作品タイトル不明
第二十五話 コノコスキ!
「オーミーも店の方に来て」
紅茶を淹れ終わったチトセはオーミーを誘って店舗スペースに戻る。店番を任されているので長くカウンターを留守にできない。
カウンターにオーミー用の椅子を出して、並んで座る。
オーミーはアンティークショップに入るのは初めてとのことで、物珍しそうにきょろきょろと見回していた。
「精霊がついたアンティークがたくさんあるんだよね?」
「あるよ。そこの宝石箱とか」
木製の小箱に金や錫をあしらった宝石箱を指さす。
精霊がついているとはいっても見た目は普通の宝石箱と変わらない。宿っている精霊が孵化間近になれば魔力を帯びるが、まだずっと先の話だろう。
オーミーが店にやってきたことで宿り精霊たちが周囲を飛び回っている。チトセの目ではオーミーの顔がよく見えないほどだ。
どうやって宿り精霊たちを落ち着かせるかと考えていると、店の扉が開いた。
反射的に「いらっしゃいませ」と声を上げそうになったが、店に入ってきたのはアシエラだった。
「ただいま。オーミーちゃんは来てる?」
アシエラの後からオーミーの祖母であるフラーヤが入ってくる。二人とも、カウンターに座るオーミーを見つけて安心したように頷いた。
「無事に到着していたみたいだね」
一体を除いて宿り精霊たちがオーミーからフラーヤに興味を移して飛んでいく。アシエラの友達だと思ったらしい。
アシエラはフラーヤを店の奥の椅子に案内しながら、チトセとオーミーに話す。
「偶然、ギルドの前で鉢合わせてね。そのまま案内してきたんだよ」
「あぁ、ギルドで発送手続きをするから」
納得しつつ、チトセはカウンターをアシエラに譲ろうと立ち上がる。しかし、当のアシエラが手で制した。
「ごめんね。またすぐにフラーヤさんと出かけるからオーミーちゃんと店番をお願い」
オーミーから受け取った紅茶でのどを潤していたフラーヤがアシエラに続いて口を開いた。
「古い知り合いに喫茶店に置く古書の選定と書棚を頼まれていてね。本ならともかく、書棚となるとアシエラさんの方が詳しいから協力を頼んだのさ。そういうわけだから、少しアシエラさんを借りるよ」
店にもいくつか書棚のアンティークは出ているが、どれも帝国式だ。独立の機運が高いサウベリアでは顰蹙を買いかねない。
アシエラはおそらく、帝都の家具を扱う商会をいくつかフラーヤと見回った後、宿り木の庭が港に持っている倉庫に案内するつもりだろう。商会ならサウベリア王国式の書棚の復刻版なども見つかるかもしれないし、倉庫にならサウベリア王国時代のアンティーク書棚がある。
アシエラのことだから、伝手のある工房に頼むこともできるだろう。
その時、宿り精霊の一体がアシエラの二の腕に飛びついた。
「ボク?」
「君はライティングビューローだから、ちょっと違うかな」
「ヤダー!」
「嫌だといわれてもね」
苦笑しながら宿り精霊と会話をするアシエラに、オーミーとフラーヤは翻訳してほしいとチトセに目配せした。
チトセは件の宿り精霊がついている箪笥を指さす。
「ライティングビューローって言って引き出し収納付きの書き物机なんだけど、見ての通り上の方に大きめの書棚がついてるの。サウベリア王国で百三十年前に製作されていて、宿り精霊がついてるんだけど……」
そこまで説明して、チトセはアシエラが勘違いしていることに気付いて声をかけた。
「アシエラさん、その子はオーミーのことを気に入ったみたいで駄々をこねてる。喫茶店の話じゃないと思うよ」
オーミーにまとわりついていた宿り精霊の内の一体だが、アシエラとフラーヤが店に入ってきても唯一オーミーのそばを離れなかった。
「ホンノ、ニオイ! スキ!」
アシエラの二の腕を蹴った反動でオーミーの肩に抱き着いた宿り精霊がなおも駄々をこねる。
「インクノ、ニオイ! スキ!」
「インクの匂い?」
首を傾げたチトセに、オーミーは恥ずかしそうに右手の袖を見せた。
「帝都に入る時の手続きでインクをこぼしちゃったんだ……」
「あぁ、それで」
「コノコトイルノー!!」
ここまで精霊が人を気に入るのは珍しい。視えない人間相手だと最初は興味津々で近づくが一日もすれば顔も忘れるものだ。
チトセとアシエラは揃って苦笑する。
アシエラはライティングビューローに歩み寄って値札を伏せた。
「チトセちゃん。ひとまず商品の詳しい説明をしてあげて。宿り精霊が気に入ったなら値段は考えないのがこの店の鉄則だ」
「分かった。行ってらっしゃい」
宿り木の庭のお客は人間だけではなく、精霊も含まれる。精霊が客を気に入っている場合、よほどのことがなければ利益度外視で売る習わしだ。
それというのも、宿り精霊がついていると知った客はなおさら商品を大事にする上、宿り精霊も気に入っている客や家族を守るからだ。ほぼ確実に孵化精霊になるため、宿り木の庭では利益にならなくてもむしろ歓迎する客である。
フラーヤが心配そうにアシエラとチトセを見た。
「あまり気を使うことはないからね?」
同じ商売人として値段のことを気にしたらしい。それにアシエラが笑った。
「私が何年生きていると思ってるの。ただで譲って傾くような経営はしてないよ」
「言ってみたいセリフだね。まだまだ長生きしなきゃだ」
フラーヤが笑い、アシエラと共に店を出ていく。
オーミーと一緒に手を振って見送り、チトセはライティングビューローの宿り精霊に確認する。
「本とインクの匂いが好きなの? それともオーミーが好きなの?」
「コノコ! コエ、イイ!」
「声?」
「オンドク、シテ!」
チトセはカウンターの上でティーカップを覗き込んでいるティ・キーを見た。
精霊は時々、妙なこだわりを持っている。エティやシャンジは付き合いやすいタイプだ。
ただ、チトセもオーミーの音読は聞いてみたい気がした。
「オーミーにお願いしたいんだけど、音読できる? あのライティングビューローの前に座って」
「待って、どういう話になってるの?」
宿り精霊の言葉が聞こえないオーミーに説明すると、恥ずかしそうにうつむいた。無理もない。件の宿り精霊のみならず、この店には精霊がたくさんいる。それらすべてが見えないオーミーからすれば、反応が一切見えない観客相手の朗読会になる。
「……やる、けど、短い絵本とかでいい?」
妥協点がそこらしい。
チトセは頷き返して立ち上がる。書店ではないので店の中に絵本はないが、居住スペースの方に数冊ある。チトセが文字を読めるか確かめるためにアシエラが引っ張り出してきた絵本だ。
「台詞が多い本にする?」
「地の文が多い本にして!」
オーミーの渾身の願いに小さく笑って、チトセは居住スペースへ向かう。
リビングに置かれた小さな本棚に何冊かの絵本が入っている。宿り精霊たちに読み聞かせることがあるため、仕舞い込まれずにいる本だ。
地の文が多い絵本を選んでいると、店舗スペースから客入りを知らせる呼び鈴が聞こえてきた。
すぐに本棚から離れる。絵本を選ぶよりも客の応対の方が大事だ。
「すみません、お待たせしました――」
店舗に出たチトセが最初に見たのは、ライティングビューローの前にある椅子に座るオーミーだった。自分に懐いている精霊が宿っているそれに興味を抱いたのだろう。
オーミーのすぐそばに若い男が立っている。小麦色の肌に長い手足、赤褐色の髪に黒い瞳がぎょろぎょろとして陰気で危険な気配がする。
その男がオーミーの首筋にナイフを当てていた。手作りを疑うほど粗雑な柄に対して刃は見るだけで背筋が寒くなるほどよく研がれている。なにより、緑がかった液体が刃先を濡らしているのが気になった。
青い顔でオーミーがチトセを見る。
「チトセ――」
「うるせぇ! 黙れっ!」
サウベリア訛りが激しい抑揚で男が叫ぶ。
「どっちのガキだ!? どっちが王家の証を持ってんだ? 早く出せ! 殺すぞ!?」
興奮状態の男はオーミーとチトセの間で視線を行き来させる。
何のことか分からずに目に涙を浮かべているオーミーとは違い、裏町育ちで荒事に慣れているチトセの冷静さを見て、男は確信したようにチトセを睨んだ。
「そっちのガキだな?」
オーミーを乱暴に壁に押し付けて抵抗できないようにすると、男はナイフを見せびらかすように空を裂いた。
「――白光螺鈿の王家の証を早く出せ!」