作品タイトル不明
第十八話 最終日
蚤の市が始まって五日。
宿り木の庭にとっては最終日だが、蚤の市自体はまだ十日ほど続くらしい。
チトセは売り上げの計算をしているアシエラに声をかける。
「黒字になりそう?」
「トントンといったところだね。ただ、伝手もできたから悪い結果ではないよ」
蚤の市だけあって、宿り木の庭以外にもアンティーク店がいくつか出ている。花瓶などの焼き物に特化した店や玩具に特化した店など尖った個性のある店もいくつかあって、見て回るだけでも楽しい。
アシエラはそういった店の主と交流して連絡先を交換したり、商品の融通を行ったりと帳簿に現れない利益を積み重ねていた。
顔つなぎに連れまわされたチトセも業界に若手が少ないこともあって方々で可愛がられ、持たされたお菓子をオーミーと一緒に食べている。
ナッツがふんだんに練り込まれた香ばしいクッキーをリスのように頬張って、オーミーの機嫌がすこぶるいい。
今日がチトセの参加最終日と知って泣きそうだった朝とはまるで違う明るい笑顔だ。
「おいしーい!」
「よかったね」
オーミーがあまりに美味しそうに食べるので、店の前を通る客が大広場の外にある食べ物屋台の方へ流れている。
朝食がもっと少なければ、チトセも食べていただろう。
昼食代わりに食べようかと思っていると、店の前に客が立つ。アンティークのペーパーナイフに興味を示したらしい。
客はアシエラとチトセを交互に見た後、チトセの方に話しかけてきた。
「このペーパーナイフはディグジニア協商連合の物であってる?」
「はい。現在も営業しているピエラドル工房の作品です」
「材質は?」
「真鍮です。持ち手は黒檀」
飾り気はないが質素ではなく質実剛健な印象を受けるペーパーナイフだ。持っているだけで仕事ができそうな雰囲気が出るデザインである。
客もこのペーパーナイフが似合いそうな紳士で、ペーパーナイフについている精霊も期待がこもった目で客を見上げている。
「銀貨一枚くらいかな?」
「はい」
宿り精霊がチトセに「ネサゲ、シテ!」と言っているが無視する。安売りはしない。
結局、客は財布を開いた。
「ありがとうございます」
「あぁ、大事にするよ」
去っていく紳士と宿り精霊に頭を下げて、チトセはアシエラを見る。
「大分、寂しくなったね」
この五日間でそれなりの商品が売れている。宿り精霊で賑わっていた当初を思えば、店の中も寂しくなった。
アシエラはチトセに笑いかける。
「また会えるさ。チトセちゃんはまだまだ長生きするんだから」
「お祖母ちゃんになるまで居候なんてしないよ」
「ずっといてくれていいのに。売り上げにも貢献してくれるから大歓迎だよ」
ちゃんと弟子を取ればいいのにと思いながら、チトセは定位置になった椅子に座る。
店が静かになったと感じているのは残っている宿り精霊たちも同じらしく、暇を持て余してお昼寝をしている。宿り精霊にせがまれたのか、シャンジが子守唄を歌っていた。
相変わらず引き込まれるような唄だ。
気を抜くと船を漕いでしまいそうだが、チトセはこの数日で対処法を見つけていた。
自分も歌ってしまえばいい。
シャンジに合わせて小声で歌い始めると宿り精霊たちが次々と陥落していった。
「……お礼に伺ってみれば、またこの曲が聞けるとは思いませんでした」
そう震えた声を掛けられて、チトセは宿り精霊たちの寝顔から、いつの間にか店の前に立っていた客に目を向ける。
リンテラがそこに立っていた。
懐かしさからか、うっすらと涙を浮かべるリンテラはチトセに笑いかける。
「幼い頃の勘違いか記憶違いだと思っていたけれど、あの精霊は本当に居たのね。また聞けるとは思わなかったわ。ありがとう」
リンテラは中腰になってチトセと目線を合わせ、続けた。
「あの椅子を売ったお金でお薬代を捻出できました。あの精霊がまだ椅子に宿っているなら、礼を言っておいてください」
「……そこにいますよ。孵化精霊なので」
チトセはシャンジを指さす。
我関せずの態度を取っていたシャンジが驚いたようにチトセを見た。
「おい、精霊が視えることはあまり話すもんじゃねぇぞ」
「もうバレてるんだからいまさらでしょ。エルフと一緒にいる時点で察する人は察するんだし」
精霊が視えないリンテラにはシャンジの姿は見えず、声も聞こえていない。それでも、チトセを信じてシャンジに声をかけた。
「揺り椅子のことをアシエラさんに伝えたのもあなたなんでしょう? 本当にありがとう」
シャンジはリンテラを見上げて口を開きかけ、そっぽを向いた。
「俺は宿っていた椅子が不憫に思っただけだ」
憎まれ口を叩くシャンジを無視して、チトセはリンテラに伝える。
「口の悪い精霊なので憎まれ口を叩いていますが、孵化精霊なのにいつまでもあの家に留まっていて、リンテラさんの体調の悪化を知っていたことも考えると、心配していたのは間違いないですよ」
「おい、チトセ!」
抗議しかけたシャンジに、見守っていたアシエラが割って入った。
「シャンジ、また言葉を交わせる機会があるとは限らないよ」
自身より年上のアシエラに言われてはシャンジも言葉を続けることはできなかった。
チトセはシャンジに手の平を向けた。渋々といった様子でシャンジがチトセの手に飛び乗る。
シャンジが乗った手の平をリンテラの前に掲げた。
「ここにその孵化精霊、シャンジがいます」
視えていなくとも、リンテラは再会を喜んで笑う。
「よければ、さっきの子守唄を教えてもらえないかしら?」
おそらく最後になるだろう交流を望むリンテラにシャンジが悩むような顔でチトセを見る。
一瞬意味が分からなかったチトセだが、通訳の自分が歌う羽目になるのだと気付いて思わず天を仰ぐ。
誰にも聞こえないよう小声で歌うのとは違い、人前で歌うことになるとは思っていなかった。
しかし、これも身から出た錆だと覚悟を決めて、チトセは頷いた。
「私もシャンジも歌詞の意味は分かっていないので、発音とか無茶苦茶になるかもしれませんよ?」