軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話 蛹

「オカエリー」

「カエッテキタ!」

「サミシカッタ」

帝都の宿り木の庭。

三日間の船旅を終えて店に入るなり、宿り精霊たちがチトセにまとわりついてきた。

アシエラの方は留守番の孵化精霊たちに留守中の様子を報告されている。

大人のアシエラよりも構ってくれる子供のチトセの方に飛び込んでくるのは予想できていたので、適当にあしらいつつ店を抜けて住居スペースに入る。

テーブルの上に手紙が置かれている。留守番をしていた孵化精霊たちが家主の留守を悟られないように手紙を回収してくれたのだろう。

ほとんどはアシエラ宛の手紙だ。マティコ工房を始めとして、アンティークの修理が終わったという報告が書かれている。

工房や商会、商業ギルドの手紙を選り分けていると、チトセ宛の質素な手紙を見つけた。

「……ルマン?」

裏町に根を張るマフィア、バジガンファミリーの若頭ルマンからの手紙だ。

例の殺人鬼が捕まったのかと期待して封を切る。

中には手紙一枚と木製の櫛が入っていた。念のため櫛の表裏を見てみるがあまり作りが良いとは言えない新品の櫛だ。

手紙には飾り気のない簡潔な文章が書かれている。

『留守中、宿り木の庭の周囲をうろつく不審な男が一人。デポッサ老について聞きまわっていた男と風体が一致。尋問するため囲むも突破され、以降は行方知れず。帝都門衛から似た男が外に出たとの報告あり』

問題の男は二十代の半ばほど。小麦色の肌に長い手足、茶髪に黒い瞳で陰気な印象を受けるらしい。サウベリア系の可能性大とも書かれていた。

足音が聞こえて、チトセは手紙を折りたたむ。

「チトセちゃんにも手紙?」

「うん。ルマンから。留守中にサウベリア系の若い男が店の周りをうろついてたけど、もう帝都を出たみたい。あと誕生日おめでとうって」

折りたたんだ手紙と粗末な櫛を持ち上げて、チトセは肩をすくめる。

「なるほど。蚤の市参加は間違ってなかったと」

アシエラはうっすらと笑ってテーブルの上に分けられた自分宛の手紙を取る。

「チトセちゃんの誕生日だったんだね。エルフは百歳からは祝うことがないから考えてなかったよ。ケーキを買ってくるんだっけ?」

「プレゼントを贈ったり、豪華な食事を食べたりするね。どっちも裏町育ちには縁がないけど」

この櫛も、ルマンなりに考えて贈ってきたのだろう。裏町には戻るな、表で生きろという意味で。

あんな奴でも若頭になるだけあって気が使えるらしいと、チトセは苦笑する。大きなお世話だと思うが、善意は確かに受け取った。

そんな善意が籠められた櫛を雑に指先で弄ぶチトセを見て、アシエラが目を細める。

「チトセちゃんは裏町に戻るつもり?」

「戻りたいけど、殺人鬼が捕まってないから無理だね」

チトセは櫛を指先で回しながら考える。

裏町に戻りたいのが本音だ。蚤の市の件といい、問題を自分だけで処理できないのが心苦しくてしょうがない。

殺人鬼らしき男は帝都を出たとルマンの手紙にはあったが、ルマンは帝都の門衛からの又聞きで判断している。正直、判断材料としてはかなり弱い。

すでに一年近く尻尾を掴ませずに逃げ回っている殺人鬼となればなおさらだ。

チトセがそう判断する以上、アシエラも同様に考えるだろう。チトセが裏町に戻るのには断固反対するに決まっている。

チトセはルマンからの手紙をポケットにねじ込みつつ、自分の部屋の扉に向かう。

「アシエラさんが私のその後に干渉しない状況にならないと、出ていけないでしょ?」

「チトセちゃんを監禁しているつもりはないんだけどなぁ」

「そうだね。心配しているのは分かってるよ。私が望んでいないのを理解していることもね」

扉を開けて、チトセは自室に入り、肩越しに振り返る。

「シャンジは入っちゃダメ。この部屋に入っていいのは私とエティだけ」

後ろをついてきていたシャンジを扉に挟まないように、チトセは左手でそっと押し返し、扉を閉めた。

チトセは荷物をベッド横に置いて窓辺に向かう。

窓の外の人の気配はない。見える限りの路地や屋根の上まで確認して、チトセはカーテンを閉めた。

「エティ、ちょっと相談しよう」

ベッドに腰を下ろしながら肩に乗っているエティに声をかける。

アシエラに拾われた頃と比べてチトセを取り巻く状況はさほど変わっていない。しかし、様々な知識が増えたことで、チトセは自分が置かれている状況を推測できるようになっていた。

チトセの考えが正しければ、今のチトセとエティは致命的とまでは言えないものの非常に危険な状況に置かれている。

無意識に胸元の短剣に手が伸びる。

「……エティ?」

返事がないことに気が付いて、チトセは肩のエティに意識を向ける。

うつらうつらと眠たそうにエティが目を閉じている。長旅の疲れが出たのかと思ったが、エティの様子はいつもと明らかに違っていた。

いつも薄く白く発光する螺鈿の翼だけでなく、全身が光に包まれ、その光に溶けるようにエティの輪郭がぼやけていく。

血の気が引いて、チトセはエティを手に載せ、呼びかけた。

「エティ!? エティってば! どうしたの? 体調が悪いの!?」

呼びかけが聞こえないのか、エティは膝を抱えるようにして丸くなる。

エティがうっすらと目を開けた。

「ダイジョウブ……」

安心できるはずがない。

チトセはすぐに部屋の扉を押し開けた。

「アシエラさん! エティが! エティが消えちゃう!」

滅多に大きな声を出さないチトセが泣きながら駆け寄ったことで、手紙を読んでいたアシエラは面食らった顔をしながらも椅子から腰を浮かせた。

チトセの声が聞こえたのか、店の方からも精霊たちがぞろぞろとやってくる。

アシエラはチトセの手の中でぼんやりと光に溶け消えていくエティを見てから、安心させるようにチトセの両肩に手を置いた。

「落ち着いて。孵化するだけだから」

「……孵化?」

孵化と聞いて、チトセは孵化精霊のシャンジを見る。

「本当?」

「俺もこんな感じだったんだなぁ。あの時は眠くて仕方がなかったけど」

言ってるそばから、チトセの手の中でエティは光の玉のようになり、ふわりと浮かんでチトセが胸元に忍ばせている短剣へ吸い込まれた。

エティが宿っている短剣が今までにないほど魔力を帯びている。蝶が羽化の前に蛹になるように、エティが短剣に籠ったらしい。

どうやら消滅するわけではないと分かって安心しつつも、チトセは短剣を服越しに両手で押さえる。

冷静さを取り戻した頭が状況の悪化を悟っていた。