軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十九話 一件落着

宿り木の庭の前に衛兵が数名立っていた。それを遠巻きにする野次馬の間をすり抜けて、チトセはアシエラと共に店に戻る。

アシエラと顔見知りの衛兵が店の中にいる部隊長を呼ぶ。

「隊長、店主のアシエラさんが帰ってきました」

店の中から出てきたのはチトセも見たことのある衛兵隊長のフロークンだった。

話が早い、とアシエラは店の前でフロークンと話し合う。

「見ての通り、追われていたうちの子は無事に保護したよ」

「それは良かった。で、犯人は?」

なんとなく察するところがあるらしく、フロークンは若干諦め顔で質問する。

アシエラは野次馬にも聞こえる程度の声量で答えた。

「それが、裏町の連中に連れて行かれちゃってね」

「アシエラさんなら裏町の連中を蹴散らして犯人を縛り上げることだってできるでしょうに」

「こらこら、アンティークショップの店主ごときが裏町と揉めるわけにいかなないでしょう? 後は衛兵と裏町の連中で話をつけてよ」

犯人が裏町の人間に連れて行かれたと聞いて、野次馬たちは拍子抜けしたように一人また一人と離れていく。裏町の人間を敵に回して無事でいられるはずがないため、再びの犯行は起こらないと安心したのだろう。帝都では最古参で信用もあるアシエラの証言なのも大きい。

フロークンは後頭部を掻く。これ以上揉め事が大きくならないことには安堵しているが、事件の犯人の行方が掴めないのではどう報告書を書けばいいのか分からない。

「ちなみに、犯人の目的は分かりますか?」

フロークンの質問に答えたのは店に残っていた宿り精霊だった。

「ゴウトウ!」

「オーミー、ゴウトウッテ、イッタ!」

「他所から流れてきた強盗だろうね。この店が精霊で一杯だって知らなかったんでしょう」

アシエラが飄々と答える。

フロークンは疑うようにアシエラとチトセを見た後、虚空に視線を向けた。

「精霊伝てに口裏を合わせていたりしませんよね? いくら余所者でも、宿り木の庭を一点狙いというのは考えにくいし、従業員の子供を追いかけるのも不可解ですよ」

「人質にしようとしたんだろうね」

「はぁ……。報告書にはそう書いておきましょう」

納得はできないまでもこれ以上話しても情報は出てこないと判断したらしい。

フロークンは周囲の部下に呼びかける。

「撤収するぞ。念のため、巡回強化をする。野次馬にも呼び掛けて不審な人影に注意してもらえ」

仕事を割り振って、フロークンはアシエラに頭を下げる。

「……チトセちゃん、よく頑張ったね」

頭を下げて自然とチトセの目線に近くなったところで、フロークンはそう言ってニヤリと笑った。

「それでは、今後も一応は気を付けておいてください。そちらのお二人が宿に帰る際の護衛に二人、腕利きを残しておきます」

店から心配そうに見ているオーミーとフラーヤを目で示し、フロークンはチトセたちに背を向けて通りを歩いて行った。

チトセは開きっぱなしの店の扉から中に入る。途端に宿り精霊たちが押し寄せてきた。

「ケガ、シテナイ?」

「ダイジョブ!?」

チトセを心配して突撃してくる宿り精霊たちの前に肩から飛び立ったエティが立ちふさがった。

「チトセが店に入れなくなるから戻れ!」

「エティダー!」

「オハヨウ!」

「オヒサシブリ!」

「あぁ、くっつくな!」

宿り精霊たちに飛び掛かられてエティが床に落ちていく。

苦笑したアシエラが精霊魔法でエティたちを宙に浮かせた。

「はいはい、そこだと危ないから、窓際で話してなさい」

押しくらまんじゅう状態のエティたちを窓際に置くアシエラを横目に、チトセは店の扉を閉めた。

これで店内の声は外に聞こえないだろう。

チトセはオーミーに向き直って頭を下げる。

「巻き込んでごめんなさい」

「そんなことより、怪我はしてないんだよね? どこも痛くない?」

チトセの謝罪よりも怪我をしてないかの方が気になるらしいオーミーがペタペタとチトセの体を触って確かめる。

心配かけたのは間違いないのでチトセはされるがままだった。胸元に忍ばせている短剣もいまとなってはオーミー相手に隠す必要がない。

オーミーの心配症を見かねてフラーヤが助け舟を出した。

「サウベリア王家のレガリアは奪われていないんだね? 今後、どうするつもりだい?」

「ずっと私が持ってる。誰にも渡さない」

孵化したことで、エティはもう短剣に縛られることはない。それでも、チトセにとって育ての親デポッサの形見である事実は変わらない。

なにより、この短剣が他者に渡れば大変な事態になるのは目に見えている。サウベリア人が手に入れれば独立軍を立ち上げかねず、帝国貴族が手に入れればサウベリア人からの反感を買うのは間違いない。

チトセが持ち続け、そのまま闇に葬るのが一番平和な解決策だ。

フラーヤも同意見らしく深く頷いてアシエラを見た。

「この件は墓場まで持っていくよ。オーミーにも言い含めておく。いま言っても聞こえやしないだろうからね」

「オーミーちゃんこそ怪我はなかったの?」

「昔から本棚が倒れて来てもけろっとしてる頑丈な子でね。たんこぶ一つできてないよ」

フラーヤの言葉にチトセもホッとする。巻き込んで怖い思いをさせた事実は変わらないが、怪我がなくてよかった。

「エプロンドレスの上からじゃよく分からないし、一緒に大浴場に行こうよ」

チトセの腕を取って店の外に出ようとするオーミーの後ろ首をフラーヤが捕まえた。

「馬鹿なことを言うんじゃないよ。さっき暴漢に襲われたばかりで外出を許すはずがないだろう。今日のところは宿に帰って、明日の朝一で船に乗って帰るんだから」

「チトセちゃんと遊びたーい!」

「アソビターイ!」

宿り妖精が便乗するが、フラーヤには当然聞こえていない。

フラーヤはオーミーの首根っこを捕まえたまま扉に向かって歩き出し、肩越しにアシエラとチトセを見た。

「ライティングビューローの件だけど、また近いうちにこちらに来るつもりだから取り置いてもらえるかい?」

「もちろんだよ。宿り精霊も首を長くして待ってるから、オーミーちゃんと一緒に来て」

「ありがとう。それじゃあ、また。オーミーも挨拶しなさい」

「チトセちゃん、またねー」

手を振りながら店を出ていくオーミーに、チトセは手を振り返す。

「うん、ばいばい」

フラーヤとオーミーが出ていくと扉がぱたりと閉まる。しかし、店の中は相変わらず精霊たちで賑やかだった。

「助けてチトセ!」

宿り精霊たちに孵化した感想を根掘り葉掘り聞かれながら群がられていたエティが逃げ出し、チトセの肩に縋りつく。

追いかけてくる宿り精霊たちの前に手を突き出して止めた。

「孵化したばかりだから休ませてあげて」

「ハーイ」

「アシタネー」

意外と聞き分けがいい。宿り精霊たちは窓際に戻って遊び始めた。

チトセはエティを左肩に乗せ、右肩にはティ・キーを乗せて居住スペースに向かう。ティ・キーがチトセの肩に乗っていることに気付いたエティが白光螺鈿の翼を広げて威嚇した。

「なんでチトセの肩に乗ってるんだよ! エティの特等席!」

「話せば長くなるのだが、今はまだ語るべき時ではない」

「なんだよ、それ!」

「お嬢よ。話すべきことは早いうちにな」

エティに取り合わず、ティ・キーはチトセに促した。

アシエラも気付いているのだろう。居住スペースに入るなりキッチンに立ってお湯を沸かし始め、紅茶の準備に取り掛かる。珍しく、ティ・キーはチトセの肩に座ったままだった。

チトセは椅子に腰かけ、懐から短剣を取り出すとテーブルの上にそっと置く。

「アシエラさん、話がある」

「察しはつくよ。エティが孵化して自分の身を守れるようになった今なら、迷惑をかけないように帝都を出ることができるってところでしょう?」

長く生きているだけあってアシエラはお見通しだったらしい。

さらに言えば、今日襲ってきた二人にもしも仲間がいたなら、また宿り木の庭が狙われる可能性がある。

今回、明確な実害が出てしまった。

宿り木の庭は個人経営の店とはいえ、エルフが経営し精霊が宿るほど大事にされているアンティークを扱っている。客からすれば防犯上の心配がある店に大事なアンティークを売りに来たりはしないだろう。

チトセはちらりと店舗の方を見る。死角になって見えないが、去年に老人が売りに来た大切なスクリムショーのコレクションが棚に並んでいる。

強盗が入る店に大切なコレクションを売りに来るとは思えない。

祖母との思い出のゼンマイ式オルゴール人形の修理を依頼しに来た客もいた。あの客が店を出入りするところを見られていて、通りで襲われる可能性だってある。

今回は無事だったが、店の精霊たちにだって危害を加えられるかもしれない。裏町で不意打ちしてきた二人目の男は精霊が視えていたくらいだ。

「私は店にいない方がいい」

どう考えてもこの結論しか出てこない。

アシエラは背を向けたままティーポットにお湯を注いでいる。紅茶の華やかな香りが広がっていくが、チトセの心は暗い。

はしゃぐ宿り精霊たちの声やのんびりと店を見守る孵化精霊たちがいる店。古びて、ついている傷すら誇るような存在感のあるアンティーク。恐る恐る扉を開けて入ってくる客もいれば、店先でショーウインドウから見えた家具に一目ぼれしたと意気揚々と入ってくる客もいた。

荒事とは本来無縁のこの店を自分の存在が壊しかねない。

チトセは肩に座っているティ・キーを見る。

「宿り木の庭はアンティークと精霊の避難所でもあるでしょ。ティ・キーもここでお別れ。魔力が豊富なエルフの里に行かないと消滅しちゃうんでしょ?」

「むぅ……」

ティ・キーが口ごもる。裏町で派手な魔法を自前の魔力で使っていたこともあり、チトセの言葉にあまり反論できないらしい。

アシエラがティーカップに紅茶を注ぎ、チトセの前に置いた。

テーブルを挟んでチトセに向かい合うように座ったアシエラは紅茶を一口飲んだ後、ティーカップを置く。

「チトセちゃんは賢いから、考えた上で店を出ていこうと決断したんだと思う。だから、私も本音で話すよ」

子供扱いして煙に撒こうとしても、チトセは人知れず姿を消すだろう。

アシエラはチトセをまっすぐに見る。

「確かに宿り木の庭はアンティークと精霊の避難所だ。でもそれだけじゃないってことをチトセちゃんも見たはずだよ」

アシエラが手振りで合図すると、シャンジがテーブルに降り立った。店舗の方から孵化精霊が何体か手分けしてスクリムショーを運んでくる。

「大事なものを手放しに来る人、修理しに来る人、思い出に再び出会う人。宿り木の庭は物を大事にする人の避難所でもあるんだよ。アンティークは誰かに大事に使ってもらって初めて価値が出る。だからね、宿り木の庭は人もきちんと助ける」

テーブルの上にチトセが置いている短剣を見て、アシエラが穏やかに笑う。

「たった一人で抱え込んで、大事に守って、手入れをして。だからエティが宿ることもできた。お客さんに向き合って、お客さんの大事なモノを汲み取って、商品だけじゃなく宿っている思い出も慎重に扱える。そんなチトセちゃんを私は宿り木の庭の店主として守りたいと思う」

白光螺鈿の短剣は誰が見ても丁寧に扱われていたことが一目でわかる。鞘を飾る真珠やアクアマリンには傷も欠けもなく、曇りもない。作られた当初の輝きを損なうことなく美しく光を反射している。

抜き放たれた短剣の刃は王家の威光をそのまま表すほどで、螺鈿細工も白光の魔法処理もその繊細さを今も残している。刃も透明感を感じるほど研ぎ澄まされている。

育ての親の形見とはいえ、ここまで大事に守れる人間はなかなかいない。エティが宿っていたことを差し引いても。

アシエラはエティを見た。

「エティはチトセちゃんが大事だよね?」

「当たり前。親友だぞ!」

「店のみんなにとっても大事な友達だったり、遊び相手だったり……紅茶を淹れる係だったり」

「――待つのだ、アシエラ。このティ・キー、この世のなにより紅茶を愛すが、お嬢のことを召使のように扱ったことはない。良き茶飲み友達である」

わざとらしい咳払いでティ・キーの反論を流し、アシエラは話を戻す。

「チトセちゃん、人は数十年生きるんだよ。アンティークと同じで、一緒に過ごして思い出を作るには十分な年月だ。例えば、紅茶を一緒に淹れる、とかね」

アシエラはキッチンの食器棚の角を指さす。

「時には小指を角にぶつけて痛い思いをすることもある。それが笑い話に、思い出になる。人生の大いなる先輩から良いことを教えてあげよう」

実年齢不詳のエルフ、アシエラは続ける。

「いい歳の取り方っていうのは迷惑をかけない生き方じゃなく、かけても許される生き方なんだよ。私はチトセちゃんとこの店で思い出を作りたい」

黙っていたシャンジがチトセを見上げて口を開いた。

「言っておくが、裏方に回るのはなしだぜ? チトセは物置なんかじゃなく、店に出てくるべきだ。思い出を作りたいのはアシエラだけじゃないん――」

シャンジが最後まで言い切る前に店から精霊たちが大挙して押し寄せた。ずっと耳を澄ませて会話を聞いていたらしい。

「イナクナル?」

「ヤダー」

宿り精霊たちはつたない言葉でチトセを説得しながら周囲を飛び回る。

チトセはしばらく押し黙った後、立ち上がった。

「少し考えたいから、散歩してくる」

チトセの顔を見て、アシエラはシャンジとティ・キーに呼びかける。

「護衛をお願い」

「りょーかい」

「うむ」

宿り精霊たちがチトセにしがみついている。今日襲われたばかりなのに出かけようとしているのだから当然だが、アシエラが止めないのもあって渋々チトセから離れ始めた。

机の上の短剣を手に取って胸元に隠し、チトセは裏口へ向かう。

裏口のドアノブに手をかけて、チトセは口を開きかけるも言葉が見つからず無言で外に出た。