作品タイトル不明
第二十三話 紅茶好きのティ・キー
春の気配が近付く朝、チトセはお湯を沸かしていた。
一か月前にエティが孵化に備えて休眠してから、ティ・キーのために紅茶を毎朝淹れているため、もはや日課のようになっている。
チトセは服の上から短剣の感触を確かめる。エティはいまだに休眠中で反応はない。いつになったら孵化するのかも分からなかった。
「お嬢は不安になると胸元を触るのだな」
ティ・キーが指摘するが、チトセは答えない。
真剣に火加減を見つめて、お湯が沸騰する直前に火から離し、茶葉の入ったティーポットに注ぎ入れる。アシエラがチトセの誕生日プレゼントとして買ってきたもので、子供でも扱い易い軽さと滑りにくい持ち手、蓋も外れにくく機能的な形状だ。
百五十年ほど前に流行ったティーポットの復刻版とのことで、光沢のある深い緑一色の飾り気がない見た目をチトセも気に入っていた。
地味な色だからこそどこに置いても主張しすぎない。
お湯で蒸された茶葉が香りを発し、キッチンに広がっていく。リンゴのような甘い果実香にわずかながらミントのような爽やかな香りが混ざっていた。
すっかり定位置になったチトセの肩の上でティ・キーが深呼吸し、紅茶の香りを楽しむ。
「良き香りである。腕を上げたな、お嬢よ。一人前と認めよう」
「エティが起きたら淹れてあげようかな」
ティーカップに注ぎ入れるとさらに香りが広がっていく。濾し器を右手に、左手にティーポットを持って傾けても蓋が外れない。ここも、チトセがこのティーポットを気に入っている理由だ。
ティ・キーが大きく頷く。
「ふむ。エティが眠っている間の話をするのにちょうどよかろう」
多分、また紅茶を淹れるところを見たいだけだ。
チトセはトレイに紅茶セットを載せて、店舗スペースに向かう。
「アシエラさん、紅茶を淹れたよ」
「ありがとう」
店のカウンターを占領して必要書類を広げ、計算をしていたアシエラが疲れた声で礼を言う。
今年の税金を計算しているらしい。様々な数字が躍る帳簿を見直し、様々な工房から送られている紹介料などと照らし合わせて間違いがないかを確かめているのだ。
「これでも、今年はシャンジがいるから助かってるんだけどね」
「なんで俺が計算しなきゃならないんだよ……」
ぶつぶつ文句を言いながら、孵化妖精にしては珍しく計算ができるシャンジがアシエラを手伝っている。他にも計算ができる孵化精霊はいるが、気分屋だったり文字は読めなかったりと問題があるらしい。
チトセも計算ができるため、作業に参加する。
「検算するね」
「お願い。半年分は終わってるから、続きだけでも」
「これだね」
表になっている紙を手に取り、メモ紙に計算式を書いていく。
帝国法では宿り木の庭のような店舗の税金は最寄りの商業ギルドと役所に書類を提出して確認してもらった後、徴税官に税を支払うことになっている。
「この仕組みって、徴税官に書類を直接提出した方が早くないかな?」
完成した書類を手書きで複製する手間を思うだけで疲れてくる。
チトセの質問にアシエラはインク壺にペン先を付けつつ答える。
「ギルドと役所に書類を提出することで、お金の流れを帝国やギルドが把握できるのが利点の一つ。さぁ、どんな利点でしょう?」
まさか計算中に税制度の勉強が始まるとは思わなかったチトセはぎょっとしてアシエラを見る。検算をするだけで頭の大部分を使っていて、制度の仕組みを考える余裕はない。
チトセはせめて切りの良い所まで終わらせようと計算式を進める。その肩の上で暇をしていたティ・キーが代わりに答えてくれた。
「別の店との取引と照らし合わせて間違いがないことを確かめられる。さらには、国の金の流れを把握し、各商品の市場価値を調べる資料ともなる。各店は計算間違いや記憶違いをギルドや国が調べてくれる」
なるほど、とチトセは頭の片隅でティ・キーの説明に納得する。
なお、チトセが住んでいた裏町には徴税官が近寄らない。チトセ自身も税金を気にしたことがなかった。帝国内に居住していれば老若男女問わず支払うことになる人頭税も払ったことがない。
裏町は治安が悪く、住人の総数さえ分からない。調べたところで翌日には死体になっているのもざらで、そもそも稼ぐ能力がない住人も多い。挙句の果てに徴税官が税金を徴収し終えた帰り道を狙って襲撃するマフィアまで跋扈している。
噂によれば、徴税官の地位を買った商人が護衛ごと殺されて以来、徴税官不在として処理されているのだとか。命に見合う税収を得られないのだから放置が賢明とされたのだろう。
などと考えながらチトセが出した検算の結果がアシエラの出した合計値とずれていた。
「えっと……?」
「お嬢、9で割るのだ」
ティ・キーがチトセの耳にささやく。
言われた通りに自分の出した検算結果を割ろうとするが、ティ・キーは補足する。
「アシエラの出した数値との差を9で割るのだ」
「こう?」
「ふむ、百の位で数字を書き損じておる。表を見てみるがいい」
「あ、これだ」
千の位と百の位の数字を逆に書いてしまっているのを見つけて、チトセは計算をやり直す。
今度はピタリとアシエラの出した合計値にはまった。
「これって、どういう理屈なの?」
「それを語ることはできぬ。宿り精霊であった時、屋敷の経理担当が話していたことの受け売りでしかないからな」
なにか壮大な秘密でもあるのかと思いきや、ただの聞きかじりだったらしい。
「……計算できるわけじゃないんだ?」
「失敬な。保管されている茶葉の種類や分量からあと何回の茶会ができるかや茶菓子としてだされたクッキーを誰がどれだけ食べたかも数えられる」
「今月の客数は?」
「三人だな」
胸を張るティ・キーが出した数字は今月の客の内、紅茶を飲んだ人数だった。