軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十話 精霊魔法

早朝、宿を出発したチトセは旅行鞄を背負いアシエラの後についていき、船着き場にやってきた。

海から立ち昇る白い靄が船着き場を覆っている。薄靄の中から昇る朝日を見上げていると、アシエラに背中を押された。

「オーミーちゃんのところは今日も蚤の市に参加してるから、見送りできないそうだよ」

「仕事が優先なのは当たり前でしょ」

アシエラに応えながら、船着き場に降ろされたタラップに足をかける。

タラップは意外と安定していて揺れもしない。乗り込む船は川を遡上する大型の運搬船で横幅が広くややずんぐりした印象を受ける。

タラップを上がって左舷の連絡通路から甲板へ向かう。先に乗り込んだ客が船からの川の景色を眺めようと船縁に駆け寄るも、薄靄で制限された視界にがっかりしていた。

「晴れていれば町や海を眺められるいい景色なんだけどね」

「アシエラさんはこの船に乗ったことがあるの?」

「何度かね。経験上、この靄も出発する頃には晴れるから、それまでに客室に行こうか」

甲板から客室のある廊下に入る。客室が十部屋、廊下を挟んで向かい合わせに並んでいた。船員の部屋は甲板下の貨物室横にあるそうで、この廊下を使うのは客だけだ。

部屋番号を確かめて中に入る。客室は船の上だけあって狭いが掃除が行き届いており、揺れが少ない川船なのもあって居心地がよさそうだ。

秘密基地のような狭さが琴線に触れたのか、エティがチトセの肩から飛び立って客室を飛び回ってはしゃいでいる。シャンジたち孵化精霊もそれぞれの居場所を早くも定めたようで思い思いの場所に降り立ってくつろぎ始めた。

ベッドの上に座り、チトセはアシエラに質問する。

「どれくらいで帝都に着くの?」

「港に立ち寄りつつ三日くらいだね」

川の流れに逆らって進むのに意外と早い、と感心しながら、チトセは窓の外に目を向ける。靄はいまだに晴れず、対岸も見えない。

靄が晴れるまで勉強する流れかな、とチトセは意識を切り替える。

案の定、アシエラが声をかけてきた。

「チトセちゃん、勉強しようか」

「はーい」

船の上で三日間、勉強尽くしを覚悟しながらチトセはアシエラを見る。

アシエラはかつてないほど真剣な顔でチトセを見つめていた。

「……どうしたの、真剣な顔をして」

アシエラの視線に警戒しながらチトセは聞く。自然と胸元の短剣に手が伸びていた。

アシエラはエティに呼びかける。

「エティも勉強してもらうよ」

「ナンダ?」

空っぽの花瓶の中を覗き込んでいたエティが首を傾げてチトセの肩に飛んでくる。

アシエラはチトセとエティを見据えて説明を始めた。

「帝都に戻るにあたって、一番気になるのは裏町の殺人鬼。店の中にいる分には返り討ちにするのは難しくないけど、外出禁止は現実的じゃない。だから、チトセちゃんには護身術として精霊魔法を覚えてもらう」

精霊魔法と聞いてチトセは少し悩んだ。

自分自身の魔力を使用する通常の魔法とは違い、精霊魔法は自分と精霊の魔力を使用し連携して発動する魔法を指す。

精霊との意思疎通が必須なため前提として精霊が視えなくては扱えない。その性質から、エルフの専売特許とされる魔法だ。

魔法の発動過程を分担できるため複雑な効果の魔法が使えるだけでなく、精霊と魔力を出し合うことで大規模な魔法の発動も可能。利点ばかりに見えるが、そうとも限らない。

アシエラはエティを見る。

「傾向として、宿り精霊は精神的に未熟で魔力も不安定なんだ。精霊魔法を使う際、エティが制御に失敗する可能性が高い」

アシエラに言われるまでもなく、チトセも同じ心配をしていた。

チトセ自身も魔法を使ったことがない。エティは精霊としての特性なのか最初から魔法を使えるのだが、子供っぽさが抜けていないため危険だからと魔法の使用をチトセが禁止しているほどだ。

それに、チトセは年の割にだいぶ落ち着いた性格なのを自覚しているが、エティは感情豊かで思慮が足りない。不用意に魔法を教えると怒って暴れた時に手が付けられなくなる。

チトセは首を横に振った。

「止めておいた方がいいと思う。普通の魔法を教えて」

「普通の魔法だと、チンピラでも使える奴がいるからあまり役に立たないんだよ」

大人びているとはいえ十歳そこらのチトセに殺傷力の高い魔法を教えるわけにはいかない。そうなると、チンピラの方が取れる手段が多くなる。

目くらましなどの効果がある魔法を使う手もあるが、チトセが狙われていると仮定すると抑止力として心もとない。

その点、精霊魔法は威力もさることながら精霊側が監督できる上、精霊が視えない人間からするとどこから魔法が飛んでくるのか分からないため回避や防御が難しい。

「そこで、シャンジの出番だ」

アシエラが窓辺のシャンジに呼びかける。

初耳だったのか、シャンジがきょとんとした顔でこちらを見た。

「孵化精霊のシャンジなら精神的にも大人でチトセちゃんの護衛役としても監督役としても申し分ないからね」

「待て待て、なんで俺なんだよ。精霊魔法ってことならアシエラが連れている孵化精霊の誰かの方が適任だろう」

抗議するシャンジにアシエラは笑顔で畳みかける。

「だって、シャンジは子供好きでしょ」

「……別に好きじゃねぇよ」

「しかもチトセちゃんに少なからず恩を感じてる」

「……分かったよ。やってやるよ」

あっさり陥落したシャンジがチトセの方へ飛んでくる。

アシエラは満足そうに頷いて精霊魔法の講義を始めた。