軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

疑惑

永禄三年(1560年) 十一月上旬 山城国葛野・愛宕郡 西洞院大路 飛鳥井邸 飛鳥井基綱

「珍しいな、二人揃って来るとは」

俺の前で葉月が顔を綻ばせ重蔵が苦笑を浮かべた。今日の重蔵は桔梗屋の番頭といった格好だ。

「色々とお伝えしたい事がございまして……。先ずは葉月、そなたの報告を」

重蔵の言葉に葉月が”はい”と艶やかに笑いながら答えた。

「宇治川の葦の運上の件でございますが」

「うむ」

「五千五百七十一貫となりました」

思わず”ほう”と嘆声が出た。思ったよりも多いな。いや、待てよ。

「それは掛かった費えを引いたものなのでおじゃろうな」

葉月がニッコリと笑って”はい”と答えた。うん、それなら良い。

「ならば五百七十一貫はそちらの取り分だ」

「はて、一割では?」

「端数が出ては面倒だ。それにケチには誰も付いていかぬ。桔梗屋の取り分は五百七十一貫で良い」

葉月が”ホホホホホホ”と声を上げて笑った。揺れるわ、お見事! 重蔵も一瞬だが目を奪われていたぞ。

「五千貫の銭だが千二百貫ずつに分けて朝廷へ運んで欲しい。余った二百貫もな」

「はい、何時頃運びましょう」

「そうだな、五日後に頼む」

「承知致しました」

公方と三好修理大夫を呼ばねばならん。それに帝にもお伝えしなければ……。千二百貫か、現代ならば二億円程だ。喜んでくれるだろう。

「ところで淀川の葦の運上の件でございますが」

「……」

「こちらも五千貫程になったそうでございます」

「そうか」

三好修理大夫もニコニコだろう。勝ち戦とはいえ戦には金がかかる。この時期に五千貫の臨時収入は大きい筈だ。

「三好修理大夫は大分喜んでおりますそうで。新蔵人様に礼をしなければと申しているそうにございます」

礼か、刀でも持ってくるのかな。

「適当な領地を家臣に探させているとか」

「なるほど、領地か」

「はい、千石程の」

「千石? それは受けられぬな」

思わず声が高くなった。飛鳥井の本家だって千石はないぞ。

「いえ、お受けなされた方がよろしゅうございます」

進めたのは葉月じゃない、重蔵だった。

「如何いう事だ?」

「三好家内部に新蔵人様を危ぶむ、いえ懼れる者が増えております。足利の味方ではないが三好の味方でもない。それを不安視しているのでしょう。三好の味方になるべきとは申しませぬがあちらの好意は素直に受けられた方がよろしゅうございます。断っては益々不安視致しましょう」

「……」

黙っていると葉月が“新蔵人様”と言った。

「新蔵人様は近衛家と親密な関係を結んでおられますな。その事も不安を煽る要因となっております。関白殿下は越後に下向しており長尾は関東に攻め込みました。関東を制すれば次は上洛、その時に新蔵人様が如何動くか、それ次第では朝廷も反三好になりかねぬと不安視しているのです」

重蔵、葉月が心配そうな表情をしている。かなり拙い状況らしい。

「誰だ? 三好孫四郎の他に誰が居る?」

二人が顔を見合わせた。

「三好豊前守、安宅摂津守、十河讃岐守」

「他にも鳥養兵部丞貞長、松山新太郎重治、岩成主税助友通などが新蔵人様を危険視しております」

良くないな。三好修理大夫の弟達と重臣達か。危険視していない奴の方が少ないとは……。

「分かった。所領は有難く受け取ろう」

二人がホッとしたような表情を見せた。名義は春齢にした方が良いかな? いや、変な小細工は止めよう。素直に受け取る。その方が安心する筈だ。

千石ともなると相当な広さだな。折角だから米以外にも作ってみるか。何が良いだろう? 朽木と競合するような物は止めよう。それ以外と言うと……。ふむ、葡萄、ミカンだな。葡萄は甲州、ミカンは紀州に有る。桃とか梨、林檎も植えて果樹園みたいなものを作ったら如何だろう? 三好が領地を与えるというのだから畿内の筈だ。結構需要が有るんじゃないかと思うんだが……。いや、その前にこの邸で試してみようか? サンプルとして宮中に持って行って食べてもらう。うん、行けるかもしれない。他にも珍しい物が有ったら試してみよう。

「三好家だけでは有りませぬぞ。幕府内部でも新蔵人様を敵視する勢いが強まっております。ご注意下さい」

「……三好からも幕府からも敵視されるか。やれやれでおじゃるな」

うんざりした。軽口を叩いたが重蔵も葉月もニコリともしない。相当に危ないのかな。

「先日、御台所様が近衛家に戻られました」

「うむ」

「飛鳥井家の方々を始め多くの公家の方々が扈従なされました。町衆達はその盛大さに流石は近衛家の姫君であると驚いております。幕府内部では新蔵人様が取り計らったと見て快く思っておりませぬ」

「馬鹿な。御台所でおじゃるぞ。幕府の威が上がったと喜ぶべき事でおじゃろう」

呆れた。何考えてるんだ? 確かに俺が皆で送ろうと声をかけたよ。飛鳥井一族の他に山科、葉室の大叔父、広橋権大納言、烏丸権大納言、その息子の烏丸権右少弁、勧修寺権中納言、その息子の勧修寺左少弁、正親町三条宰相中将、高倉右衛門督、甘露寺右中弁 中山権大納言とその息子の中山左近衛少将……。そんなものだったな。毬は目を潤ませていた。重蔵が首を横に振った。

「御台所様が近衛家に戻って以来、室町第では今まで以上に側室の小侍従への公方様の寵愛が深まっているそうです」

重蔵が意味有り気に俺を見ている。つまり進士一族の影響力が強まっているという事か。進士一族にとって俺は大事な義輝をコケにしまくる敵だ。毬が居なくなって喜んでいる時にその男があてつけがましく毬を盛大に近衛家に送った……。

「なるほど、またあぶれ者を寄越すかな?」

「油断は出来ませぬ」

「危険でございます」

重蔵と葉月が俺を心配してくれる。有難い話だよ。敵ばかりだからな、涙が出そうになるほど嬉しいわ。

「分かった、気を付けよう」

二人が頷いた。

「ところで、紀伊に押し込まれた畠山でございますが」

「うむ」

「六角と頻りに文の遣り取りをしているようにございます」

重蔵がこちらをジッと見ている。思わず失笑した。

「懲りぬ男でおじゃるの。だが岸和田城に十河讃岐守が入った。そう簡単には動けまい」

畠山との戦が終わった後、三好修理大夫は弟の十河讃岐守を岸和田城に入れた。岸和田城の役目は紀州の監視だ。猛将と評価の高い讃岐守を岸和田城に入れたという事は修理大夫は畠山を甘く見ていないという事だ。いや、待て。十河讃岐守は……。

「如何なされました?」

葉月が心配そうに俺を見ている。

「御顔を顰められましたが……」

「いや、何もおじゃらぬ。公方、坂本の前管領も絡んでいるのかな?」

重蔵が“はい”と頷いた。そうか、進士一族は反三好でも急先鋒だったな。なるほど、関白が越後にあり太閤は倒れた。そして毬も室町第を去った。反三好派の勢力が拡大するわけだ。これを抑えられるのは慶寿院だけだが分が悪いな。警告するか? しかしなあ、室町第に行くのは気が進まん……。

「畠山は必ず河内を取り返すと周囲に言っているとか。六角も三好と戦いたがっております」

「本当か?」

重蔵が“はい”と頷いた。

「左京大夫は外に敵を作りたがっているようで……」

なるほど、右衛門督の所為で家中に不満がある。三好という強い敵を持つ事で家中の不満を抑えようという事か。浅井では不満を抑える事は出来ないという事だ。

「重蔵」

「はっ」

「畠山、六角、前管領、そして室町第から目を離すな」

「はっ」

「それと三好からもだ」

「はっ」

重蔵が畏まった。義輝の周りには三好に通じる者が居る筈だ。室町第の内情は直ぐに伝わるだろう。三好が如何いう動きをするか……。

「他には?」

「武田、今川、北条でございますが頻りに使者の遣り取りをしております」

「……武田には信濃で動いてくれという事でおじゃろうな。今川には援軍か、しかし出せるかどうか……」

重蔵に視線を向けると重蔵が頷いた。

「噂を流しましょう。ここで多少なりとも兵を出せば今川の立場が強くなると」

「そうだな。兵を出した後は……」

「三河では今川は関東を重視していると噂を流しまする」

「うむ、頼む」

そこまでいけば松平元康も織田との同盟を考えざるを得なくなる。

他に何かあるかと問い掛けると重蔵が“いえ”と首を横に振った。

「そうか、……拙い時に太閤殿下が倒れた。麿は御台所のためを思って近衛家に戻す事を勧めたがどうやら馬鹿共を付け上がらせてしまったらしい。今までよりもこれからの方が畿内は騒がしくなろう。頼むぞ」

「はっ」

二人が畏まった。

「それとな、九条、二条、一条を見張ってくれ」

二人が顔を見合わせた。

「何か不審な動きでもございましたか?」

「今は無い。だがな、重蔵。関白殿下は越後に下向した。本来有ってはならぬ事よ。それが出来たのは帝の関白殿下への御信任もさることながら太閤殿下の存在が有ったからだ。だが殿下が御倒れになった。九条、二条、一条にとっては関白殿下を追い落とす絶好の機会でおじゃろう」

重蔵が“なるほど”と頷いた。

「取り敢えずは運上で抑えられよう。今の朝廷にとって千二百貫は大きい。九条、二条、一条が何か言っても麿が抑える。だからな、九条、二条、一条から目を離すな。どんな些細な事でも麿に報せて欲しい」

「必ずや」

「御意に添いまする」

二人が畏まった。武力が無い以上生死を分けるのは目と耳、そして判断力になる。戦国時代は生きるのが厳しい。だがな、そのせいかもしれないが生きているという実感が有る。負けるわけにはいかない。

永禄三年(1560年) 十一月上旬 山城国葛野・愛宕郡 平安京内裏 飛鳥井基綱

「宇治川の葦の運上の件について言上致しまする。運上は五千五百七十一貫となりましておじゃります」

俺が報告すると紫宸殿にざわめきが起きた。“なんと!”、“それは!”なんて声と共に溜息も聞こえる。帝も目を見開いている。余程に驚いたらしい。昨日事前に話したんだけどな。うん、三好修理大夫は驚いていない。だが公方は目が点だ。

「お静かに願いまする。帝の御前でおじゃりますぞ」

声が止んだ。うん、気持ち良いわ。

「このうち五百七十一貫は葦の保全、売り上げを依頼した桔梗屋の取り分と致しまする」

またざわめきが起きた。多いとかそんなの必要無いとか言うんだろう。

「我ら公家に葦の売買が出来ますかな?」

「……」

「働いて貰った以上、それに対して報酬を与えるのは当然な事。吝嗇な者に人は付いて行きませぬぞ」

静かになった。皆ケチだとは言われたくないよね。義輝君、不満そうな顔をするんじゃない。そんなだから朽木で五年も冷や飯を食わされるんだよ。

「残りの五千貫を千二百貫ずつ四つに分けまする。二百貫が余りまする。この四つの千二百をそれぞれ帝、公方、三好修理大夫殿、麿で分けまする」

“ホウッ”と息が聞こえた。千二百貫なんて大金だもんな、溜息出るよ。

「如何でおじゃりましょうか?」

問い掛けると帝が頷かれた。公方、修理大夫も頷く。

「残りの二百貫でおじゃりますがこの二百貫は帝から民へお下げ渡し頂いては如何かと考えておじゃります。税を取るばかりでは民は不満に思いましょう」

帝が頷かれた。

「道理である。朕も徒に民を苦しめるのは本意ではない。だがどのような形で戻すのか?」

「されば、町衆の代表に祇園御霊会の支度金としてお渡しなされては如何かと。御霊会を盛大に行い日頃の憂いを忘れて楽しむようにと。如何でおじゃりましょうか?」

うん、これも話した。今のところ台本通りだな。帝が皆を見回した。意見を求めているのだが誰も何も言わない。重畳、重畳。

「新蔵人の意見を採ろう。良い案である。左府、町衆へ下げ渡す事を頼んで良いか?」

「はっ」

左大臣西園寺公朝が畏まった。

「千二百貫の銭は仁寿殿に置いておじゃります。公方、修理大夫殿、お受け取り下さい」

二人が頭を下げた。

「以上におじゃりまする」

俺が言上すると帝が“御苦労であった。良くやってくれた”と言って席を立った。皆が畏まってそれを見送る。帝の姿が見えなくなると皆がそれぞれに喋りながら立ち上がった。養母の所に行くかと考えていると“新蔵人殿”と声をかけられた。三好修理大夫が満面に笑みを浮かべながら近付いてきた。皆が俺と修理大夫を見ている。義輝もだ。

「お手数をお掛けしましたな」

「いえ、そのような事はおじゃりませぬ」

「いやいや、千二百貫、大金ですぞ。感謝しております。それに淀川の葦からは五千貫もの運上が上がりました。その事も礼を言わなくては。感謝しております」

彼方此方から“五千貫”という声が聞こえた。義輝は顔が強張っている。三好は六千貫、自分は千二百貫、五分の一だ。屈辱を感じているのだろう。わざとだな。修理大夫はわざと義輝の前で言っている。六千貫もの銭が入ったのだ。戦費に苦労する事は無いと言っている。義輝が畠山、六角と連絡を取り合っている事を知った上での挑発だろう。

「いずれ言葉だけではなく形をもってお礼をさせて頂きますぞ」

「有難うおじゃりまする。なれど余り大袈裟なものは困ります。程々に願いまする」

「新蔵人殿は無欲ですな」

修理大夫が声を上げて笑った。まあこれで俺が強請ったとは誰も思わないだろう。

養母の部屋に行くと養母と春齢の二人が少し興奮気味に迎えてくれた。

「聞きましたよ、運上は千二百貫になったと」

「兄様、凄い」

最近、この二人は御機嫌だ。俺が室町第に行かなくなったからな。だが春齢は俺が近衛邸に行くと不満そうな表情をする。宥めるのも楽じゃない。

「来年は正月の行事も少しは行えますね」

養母の問いにそう思うと答えた。だがまだまだ足りない。もっと稼ぐ必要が有るだろう。少しずつだが朝廷の財源確保に繋がれば良い。そして俺の財源になればな。運上で交易でもやってみるか? 堺の商人に頼めばそれなりの利益は出ると思うんだが……。

「畿内の戦も終わりましたし来年は良い年になりますね。そなたと春齢の婚儀も有りますし」

養母と春齢がウキウキしている。ちょっと胸が痛んだ。

「残念ですが母上、畿内が荒れるのはこれからでおじゃりましょう」

シンとした。二人が俺をジッと見ている。

「畠山は六角と連絡を取り合っているとか。其処には近江坂本の前管領、そして幕府も絡んでおじゃります。彼らは諦めていないのです。このまま落ち着くとは思えませぬ」

「……帝にはその事は」

「昨日、お伝えしました。憂いておられました」

そして足利が畠山、六角を煽っていると嫌悪していた。京が戦場になるかと問われたから畠山、六角が揃って兵を上げれば可能性は有ると答えた。

「困った事ですね」

養母が呟いた。そう、困った事だ。問題は岸和田城の十河讃岐守だ。鬼十河と評される程のこの男が健在なら畠山は簡単には動けない。だがこの男、直ぐに死ぬ。確か歳は三十前後の筈だ。まだまだ若い。その所為だろう、松永弾正が暗殺したという話が有るが信憑性は無い。病死だろう、そう思っていた。

だが幕府、前管領、畠山、六角の四者が今の時点で動いていたとなるとちょっと待てと言いたくなる。俺は十河讃岐守が病死した事で畠山の抑えが甘くなり畠山は兵を挙げたのだと思っていた。だが逆なのかもしれない。最初から挙兵の意志が有った。そこに十河讃岐守が病死した。或いは邪魔だから毒殺した……。暗殺は事実、だが犯人は弾正じゃない。幕府、前管領、畠山、六角の手の者だとすれば……。進士一族には三好修理大夫を暗殺しようとした前科がある。その進士一族の影響力が強まっている……。

「失礼致しまする」

外から声が掛かった。女官が控えている。

「飛鳥井新蔵人様に申し上げまする。勾当内侍様が長橋に御出で頂きたいと願っておりまする」

「分かった。直ぐ行く」

女官が“有難うございまする”と言って立ち去った。養母と春齢が不満そうな表情をしている。困ったものだ。

「多分、運上の件でおじゃりましょう。話が終われば戻ります」

「きっとですよ」

「きっとよ」

「はい」

やれやれだな。