作品タイトル不明
第十七話 子守歌
揺り椅子をリンテラから引き取り、アシエラは即金で払って宿に引き上げた。
「業者要らずだね」
アシエラが孵化精霊たちと協力した魔法で揺り椅子を宙に浮かせて運んでいる。精霊が視えているチトセからしてもとんでもない技術だと分かる。
アシエラが供給する魔力を孵化精霊たちがそれぞれ利用して魔法を発動している。それらが組み合って一つの複雑精緻な魔法のようになっていた。
ただ揺り椅子を運び出すだけなのに、技術の無駄使いな気もする。
蚤の市もあって人通りの多い道をじろじろ見られながらとある商会に向かう。帝都にも支店を置く大規模な商会だ。
アシエラは慣れた様子で鞄から何枚かの紙を出し、受付嬢に渡した。
用向きを聞こうと口を開きかけていた受付嬢はすぐに切り替えて紙を受け取ると内容に目を通し、後ろで事務作業をしている中年男性に渡した。
二分ほどで戻ってきた受付嬢がアシエラに紙を差し出す。
「――発送の手続きはこれで完了です」
「ありがとう。ここは仕事が早くて助かるよ」
「光栄です。またのご利用お待ちしております」
丁寧に頭を下げる受付嬢に見送られ、商会を出た。
シャンジがふわふわとついてくる。孵化精霊なので椅子と共に帝都に発送されるのを待つ必要がないのだろう。
「ありがとよ、アシエラ。気がかりがなくなって、晴れて自由の身だ」
「私は商売をしただけだよ」
赤字なのによく言うよ、とチトセは思うも口には出さなかった。
だが、チトセから見てもシャンジが付いていた揺り椅子は立派な品だ。買い手がつく可能性は高く、輸送料を考えても黒字になる公算がある。
宿に到着し、今度こそのんびりしようと思いながら階段を上る。
「チトセちゃん、一緒に夕食を食べながら勉強ね」
「……はい」
疲れているが、日々の積み重ねが重要なのは知っている。
なにより、チトセは気になることがあった。
輝く螺鈿模様のエティの翼を横目に見て、チトセはアシエラにどう切り出すべきか考える。
アシエラの部屋にぞろぞろと入り、椅子やテーブルに各々が座った。
シャンジがふわふわと飛び、窓辺に着地した。
「もうじき海も見納めか」
「たまには飛んでこれるよ。魔力を蓄えておけば消えることもないからね」
アシエラの言葉にシャンジは頷きつつも海から目を離さなかった。
エティがチトセの肩から飛び立ち、シャンジの隣に降り立つと共に海を眺め出す。
「それじゃ、勉強しようか」
アシエラがそう切り出して講義を始める。流石にチトセが疲れているのは察しているようで、復習をメインにした簡単なものだ。
サウベリア王国の時代区分と当時の生活様式や流行の話、それらを踏まえたうえで家具や小物がどのように発展していったのかを説明するアシエラの講義を聞きながら、チトセは重い瞼を何とか開けておく。
「芸術分野ではイカ墨を使った絵もあるんだけど、ディッセラ帝国との戦に巻き込まれて多くが散逸していて、所在が分かっている有名どころは――」
こくりと首の力が抜けて頭が落ちた感覚で若干目を覚ます。
苦笑するアシエラの視線を感じながら持ち直したチトセは、小さな笑い声が窓辺から聞こえてくるのに気が付いた。
目を向ければ、シャンジが窓の外に向けて何かを歌っている。
夜の海に沈み込むような暗く深い曲調なのに、どこか波間を漂うような安心感も覚える子守歌。どこか懐かしさを覚えるその曲の歌詞はチトセにも分からない。
子守歌でまんまと眠気を誘われているチトセをエティが笑ったらしい。
目をこすって眠気を払おうとしても、頭がぼんやりしているのを自覚して、チトセはあくびをひとつ。
いつのまにか講義をやめたアシエラがシャンジの歌声に耳を澄ませていた。
聞いていると本格的に眠ってしまいそうで、チトセは子守歌に引き込まれそうになる思考を現実に戻す。
「聞いたことのない言葉だね」
「大昔にサウベリア王国周辺で話されていた言語だよ。もう話者はいないはずだけど」
サウベリア王国の成立と共に共通語が定められ、淘汰されてしまった言語らしい。
「私も初めて聞く子守歌だよ」
「そうなの?」
アシエラの言葉に驚いて、チトセは思わず聞き返した。
チトセはこの子守唄を知っている。
五年前、遊んでいる途中にデポッサが直した椅子を壊してしまい、大泣きして謝った日の夜。申し訳なさで眠れなくなっているチトセを見かねたデポッサが呆れ顔で枕元に座り、歌ってくれた子守唄だ。
アシエラはシャンジを眺めて首を傾げる。
「なんでシャンジが知ってるんだろうね?」
宿り精霊が孵化するまでの期間は様々だが、アシエラよりもシャンジの方が年下なのは間違いない。
シャンジが宿り精霊として目覚めた時点で失われた言語だとアシエラは説明してくれた。
歌い終わったシャンジがこちらを見る。
「初代の持ち主が歌っていたんだ。宿り木の庭に流れ着くずっと前の話だな」
「なら、サウベリア王国の末期ってこと?」
チトセが確認すると、シャンジは頷く。
窓の外に足を投げ出して前後に揺らしながら、シャンジは続ける。
「宿り精霊として生まれたばかりの頃だ。記憶も定かじゃないが、どでかい別荘の一室で生意気そうなガキがいた」
アシエラが時系列を頭の中に浮かべて逆算する。
「シャンジがついていたあの揺り椅子が店に来たのが四十年くらい前。あの揺り椅子が二百年ほど前のアンティーク家具だから、シャンジが宿るまでの期間も含めると百年前後前の話かな」
「あのガキももう死んでるだろうな。名前も覚えちゃいないが」
シャンジは遥か海の向こう水平線をも越えたどこかを見つめて肩をすくめる。
「初代の持ち主だった婆さんがあの生意気なガキに歌っていた。先祖代々が歌い継いでいるとかなんとか。今もどこかで歌われているかもな」