軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十二話 誕生日プレゼント

「……落ち着いた?」

アシエラが淹れたての紅茶を差し出しながら聞いてくる。

チトセは無言で頷いてティーカップに手を伸ばした。

落ち着いてはいるが、頭の中では目まぐるしく情報の整理と今後の行動指針を組み立てている。

デポッサが死んでからは子供一人、裏町で生き延びてきたチトセだ。危機管理能力がしっかり身についている。

胸元の短剣に手を当てたまま考える。

状況はかなり悪い。

エティが孵化するまで、この短剣をチトセ一人で昼夜を問わず守り抜かなくてはならないのだから。

一番に思い浮かぶのは帝都を出てどこかに行方をくらますこと。だが、現実的な考えとは言い難い。手持ちのお金が心もとない上に見ず知らずの場所で生き抜けるほど大人でもない。

裏町に戻るほうがまだ建設的だ。少なくとも地形は把握しているし、バジガンファミリーもすでにチトセを犯人とは思っていない。問題は真犯人がいまだに野放しになっていることと、真犯人の狙いがチトセの持つ短剣の可能性が高いこと。

エティが宿るこの短剣はデポッサの形見でもある。真犯人の狙いはまず間違いなく短剣だとチトセは確信していた。

いくら裏町での生活に慣れているとはいえ、寝ている間は無防備だ。エティがいれば警戒を頼めたのだが。

チトセは紅茶を飲み、アシエラを見る。

「アシエラさん、精霊の孵化ってどれくらい時間がかかるの?」

孵化にかかる時間がそのまま、チトセがエティを守り抜く期間になる。

アシエラは困ったような顔をした。

「大体二か月かかるとされるけど、ばらつきが大きいからね。三日程度で孵化することもあれば五年かかることもある」

本当にばらつきが大きい。まるで参考にならないが、数日ならともかく二か月以上となると一人で守り抜くのは難しい。

チトセは孵化精霊のシャンジやティ・キーを見る。視線の意味を察した二体の孵化精霊は首を横に振った。

「孵化するまでの期間は寝ているようなものだから、どれくらい時間が経ったかは分からねぇよ。ましてや、俺は物置にいたからな。外の様子が分からなかった」

「おおよそ半年であった。春頃に眠りにつき、秋の終わり紅葉を見上げて起きたのだ」

期間もさることながら、精霊側の認識では眠って起きたら孵化していた感覚らしい。つまり、現在のエティは意識がないと思っていいだろう。

アシエラが焼き菓子をチトセに差し出しながら口を開く。

「こればかりは気長に待つしかないよ。ただ、チトセちゃんはエティが孵化するまで一人で外出するのは禁止。必ず私かシャンジをつれていくこと」

精霊のエティがついていなければ、チトセはあくまで十歳程度の子供でしかない。裏町育ちだけあって逃げ足は速いが、荒事を片付けるのは難しい。

いつになく真剣な顔でアシエラはチトセを真正面から見つめて続ける。

「チトセちゃんが私や店に迷惑を掛けたくないのは分かってる。何か大きな隠し事をしていることもね。それを無理に聞くつもりないし、頼ってほしいとも言わない」

アシエラの言葉を聞きながら、チトセは紅茶を飲む振りをしてティーカップで口元を隠す。

チトセが見てきた中でまともな大人などほとんどいない。せいぜいが育ての親であるデポッサくらいだ。

アシエラは数少ないまともな大人だ。チトセの性格や置かれてきた環境も踏まえて向き合うが干渉せずに見守る方針を取っている。その判断にはチトセが年の割に大人びて落ち着きがあることも大きくかかわっているはずだ。

だから、チトセには続くアシエラの言葉が読めた。

「それにチトセちゃんは――」

「店の売り上げに貢献しているから持ちつ持たれつだよって?」

正確に言葉を読まれたアシエラが口を閉ざす。

チトセを対等に扱い守る理由があると証明しようとしたのを完全に見透かされていると気がついたのだ。

気まずい沈黙が流れるより早く、ティ・キーが口を挟んだ。

「ティーカップを片手に女同士が腹を探り合い言葉を交わす、これぞお茶会である。また見られる機会に恵まれるとは、僥倖、僥倖」

「ティ・キー、俺はこの空気を楽しめる性格じゃねぇわ」

シャンジがティ・キーを横目でにらんだ。

シャンジの抗議の視線をするりと躱したティ・キーが浮かび上がり、アシエラの前に立つ。

「アシエラよ、今の話は筋が悪いぞ。店の売り上げという話を持ち出せば、お嬢を狙う犯人が店に危害を加える可能性を考えに含めねばならぬからな」

ティ・キーの指摘はそのまま、チトセの心配事でもある。

チトセはこの店に迷惑をかけるのが一番嫌だ。

ティ・キーは右手人差し指を天井に向け、くるくると回す。

「子供を守るは大人の責務。他者に迷惑を掛けぬは人の礼儀。双方ともに心配事が相手なのだから、なにを悩むことがあろうか。心配ならば互いを見守ればよいだけの話。貢献だの持ちつ持たれつだのと賢しらなことを言い出すから遠回りをするのだ」

それでは解決にならないとチトセが口を挟むのを予想してか、ティ・キーがくるりと向き直る。

「さりとて、解決せねばならぬ点はある。お嬢もそれは認識しておる様子」

「……私一人だと犯人に抵抗できない」

エティがいれば協力して犯人を撃退可能だった。だが、そのエティが孵化に向けて休眠中となると、チトセは見た目通りの子供でしかない。

ティ・キーがこくりと頷くと机の上に着地し、細かな花があしらわれた貫頭衣の裾を片手で摘まみ優雅に礼をした。

「誕生日おめでとう、お嬢。不肖このティ・キーが誕生日の贈り物をしよう」

「突然、なに?」

話が繋がらない。チトセが首を傾げかけた時、ティ・キーはふっと笑う。

「あらゆる脅威からお嬢を守ってしんぜよう。誕生日の贈り物を拒むほど無粋ではあるまい?」

「……人の誕生日にかこつけて、ずるくない?」

「気が咎めるのなら毎日紅茶を淹れてくれればよい」

紅茶好きの孵化精霊はそう言って、チトセの肩に飛び乗った。

ティ・キーをみて、シャンジが肩をすくめて飛び上がる。

「ったく、俺を忘れるなー。チトセと精霊魔法の練習をやってたのは俺なんだからな」

孵化精霊が二体、チトセのそばに並んだのを見て、アシエラが安心したように紅茶を口に運んだ。