作品タイトル不明
第十九話 子守唄の由来
リンテラを店の中に入れて子守歌を教えること数分。
蚤の市開催から五日が経っていることもあって会場内の客は比較的少なかったのにもかかわらず、宿り木の庭の前には人が集まり始めていた。
売り物を見るばかりだったイベントに歌声が混ざったのが要因だろう。チトセが歌う子守唄はもともとこの地で歌われていたこともあり、現地の人々の感性に合っているのも大きい。
徐々に集まってくる人に眺められて顔が赤くなるチトセを、隣の店番をしているオーミーが面白がる。
「チトセちゃんって恥ずかしがり屋だよね」
「慣れてないんだよ。あ、今のところ音が違う」
裏町育ちで注目を集めることとは無縁だったチトセは微笑ましく眺められながら歌詞の意味も分からない子守唄を教える羞恥に耐えつつ、リンテラに教える。
もう一人の講師役シャンジは、チトセとアシエラにしか見えないのを良いことに気楽に笑っていた。
歌詞の発音だけ書き起こしてリンテラに渡していると、古書店主のフラーヤが人数分の飲み物を片手に帰ってきた。クッキーを頬ぼる孫娘のオーミーを見て買い出しに出ていたらしい。
店の前の人だかりを不思議そうに横目に見ながら店に入ったフラーヤがオーミーに果実水を渡して尋ねる。
「これはいったい、何の騒ぎだい?」
「チトセちゃんが子守唄を教えることになったの」
「子守唄?」
状況が分からないと首を傾げるフラーヤと目が合う。
野次馬が増えて渋い顔をしながらも、チトセはリンテラに子守唄をもう一度通しで聞かせようと口を開いた。
しかし、中盤に差し掛かる前にフラーヤが立ち上がりチトセの歌声をかき消すように手を叩きながら野次馬の注目を集める。
「申し訳ないが、買わないのなら先に進んでくれないかね。通路は狭いんだ。客の流れが悪くなると周りにも迷惑になってしまう」
フラーヤの言い分はもっともで、野次馬たちは残念そうな顔をしながらも動き出す。迷惑料がわりにと近くの店で買い物をしていく野次馬もいた。
野次馬たちが散ると、フラーヤはチトセとアシエラ、リンテラに向き直る。
「チトセちゃん、その曲を歌うのは止めときな」
野次馬を解散させてまで止めるフラーヤにただならぬ気配を感じ、チトセは素直に口を閉ざす。
アシエラが孵化精霊たちに周囲の気配を探るように伝えてからフラーヤを見た。
「フラーヤさん、理由を教えてもらってもいいかな?」
「さっきの子守唄はサウベリア王国古語なのはアシエラさんなら分かると思うが、由来がちょっとまずいんだ」
「由来?」
子守唄についてはシャンジが歌うまでアシエラも聞いたことがなかったほどで、由来を知らないのも無理はない。
フラーヤは古書の一冊を手に取った。
「サウベリア王国の成立までがまとめられた歴史書だ。複数の島国を取り込んでサウベリア王国は成立するんだがね。そのうちの一国はサウベリア王家に王女を嫁がせている。さっきの子守唄はその王女が送り出される際に歌われた詩が歌詞になっている」
その内容は、サウベリア王家の永続を願うものであり、サウベリア王家で代々歌い継がれた。
チトセは思わずシャンジを見た。
サウベリア王家の滅亡はおよそ五十年前。シャンジが揺り椅子に宿っていた頃にこの子守唄を聞いたということは、あの揺り椅子はサウベリア王家所縁のアンティークということになる。
チトセがシャンジと揺り椅子の出自に驚いている間に、アシエラは事の重大さに気付いて顔をしかめた。
「不味ったね。私としたことが……」
リンテラが遅れて事態の厄介さに気付き、アシエラとチトセに頭を下げる。
「独立機運が高まっている時に唄うものではありませんでした。大変なご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありません」
「歌詞の内容が分からなかったんだから仕方がない。由来の方もね。フラーヤさん、今の話ってどれくらい知られているの?」
「よほどの本好きでもないと知らないとは思う。ただ、白光螺鈿を探してるって若い男の話をチトセちゃんもしていただろう。そいつなら調べてあってもおかしくないね」
「すでに目を付けられていたわけだし、余計に気を引いたかもしれないか」
蚤の市への参加は今日まで。明日には町を出るため考えすぎともいえるが、帝都にアシエラの店『宿り木の庭』があることは知られている。
チトセはアシエラを見る。
「帝都の店まで来るかな?」
「流石にないとは思うけどね」
備えるに越したことはないか、とアシエラは呟いて周囲を確認して戻ってきた孵化精霊のうちの一体、ティ・キーに話しかける。
「帝都の店に送り返す商品の護衛をお願い」
「ふむ、よかろう。不届き者が荷を検めるかもしれんのだな?」
「そういうこと」
蔓髪コック帽がトレードマークのティ・キーは優雅な一礼をするとふわふわと舞い上がって商会の方へ飛んで行った。シャンジが宿っていた揺り椅子の発送を頼んだ商会だ。
大事になって恐縮しているリンテラに「気にしなくていいよ」と声をかけて、アシエラはシャンジに道中の護衛を任せて見送った。
「チトセちゃん、店仕舞いにしよう。早めに宿で休んで、明日は朝一で船に乗って帰るよ」
「……うん」
また迷惑をかけている。
チトセはそっと胸元の短剣に手を当てた。