作品タイトル不明
第十六話 流香家具
シャンジが宿っていた流香家具の椅子を所有しているのは、町でも有数の地主だ。
アシエラ曰く、三十年前どころかサウベリア王国時代から知られていた有力者の家系らしい。
チトセは緊張していたが、アシエラはいつもの調子で鼻歌交じりに守衛の下へ歩み寄って声をかける。
「こんにちは。三十年前にこの家に流香家具の椅子を売った宿り木の庭の店主、アシエラです。家主への面会を求めます」
「えっ、あぁ、はい。事前の予約は?」
「ないので、都合がつかなければまた後日に参ります」
「はぁ。少々お待ちください」
気さくに声をかけてくる高貴なエルフに面食らったまま、守衛が家主に取り次いだ。
シャンジがチトセの横を飛ぶ。
「所有権は娘のリンテラにある。そちらと交渉してくれよ?」
「当然だね」
守衛から話を聞いたらしい所有者のリンテラが玄関先に顔を出した。三十歳前後の女性だ。アシエラを見て困惑顔をしている。
「宿り木の庭の店主アシエラです。こちらは従業員のチトセ。リンテラさんのお母様に流香家具の椅子を売ったのですが、それについて少々お話をさせていただきたいんです」
すらすらと訪問理由を語ると、リンテラはようやく納得したように何度か小さく頷いた。
守衛に何かを言い含めて遠ざけた後、リンテラは玄関にアシエラとチトセを手招く。
「母から話を聞いたことがあります。しかし、母はすでに他界していまして」
「お悔やみ申し上げます」
アシエラの見様見真似でチトセも手を合わせる。
リンテラはアシエラとチトセを家の中、広々とした客間に招いてくれた。使用人がすぐに果実水と菓子を運んでくる。
お菓子を置くケーキスタンドはガラス製のヴィンテージで、窓から差し込む光を透かしてテーブルに美しい幾何学模様を描いている。
リンテラが顔を背けて少しせき込んだ。
「失礼しました。春頃からの長患いでして」
チトセはちらりとシャンジを見た。物置にしまい込まれた流香家具の椅子についていたというが、今は孵化して椅子から離れていられる。そんなシャンジがリンテラの体調を知らないとは思えなかった。
シャンジが心配そうにリンテラを見つめている。リンテラの方は視線に気付いた様子がない。精霊が視えないのだろう。
リンテラの体調を考えると、早めに切り上げた方がよさそうだと判断したアシエラが本題に入る。
「できれば、流香家具の椅子を買い取らせていただきたいんです」
「今は物置にしまい込んでそのままですから、買い取っていただくのは構いません。ひとまず、状態をご覧になりますか?」
アンティーク家具とはいえ母の遺品でもある椅子のはずだが、意外とすんなり売ってくれそうだ。
用意してもらったお菓子に手を付ける暇もなく席を立ち、物置へ案内してもらう。建物の奥、半地下になったその物置はずいぶんと広々としていた。帝都裏町にあるチトセの家が丸々入るほど。
リンテラがハンカチで口元を押さえているが、掃除されているらしく埃は立たない。
「えっと、どこにやったかしら」
リンテラがきょろきょろと椅子を探して視線を彷徨わせる。
シャンジがチトセの横を抜けてアシエラの前に飛び、椅子の方を指さした。衝立の裏にあるらしい。
アシエラが迷うことなく衝立の裏を覗き込み、リンテラに声をかける。
「ありましたよ」
「あら、そんなところに」
衝立の裏から引っ張り出されたのは大きな揺り椅子だった。流木で作られたとは思えない精巧なデザインで肘置きや背もたれに曲線を基調にした彫刻が施されている。
「少しカビが生えていますが、これなら除去できます。夏になれば根を張っているカビも自然に除去されますから」
流香家具は日の光に当てた際に発する香りで自身に付いたカビを除去できる。その特殊性は高級家具とされる理由の一つだ。
もう少し調べてみるというアシエラの検査を見守りながら、リンテラが懐かしそうに目を細める。
チトセは揺り椅子を運び出せるように通路を塞ぐ荷物をずらす許可を取ろうと、リンテラに歩み寄った。
リンテラがチトセに気付いて柔らかく笑う。
「お弟子さんはエルフと同じで精霊が視えるのかしら?」
「弟子ではありません。……視えますけど」
あまり言いふらすようなことではないが、エルフと一緒にいる時点で察する人は察するだろう。
素直に答えるチトセにリンテラは寂しそうな顔で椅子を指さした。
「信じてもらえないかもしれないけれど、子供の頃、この椅子に座っていると精霊が子守歌を歌ってくれたの。父や母の目を盗んで何度も座って、子守歌をせがんだわ」
娘にも聞かせてほしかったとリンテラが呟いた時、使用人が物置の前に立った。
「奥様、キャルナ様がお帰りになりました」
「あら、今日は早いのね。すみません、アシエラさん、娘が帰ってきたので少し席を外します」
断りを入れてからリンテラは娘を出迎えるために物置を去っていった。
代わりに使用人が物置に入ってくる。
チトセはリンテラの背中から視線を外し、すぐ近くに浮いているシャンジを見た。
「キャルナっていう娘さんも精霊が視えないの?」
「視えねぇし、聞こえねぇ。血縁者でも視えるとは限らねぇんだ。まぁ、視えている子が大人になって見えなくなるのは極まれなはずだがな」
もっと長い付き合いになると思っていた。そう言って、シャンジはアシエラの下へ飛んでいく。
「別れ時ってぇもんさ。リンテラの薬代くらいにはなるだろ」
「……意外とお金がないんだね」
チトセは小さく呟く。
この物置にはシャンジが付いていた椅子以外にも色々と価値のある骨董品があるのだが、迂闊に手放すと家の財政事情を勘繰られる。
有力者も案外大変なようだ。