貨幣などを帝国貨幣に両替する他、金貸しなども行う恰幅のいい女性だ。

商売柄、まとまったお金や貴金属を持っているため強盗などの被害に遭いやすい両替商は仕事を早仕舞いする傾向がある。日が落ちる前でなければ捕まらない。

チトセはエティたち孵化精霊に声をかける。

「エティ、シャンジ、一緒に行こう」

「もちろん」

「帰る頃には暗くなってるだろうし、護衛は必要だよな」

宿り精霊たちの遊び相手をしているティ・キーにはあえて声を掛けず、チトセは立ち上がる。

アシエラが近くにいた精霊に店番を任せて居住スペースに入った。

「夕食は川魚のムニエルとカブのスープだよ」

「カブってあの甘いカブ?」

「そう。安く売ってもらえたんだ」

「やったね」

チトセは喜びつつ店を出る。

通りをいつもより早足で歩き始めるチトセの肩にシャンジが降り立った。

「チトセは野菜が好きだよな。お前くらいの年頃だと肉だ肉だって言うもんなのに」

「裏町で育つとクズ肉のイメージが強いんだよ。お腹を壊すし。それに、鮮度がいい野菜はみずみずしくて美味しい」

三年間の表での生活で多少は慣れてきたが、それでも肉や魚を見ると警戒してしまう。

エティやシャンジと小声で会話しながら陽の傾きに急かされるように脚をさらに早める。

大通りに出てもなお、店の前同様に人の気配が少なかった。

予想していたこととはいえ、それでも想像より人通りが少ない。怪訝に思って周囲を確認した矢先、二頭立ての立派な馬車が事故を起こしかねない速度で走り抜けていった。

馬車に押しのけられた空気でふわりと舞い上がった前髪を直し、チトセは遠ざかる馬車を見る。

「何かと思えば、辺境伯の馬車か」

馬車に掲げられた紋章を見て、アシエラから教わった知識から馬車の主を特定する。

征伐派に属する辺境伯の馬車だ。

大通りに人が少ないのはあの馬車のように周囲に配慮がない貴族に巻き込まれないよう避けているからだろう。

政治闘争なんて雲の上でだけやっていてほしい。

チトセはため息をつき、安全を確認してから大通りを横切った。