軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

運上

永禄二年(1559年) 十二月上旬 山城国葛野郡 桔梗屋 黒野影久

「遅いな」

“はい”と葉月が答えた。

「……桔梗屋は大分繁盛しているようだな。奥に居ても賑わいが聞える」

「それはもう、この数年、桔梗屋ほど 商(あきな) いを大きくした店はございますまい」

葉月が笑いながら答えた。

「笑いが止まらぬか」

「はい」

未だ笑っている。困ったものよ。

「来たようでございますな」

「そうだな」

暫くしてスッと戸が開いた。“遅くなりました”と言いながら山川九兵衛が部屋に入って来た。後ろ手で戸を閉めると俺の正面に座った。葉月は俺と九兵衛の斜め横に座っている。

「申し訳ありませぬ、出掛けにお客様がいらっしゃいまして……」

「ほう、誰かな?」

「松永弾正様にございます」

葉月と顔を見合わせた。三好修理大夫の信頼厚い弾正が少将様を訪ねた……。つい先日まで大和で戦をしていた筈。筒井氏の本拠筒井城を陥落させ平群谷を焼き筒井方の十市氏を破った。戦も相当に出来ると証明したが……。

「帰還の挨拶か?」

「某もそう思いましたが……」

「違ったか?」

九兵衛が頷いた。

「三好修理大夫様が嫡男の筑前守様に家督を譲るそうにございます」

「なんと、真か?」

問い返すと九兵衛が“はい”と答えた。

「居城の芥川山城も譲るそうにございます。本人は飯盛山城へ移ると」

思わず唸り声が出た。

「少将様は何と?」

葉月が問うと九兵衛が微かに身動ぎした。

「河内、大和攻めに本腰を入れるつもりだろうと」

なるほど、芥川山城よりも飯盛山城の方が河内、大和へは移動し易いか……。その分だけ影響力も強まる。となれば……。

「畿内は荒れましょうな」

葉月がポツンと言った。俺と同じ事を考えたらしい。九兵衛も頷いている。

「そうだな、荒れるだろう。……稼ぎ時だな、葉月」

「はい、稼がせて貰います」

葉月が嫣然と笑った。

「その時の事でございますが……」

「如何した、九兵衛」

「弾正様は少将様より廟堂へお伝え願いたいと」

シンとした。葉月も真顔に戻っている。

「弾正様は広橋権大納言様と縁戚関係に有るが……」

「報せていないようでございます」

義兄で有り武家伝奏である権大納言より少将様を優先するとは……。

「少将様にお仕えしてそろそろ三月か」

「はい」

「慣れたか?」

問い掛けると九兵衛が“なかなか”と首を横に振った。

「変わった御方でございます。慣れませぬ」

葉月が“ほほほほほほ”と笑った。

「確かに妙な御方でございます。宇治川の葦に運上を掛けようというのですから」

「まあ、そうだな」

三人で顔を見合わせて笑った。変わった御方よ、とても公家には思えぬ。

「ところで、今日某を呼び出された理由は?」

九兵衛が俺と葉月を交互に見た。

「浅井に動きが有った」

九兵衛の顔が引き締まった。

「越前の朝倉と密かに接触をしている」

「……」

「そして六角家の家臣、肥田城の高野瀬備前守とも接触している。備前守は六角家に不満を抱いているらしい。伊勢で父親が討死した。戦は勝ったにも関わらず恩賞が無いとな」

九兵衛が“それは”と吐いた。

「しかし浅井の嫡男には六角から娘が嫁ぐ筈ですが?」

「婚儀の準備は順調に進んでいる。年が明ければ輿入れだ」

シンとした。九兵衛は考え込んでいる。浅井は婚儀の準備の裏で六角に不満を持つ高野瀬と接触している。そして朝倉との接触、それが何を意味するのか……。

「浅井は割れているので?」

「分からん。その辺りを今調べている。少将様にはそのようにお伝えしてくれ」

「……承知しました」

「彼方此方で妙な動きが有る。その方も油断はするな」

九兵衛が“はっ”と畏まった。

少将様は以前から浅井の動きに関心を示していた。或いは何らかの伝手で浅井が反六角で動くとの確証を得ていたのかもしれない。となれば戦という事は十分に有るだろう。浅井・朝倉対六角……、こちらも大戦だな。眼は離せぬ。

永禄三年(1560年) 二月上旬 山城国葛野・愛宕郡 平安京内裏 飛鳥井基綱

「今年も新年の行事は殆ど出来ませんでした。嘆かわしい事です」

養母が溜息混じりに嘆いた。伯父の権中納言飛鳥井雅春、従兄の左近衛権少将飛鳥井雅敦、春齢が頷いた。

「来年は少しは違いますか?」

養母が俺に問い掛けると皆が俺を見た。

「それは、未だ分りませぬ。運上がどの程度のものになるのか、それ次第でございましょう」

宇治川の葦に運上をかける。まあ石田三成で有名な話だがそれを先取りしようというわけだ。大体三十年程先取りする事になるな。ごめんね、三成君。君の事は決して忘れないよ。葦に運上をかけて儲かるの? と現代人なら思うだろう。儲かるのだよ。葦は乾燥させることで茅葺き屋根や葦簀、漁の道具の材料にもなる。肥料にもなるという生活必需品だ。去年は時期が過ぎていて無理だったが今年からは運上が入る。

「それにしても葦に運上をかけるとは……、良くも考えたものよ」

伯父が首を横に振った。ちょっとくすぐったい、もう一回謝っておこう。ごめんね、三成君。石田三成は一万石相当の軍役を務めると言った。つまり銭で換算すると大体五千貫程に成る。ただなあ、この話もあやふやなところが有って何処まで信じて良いのか……。

運上を取ったのは事実だろうと思う。宇治川と言うからには山城国内の筈だ。山城国の外から大阪湾までは淀川と呼ばれている。山城国内の葦だけで五千貫になるのかな? まあ話半分でも二千五百貫にはなる。決して小さくはない。もっとも全てが俺のものになるわけじゃない。そんな事をしたらやっかまれるだけだ。

「まあこちらの領地は三好家、六角家から献上されたものでおじゃります。禁裏御料という形にはしましたが何時無くなるか分かりませぬ」

俺の言葉に皆が頷いた。

「それに今は朽木家から援助が有りますが何時までも朽木家を頼る事は出来ませぬ」

俺以外の四人が顔を見合わせた。

「厳しいかの?」

「知っての通り、六角家と浅井家が手切れになりました。戦になりましょう。それが如何影響するか……」

俺が伯父の言葉に答えるとまた四人が顔を見合わせた。浅井猿夜叉丸、元服して新九郎賢政と名乗ったが六角家から迎えた妻を送り返した。六角からの自立を宣言したわけだ。野良田の戦いが始まろうとしている。

「六角が勝つのでは有りませぬか?」

養母が訊ねて来た。そうだな、国力の違いから見ればそう考えるのが妥当だ。だが史実ではそうならなかった。野良田の戦いで六角は破れ浅井は自立する。自立した浅井は信長と同盟を結ぶ。そして徐々に高島郡へと勢力を伸ばす事になる……。となれば朽木は兵を増強しなければならない。銭を使って……。一度朽木に行く必要が有るな。御爺、長門の叔父と話さなければ……。

「兄様は六角が負けると思うの?」

「さあ」

「右少将、浅井新九郎は父親の下野守を追い出したと聞いた。浅井家は割れていると聞いたが……」

従兄の雅敦が首を傾げた。それが本当なら良いんだがな。鞍馬忍者からは浅井の後ろには朝倉が居ると報せが有った。浅井は用意周到に事を運んでいるとしか思えない。元服したばかりの新九郎にそんな事が出来たのか……。

「まあ用心は必要かと思います。備えも」

四人が曖昧な表情で頷いた。永禄三年、西暦千五百六十年は日本史の中では重要な年だ。皆が桶狭間の戦いを連想するだろう。だがもう一つ、野良田の戦いが有る。この戦いで六角が敗れ浅井が自立した事が後の世にどれほど大きな影響を及ぼしたか……。その大きさは桶狭間にひけをとらない。そして両方の戦いで敗れたのは優勢だった名門の守護大名家だった。永禄三年は乱世に必要なのは血ではなく実力なのだと証明された年なのだ。

「だから運上か」

「はい」

運上の話は最初に三好に持って行った。修理大夫が隠居して飯盛山城に引っ越す前の事だ。淀川の葦に運上をかけては如何かとね。修理大夫は直ぐに喰い付いてきたな。戦は金が掛かる。新たな財源は大歓迎というわけだ。そして俺には山城国内の宇治川の葦に運上をかける権利をくれと言った。銭が入れば朝廷、足利、三好にも献金すると言ってね。

修理大夫はちょっと考えていたが了承して朱印状を書いてくれた。山城国というのは色々と面倒なのだ。三好の勢力範囲に有るが此処は足利の直轄領だ。そして朝廷も有る。三好が勝手に運上をかけたとなれば義輝や幕臣達が大騒ぎするだろう。という事で俺に任せてよと言うわけだ。その後は義輝の元に行って宇治川の葦に運上をかける権利をくれと言った。

義輝も幕臣達も首を傾げていたが春日局と毬が賛成してくれた。春日局は失敗しても幕府に損はないし上手く行けば銭が入る。やらせてみればと言った。関東遠征の件の借りを返した、そんなところだろうな。毬は“貧乏は嫌”、その一言だった。義輝は渋い顔をしていたが了承して朱印状をくれた。春日局は毬に激しく同意していたから借りを返したというよりも銭に関心が有ったのかもしれない。意外と現実的だな。もしかするとあの二人、仲良くなったのかな?

その後は帝に話をした。帝も半信半疑だったがまあやってみようという事になった。帝からも宇治川の運上を取る事を許すという許し状を貰った。運上が入れば帝、三好、足利、俺の四者で四等分だ。二千五百貫でも一人当たり六百貫程になる。大体現代の金額にすれば一億円程だから年末ジャンボの一等が当たったようなものだ。うん、美味しいぞ。

実際の刈り取りから売買は葉月に頼んだ。大喜びだったな。胸をブルンブルンさせて笑っていた。俺も嬉しい、二人で大笑いだ。葉月への報酬は利益の一割という事になっている。安いかな? まあこの辺りは来年以降、調整していく事になるだろう……。

「伯父上、後で御邸に寄っても宜しゅうおじゃりますか?」

「如何したかな?」

「蹴鞠の練習をと思いまして」

伯父が顔を綻ばせた。

「良いぞ、雅敦と二人で技を競ってみるが良い」

従兄が“負けないぞ”と笑いながら言った。そして春齢が“見たい”と言う。うん、俺達は一族だな。

永禄三年(1560年) 二月下旬 近江高島郡安井川村 清水山城 朽木稙綱

「随分と背が伸びたのではないか?」

「そんな事は無い。四尺七寸だ」

穏やかに孫が笑っている。右近衛少将飛鳥井基綱、大きく見えるのは挙措が堂々としているからかもしれない。

「長く居られるのか?」

「いや、明日には帰る」

首を振る孫の姿に微かに落胆を感じた。寂しい事よ。

「随分と忙しいの」

「已むを得ん。関白殿下との約束だ、朝廷に出仕しなければならん」

長門守、蔵人、主殿、日置五郎衛門、宮川新次郎、荒川平九郎達が顔を見合わせた。ふむ、京の左兵衛尉達の言う通りか。我が孫は宮中では関白の代理人となっているらしい。

「それで、相談したい事とは何だ?」

「浅井と六角の事だ。もう直ぐ戦が起きるだろう。皆は如何見ているのだ?」

皆が顔を見合わせた。長門守が儂を見た、頷くと口を開いた。

「六角家が勝つと見ております」

「……そうか」

少将の表情は厳しい。まさかとは思うが六角が負けると思っているのか?

「六角家より使者が参り馳走を願いたいと……」

「真か、長門の叔父上」

長門守が頷くと少将が一つ息を吐いた。

「それで?」

「如何答えるか、迷っているところにござる」

少将がまた一つ息を吐いた。

「少将様、六角に味方するのは拙いとお考えでございますか?」

弟の蔵人の問いに少将が頷いた。

「拙いぞ、大叔父上。浅井の後ろには朝倉が居る。簡単に六角が勝てるとは限らん」

“なんと!”、“真で”と声が上がった。

「それに浅井新九郎が父親の下野守を追い出し浅井は割れていると言われているが狂言の可能性が有る」

「狂言ですと?」

平九郎が素っ頓狂な声を上げた。余程に意表を突かれたのだろう。

「六角を油断させるためにな。大体元服をしたばかりの新九郎が誘って肥田城の高野瀬備前守が六角を裏切るというのも訝しかろう。備前守は浅井に勝ち目が有ると判断したから裏切ったのだ」

道理よ。彼方此方から“なるほど”、“確かに”と納得する声が上がった。

「桔梗屋か?」

儂が問うと少将が頷いた。

「色々と調べて貰っている。浅井は相当に準備をしているようだ。新九郎の思い立ち等ではないな。六角がそれに気付いていないのなら危うい。負けるという目も出てくる」

厳しい口調、厳しい表情だ。皆がそれに飲まれたかのようにシンとした。