軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

頬を撫でる初夏の風を感じながら、チトセは下町へまっすぐ歩きだす。

護衛を任されたシャンジとティ・キーがチトセの思考を邪魔しないように後ろからついてきた。エティだけがチトセの肩に乗っている。

「どこを目指してるんだ?」

「共同墓地」

エティの質問にチトセは端的に答えた。

帝都の共同墓地は教会が管理している。裏町の住人は大体の場合、墓を用意できないので共同墓地に埋葬される。

チトセの育ての親、デポッサも例外ではなく共同墓地に埋葬されている。

下町の大通りをしばらく進むと教会が見えてきた。表町との境に建つには立派すぎる建物で、白い壁面が日の光に照らされて清潔感のある反射光を通りに注いでいる。

共同墓地は教会から少し離れたところにあるため、チトセは教会前を素通りしてさらに歩く。

「……人はいないね」

共同墓地に埋葬されているのは訳ありばかりだ。身元不明、犯罪者、裏町の住人。少数の身寄りのない者も埋葬されているが、お参りに来る親族がいない点は共通している。

今日も今日とて共同墓地に人の気配はない。

チトセは敷地に入り、慰霊碑に向かう。

「エティ、誰か来ないか見張ってて」

「はーい」

エティがチトセの頭上に飛び、周囲を警戒し始める。

慰霊碑の前に立ち、チトセは語りかけた。

「お義父さんさ、私が拾ってきた絵本を読むとき、王子って単語が出ると渋い顔をしてたね。ようやく意味が分かったよ」

とんでもない秘密を残して逝きやがって、と慰霊碑を蹴り飛ばしたい気分だ。だが、慰霊碑にはほかの埋葬者もいるので我慢する。

「裏町の人間にしては教養があり過ぎるし、おかしいとは思ってたよ? でも、亡国の王子って、それは想像がつかないよ。破産した有力商人か何かだと思ってた」

いま思い返しても、王子の暮らしぶりとは到底思えなかった。よくあの生活環境で満足できたものだと感心すらしてしまう。

まぁ、変に綺麗好きだったところには納得がいく。

ため息をついて、チトセは慰霊碑を見つめる。

裏町の方角から埃っぽい風が吹いた。

死の間際、泣くこともなくベッド横の椅子に座っていたチトセにデポッサは短剣の隠し場所を教えた。

それまで、チトセでさえ見たことがなかった短剣の来歴も言わず、デポッサは手入れの仕方を教えてからこう言った。

『俺がこんな性格だから甘えさせてやることも満足にできなかった。せめて頼られる大人になろうと思ったが、上手くいかなかった。……情けない人生だ』

デポッサはチトセも短剣も見ずに天井を見つめて言葉をつづけた。

『そいつは大事な短剣だ。迂闊に見せれば盗まれる。お前は甘え方も頼り方も知らない。俺が教えられなかったからな。だから、そいつを基準に考えろ。無くしても、盗まれても、壊されても、俺は気にしない』

それだけ言って、デポッサは口を閉ざしたのだ。

チトセは肩をすくめて慰霊碑に背を向けた。

「ほんと、不器用だよね……」

短剣を見せても大丈夫かどうかで頼れる相手かを判断しろとデポッサは言っていた。同時に、チトセには短剣を渡せるとデポッサは判断した。

デポッサにとっての最大の愛情表現だったのだろう。価値も由来も知った今ならどんな覚悟で渡したかも想像がつく。

「今度はお酒を供えに来てあげる。バジガンと飲めるやつね」

共同墓地を出たチトセはエティを肩に乗せて裏町に足を踏み入れる。

シャンジとティ・キーが心配そうにチトセの左右に並んだ。

「大丈夫だよ。ちょっと家の様子を見るだけ」

裏町の奥まった場所にチトセの家はある。家といっても小さな台所と作業場兼寝室がある程度のあばら家だ。

チトセのことを見知っている近所の住人はチトセの顔を見ると少し意外そうな顔をするが、声をかけてはこなかった。挨拶すら交わすことがない関係性なので、チトセも無視を決め込む。

チトセの家は玄関が開きっぱなしだった。一年以上も放置していたのだから空き巣が入らないわけもないが、それ以前にデポッサのことを嗅ぎまわっていた殺人鬼二人がここを調べないはずもない。

案の定、家の中は荒らされていた。裏町では需要が少ないチトセの子供服まで持ち出されている。下町の古着屋にでも売り払われたのだろう。

「空っぽだー」

エティが広々とした家の中を飛び回る。

危険はなさそうなので、チトセは家の中に入った。

もともと、金目の物などない家だ。盗まれて困るものはエティが宿る短剣くらいでいつも身につけている。窃盗の被害はほとんど無視していい。

作業部屋兼寝室を覗き込む。本来あった扉はデポッサが存命の時に邪魔者扱いして取り外してしまっている。そんな扉を加工して作られたチトセのベッドは脚が折れて傾いていた。掛け布団や枕は姿を消している。下着が入っていた箪笥も空っぽだ。

「さすがに、これはちょっと不快……」

手あたり次第に持っていくところは裏町の住人らしいともいえるが、被害に遭う方はたまったものではない。

「路地に転がってるゴミとは違うんだけど」

不満を口にしながら作業机に歩み寄り、殺人鬼が仕掛けた罠がないかを慎重に調べてから引き出しを開けた。

「工具は無事っと」

二重底になっている引き出しの下から工具を取り出す。裏町で生活していた頃の商売道具だ。

「エティ、手伝って」

「いいよー。で、何するの?」

ふわふわと飛んできたエティはチトセが作業机を壁から離そうと力を入れるのを見て理解してくれた。一緒に住んでいた家だからどこに何があるのかは分かるのだ。

不思議そうに見ているシャンジとティ・キーの視線を受けながら、チトセは作業机を壁から離し、作業机の下になっていた床を見る。手が加えられた様子はない。

工具を床板の隙間にねじ込み、ぐっと力を入れて横にスライドさせる。床板がわずかに浮いて、指が入る隙間ができた。その床板を掴んで引くと簡単に外れる。

床板の下にあるのは小さな空間だった。そこには油紙に包まれた木箱が収められている。

「何を隠してあるのだ?」

興味深そうにのぞき込むティ・キーの前で木箱を開ける。

「この家と土地の権利書だよ。これも形見だし、盗まれるよりは持って行った方がいいかと思って」

空き家も多く土地の管理者が行方不明になっていることも多い裏町だが、権利書があるかどうかは大きい。チトセがいない間にこの家に住み着く人間が居ても、権利書を盾に追い出すことができるのだから。

権利書がすり替えられていないかを調べた後、木箱に戻して持ち上げる。

「鞄がまだあったよ。古いやつ」

寝室のクローゼットの奥深くにしまい込まれていた鞄をエティが引っ張り出してきた。布製で縫製も甘い古びた鞄だ。

間に合わせにはちょうどいいと、チトセは工具や権利書入りの木箱を鞄に入れて持ち上げる。

家の中を見回して忘れ物がないかを頭の中で確認してから、チトセは家を後にした。

シャンジとティ・キーがなおも心配そうについてくる。

「おい、チトセ。そろそろ暗くなるぜ」

「お嬢、まだ用事があるのか? 明日にしてはどうだ?」

親じゃあるまいし、とチトセは苦笑しながら裏町を出て、下町を抜ける。心配症な二体の精霊があからさまにホッとした。

エティがやれやれと小馬鹿にしたように首を振る。

「チトセは裏町育ちだ。心配し過ぎだって」

「そうは言うけどよ。俺たちは裏町に慣れてないんだ。不意打ちとかされると反応できるか分かんねぇ」

「チンピラ程度ならば先手を取られても巻き返せるのだがな。何事もないのが一番であろう」

こうして会話を聞くと、エティはまだまだ幼さが残っている気がした。

孵化したばかりできちんと言葉が話せるようになったものの、精神的にはまだ未熟なのだろう。

チトセは路地を縫うように進んで、宿り木の庭の裏口に立つ。

「……入らないの?」

ドアノブになかなか手を掛けないチトセを見かねて、エティが首を傾げる。

「入るんだけど、ちょっと色々吹っ切ってから……」

いまも不安はある。

胸元の短剣に服の上から手を当てて、チトセは静かに深呼吸をした。

よし、と意を決してチトセは裏口の扉を開ける。

「た、ただいま」

照れたように口ごもりながら言うチトセをアシエラと精霊たちが迎え入れた。

「お帰りなさい――」