作品タイトル不明
プロローグ
「バヤマさん! それは見た目より重いから一人で運ばないで! マルトナさんに手伝いを頼んで一緒に運んで!」
チトセは帝都の川沿いにある宿り木の庭の倉庫前で人足たちに指示を飛ばしていた。
チトセが宿り木の庭で働くようになって早三年。十三歳になったチトセはすっかり店の看板娘として帝都の人々に認識されていた。
年齢不詳の高貴な雰囲気のエルフが営むアンティークショップとして敷居が高いと思われていた宿り木の庭も子供のチトセが店にいると聞いて覗きに来る客が増えた。おかげで徐々に売り上げが伸びている。
元々アシエラが持っているこの倉庫からの品出しも頻度が増えていた。遠方への発送前に保管する場所としても使うため、現場に指示出しに来るチトセは人足たちにも知られている。
荷運びで鍛え上げられた筋骨隆々の男たち。それも喧嘩も日常茶飯事の現場で働く人足たちはいかつい強面が多い。
帝都の表町に住む年頃の女の子なら怯えるのが当たり前の強面男たちに対し、裏町育ちでマフィアの親分からの修理依頼まで受けていたチトセは一切怯えない。それどころか、荷を乱暴に扱おうものなら容赦なく膝裏を蹴り飛ばして座らせ、説教までする。
気合の入った女の子が来たと、人足たちからの評判は上々。気の強い妹のような扱いをされていた。
「――お疲れ様でした! 解散!」
「うっす!」
背筋をピンと伸ばして整列した男たちが小柄な少女に一斉に頭を下げる光景に、河を遡上してきた荷運び船の船員が怪訝な顔をしている。
チトセは数枚の紙を持って人足親方ドーマールのもとへ向かう。
ドーマールは感心した様子で顎を撫で、チトセを見ていた。
「チトセちゃん、ウチで働かない?」
「嫌です。これ、確認書類です。いつも仕事が早くて助かってます」
チトセは即座に断りながら、人足の人数や怪我の有無などが記載された確認書類をドーマールに渡す。
ドーマールが肩をすくめた。
「仕事が早いのは、ウチの連中がチトセちゃんの指揮だとやる気を出すからなんだけどね。なにしろ、この現場だとまず間違いなく怪我をしないから」
事前にアシエラが運びやすさなどを基準に色がついた帯を付けるなどして荷物を仕分けている他、チトセが連れてくる孵化精霊たちが人足を助けて怪我を予防する。人足が足を滑らせたりバランスを崩しても、孵化精霊が助けるので宿り木の庭の現場では怪我の発生率が極端に低いのだ。
精霊の加護がある現場。精霊現場などと呼ばれているため、参加したい人足が多く競争率も高い。必然的に経験豊富な人足が集まるため事故率も仕事の速さも他の現場と比較にならない。
親方は書類に目を通し、頷いてサインを入れる。
「はいよ。いつも通り、ギルドに持って行ってくれ」
「今日もありがとうございました」
「こちらこそ、まいどどうも」
書類を受け取って頭を下げるチトセに、ドーマールも頭を下げる。
ドーマールは頭を上げると、扉が閉められた倉庫を見る。
「それにしても、最近はやけに仕事が多くないか? 若いもんは喜んでいるが、俺らの世代だと戦争を思い出しちまうよ」
年始から半年ほど、河だけでなく陸でも人足が大忙しだ。帝国内の流通が活発化しているのを親方は肌で感じているのだろう。
チトセも倉庫に来る頻度が明らかに増えている。
ただ、戦時の物資輸送とは異なる忙しさなのはドーマールも分かっている。
「また皇太子案件か?」
「そうだよ」
一年前から、皇太子とその妻が積極的な文化奨励を表明した。
これにより、ディッセラ帝国本土だけでなく、侵略ないしは併合した辺境地でも様々な文化的イベントが催されるようになっている。
工芸品の展示会、職人の交流会、文化財の共同研究などなど、イベントは対象もテーマも様々で半年ごとにどこかでイベントが開催されている。
そんなイベントの中にはアンティークの展示、販売会などもある。宿り木の庭が参加しているのはこのイベントだ。
ドーマールは新しい荷運び船が入ってきたのを見てチトセに背を向ける。
「まぁ、先代も今代も対外戦争ばかりだったからな。皇太子なりに帝国民全体の帰属意識みたいなのを醸成したいんだろうが……」
言葉を濁して去っていくドーマールの背中を見送り、チトセはため息をつく。
イベントの現場を知るチトセはドーマールの気持ちがよく分かる。
チトセの肩に座っているエティが呆れた声で言う。
「喧嘩して、歩み寄ったら仲直り……なんてできるほど、人間は単純じゃないもんな」
「そうだね」
白光螺鈿の短剣を狙ってきた旧サウベリア王国民など、独立の機運や帝国への反発心はいまだに根強く残っている。
皇太子は各地の文化をディッセラ帝国の文化と融合させていくことで文化的な断絶を取り除き、支配地域の住民にディッセラ帝国民としての意識を作ろうと考えている節がある。
だが、ちょっとやそっとのイベントで支配地域の住民が帝国に帰順するわけがない。押しつけがましいと反発を招くだけだ。
まして、チトセはイベント現場を見て理解している。
「やらない方がマシなくらいだけど、現場を見ないと分からないのかもね」
侵略されたとはいえ、帝国に帰順したわけではないと考える支配地域の住人は当初このイベントに好意的だった。
文化的な齟齬の大きさを客観的に示すことで、帝国とは独自の文化圏であると証明し、イベントに参加した帝国民にさえ独立を認めさせることができると考えたからだ。
そうした思惑で支配地域の住人が意気揚々と持ち込んだ技術の粋を凝らした文化的な芸術品、調度品がどうなったかというと――ディッセラ帝国貴族が買い叩いた。
なかなかお目にかかれない優れた品が表舞台に姿を現したのをこれ幸いに、戦禍に喘ぐ支配地域の住人の心情を無視して買い叩いたのだ。
支配地域の住人からの反発はもちろん激しいものになった。略奪と変わらないと、公然と批判する者もいる。
一方、ディッセラ帝国民からの評判はどうかというと、こちらも悪化の一途をたどっている。
皇太子が公式に推奨していることからも分かる通り、イベントの開催には帝国から補助金が出ている。
その補助金を目当てに各地の貴族や商人が粗末なイベントを開催して、余った補助金を手元に隠した。
補助金の横領は誰の目からも明らかで、帝国民からの反発は日増しに強くなっている。
「本当に問題だらけ」
呟いて、チトセは宿り木の庭への帰路に着く。
シャンジやティ・キーなど、孵化精霊たちがチトセの周りに集まってきた。
皇太子発案のイベントは問題だらけ。だが、当の皇太子が問題に気付くのも時間の問題だ。現場視察や補助金の行方を追えば解消できる問題ばかりなのだから。
旧サウベリア王国民のオーミーという友人がいるチトセだからこそ思う。適切な距離感を保ち、徐々に交流を深めれば、良き隣人から友人になることもある。
「面倒くさい私が言うことでもないけど」
家族同然に暮らすアシエラが、今日の夕食に何を作っているだろうかと想像すると、チトセの歩幅は少し広くなった。
――皇太子が病により急死したのはその日の夜だった。