軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十六話 招かざる客

チトセは素早く店内を見回す。

男が入ってきただろう入り口は開いている。下町に近いとはいえ宿り木の庭がある通りは衛兵による巡回もあり、通報があれば駆けつけてくるだろう。男もそれを知っているから焦っている。

店内の精霊たちは迂闊に動けないでいる。シャンジの姿がないのが気になるが、店に残っている孵化精霊が身振りで外に出ていったことを教えてくれた。おそらく、アシエラを呼びに行ったのだろう。

チトセの肩の上でティ・キーが悔しそうに言う。

「あのナイフ、毒が塗られておる」

毒、おそらくはチトセが裏町を追われる原因になったバジガンを殺したのと同じような毒だろう。裏町の殺人鬼はこの男で間違いない。

「早く出せ! 卑怯者のディッセラ帝国民! 子供でも容赦しないからな⁉」

冷静に分析しているチトセとは対照的に興奮状態の男は何をしでかすか分からない。衛兵が到着すると逃走のためにオーミーを連れ去る可能性もある。

チトセは小さく息を吐いて、男に声をかけた。

「わかった。出すけど、早とちりしないと約束して」

「いいから、早く出せ!」

「短剣なの。抵抗するつもりはないってことは言っておきたい」

胸元に隠している短剣に手を伸ばす。エティが宿るそれが男の探し物で間違いない。

男が初めて警戒したように目を細め、ナイフを持つ手に力を籠める。

「おかしな真似はするんじゃねぇぞ。もう何人も殺してんだ。いまさらガキの一人や二人殺すのに躊躇ねぇんだからな!」

「わかってる。ゆっくり出すよ」

時間稼ぎを兼ねて胸元の短剣を鞘ごとゆっくりと出していく。襟首から現れた柄を見て男が期待するように目を光らせた。

その反応で、チトセは確信する。

この男は精霊が視えていない。チトセの肩から飛び立ったティ・キーに一切反応を見せなかったからだ。

視えないと分かった精霊たちの動きは早かった。チトセが時間稼ぎをしているうちに孵化精霊を筆頭に移動を始め、合図一つでオーミーを助けられるように持ち場に着く。

チトセは怪しまれない程度の時間をかけて短剣を取り出した。

店の精霊たちも初めて見るその短剣は鞘に納められている。一見すると質素に見えるが、鞘は本来の姿の上から革を巻きつけて偽装してあるだけだとすぐに気付くはずだ。

証拠に、チトセが革をくるくると取り外して床に捨てる。現れた本来の鞘は真珠が嵌めこまれた木製鞘で、高い透明感のアクアマリンの小粒が随所にあしらわれて波のような紋様を描いている。

鞘だけで一流の職人と王族クラスの出資者がいると分かる逸品だ。

男がごくりと喉を鳴らす中、チトセは留め金を外す。

「証拠を見せるために抜くから、ちゃんと確認して」

確実に注意を引くためチトセは言い置いて、鞘から短剣を抜いた。

海中から水面を見上げた時のような淡く白いきらめきを纏い、刃が姿を現す。刀身の付け根に繊細な螺鈿細工が虹を描き出し、それを纏うように中央には白光を放つ螺鈿の鳥、サウベリア王家の紋章であり伝説上の巨鳥ラ・ベリティが翼を広げる。

高級品などという言葉では足りない。正真正銘、国宝。

サウベリア王家のレガリア――白光螺鈿だ。

「おぉ……」

興奮状態にあった男でさえ目を奪われるほどの威容。まさに王家の威光を放つ白光螺鈿の短剣に男が狂気的な笑みを浮かべる。

「それだ! それがあれば――」

「今!」

次の瞬間、ティ・キーの号令一下で精霊たちが動き出した。

ティ・キーの魔法が発動し、壁から木の腕が飛び出して男がナイフを持つ手を殴りつける。

「痛っ、なんだ!?」

男が反応できないうちにライティングビューローの宿り精霊が怒りもあらわに魔法を発動し、空中に生み出したインクを男の顔面にぶちまける。

突然視界を奪われた男が後ずさり、オーミーを押さえていた手を離した。

即座に、チトセは床を強く蹴るようにして駆け出し、カウンターを乗り越える。

角度を調整し、店の出入り口目掛けて男を蹴り飛ばした。

視界を塞がれていたこともあって男は抵抗もできずに床を転がる。

体重が軽いチトセの蹴りでは外に蹴り出すには足りなかったが、ここは宿り木の庭。数だけならどんな店にも負けることはない。

宿り精霊たちが一斉に男の体にまとわりつき、渾身の力で持ち上げた。

「セーノ!」

「オラー」

気の抜ける掛け声のわりに仕事はしっかり果たしてくれる。宿り精霊たちは男を店の外に放り出し、歓声を上げた。

だが、まだ終わっていない。

チトセは短剣を鞘に納めながらオーミーと精霊たちに声をかける。

「オーミーはここにいて! みんなはオーミーを守って! ティ・キーだけ一緒に来て!」

「えっ? チトセちゃんは!?」

外で顔を拭っている男へと駆けだすチトセの背中にオーミーが驚いたように聞く。

チトセは短剣を軽く持ち上げた。

「衛兵にこれが知られるのは不味い」

チトセにとっては何よりも大事なエティが宿り、育ての親デポッサの形見でもある短剣。

だが、世間的にはまごうことなき国宝であり、サウベリア王家の証で王権の象徴。

目の前の男以外にも、この短剣を欲する人間はいくらでもいる。それは蚤の市で声をかけてきた男たちのような独立をもくろむサウベリア人だけでなく、旧サウベリア王国領を治める正当性を欲する帝国も含まれる。

この短剣の存在が知られれば、帝国に没収されかねない。

チトセは店を飛び出し、男と視線を交わす。

短剣が帝国に没収されるのを嫌うのは男も同じ。この騒動が衛兵に知られるわけにはいかない。

奇妙な利害の一致を見て、チトセは裏町を目指して走り始め、男がその後を追った。