軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蠢動

永禄三年(1560年) 二月下旬 近江高島郡安井川村 清水山城 飛鳥井基綱

シンとしている。皆考え込んでいるな。六角が負ける、その事が信じられないのだろう。無理もない、六角は三好には及ばないものの間違いなく戦国のスーパーパワーだ。当代の左京大夫義賢に対する世間の評価も決して低くない。そして浅井といえば当主の浅井下野守は凡庸、新九郎は元服したばかりの若造、如何見ても勝てそうにない。

「では少将様は兵を出すなと」

「その方が良い」

「しかし六角が勝った場合は如何します。永田、平井、横山、田中、山崎は兵を出すようです。後々面倒な事になりませぬか?」

長門の叔父後が問い掛けてきた。なるほど永田、平井、横山、田中、山崎か……。

「如何なのかな、永田達とは上手く行っているのかな?」

皆が顔を見合わせた。

「表向きは……。しかしかなり警戒しているのではないかと思います。朽木が高島を滅ぼしてからは以前よりも行動を共にする事が多くなりました。気を許していないのでしょう」

宮川新次郎が深刻な表情で答えると皆が頷いた。なるほど、一人では立ち向かえぬという事か。……ちょっと不思議だ。此処に来ると口調が戻る。なんでだろう?

「それに当家が関を廃した事で商人達が永田達の領地を避け朽木に集まる様になりました。その事にも相当に不満を持っていると聞いております。徐々にですが朽木と永田達の関係は悪化していると言えましょう」

主殿も不安を隠さない。物が売れない、物が買えないか。経済制裁とは行かなくても相当に圧迫されていると感じているのは間違いない。朽木に対して相当な不満は有るだろう。

「皆が心配しているのは六角が勝てば永田達が六角の力を借りて朽木を攻めるのではないかという事だな?」

「その通りだ。今儂らが一番心配しているのはその事よ。兵を出さぬのは朽木を攻める口実を与える事になろう」

御爺が答えると皆が頷いた。いかんな、そんな話はこれまで聞いた事が無かった。もう少し連絡を密にしないと……。

「兵糧を送るのは如何だ? 先年の戦で高島の百姓兵が大勢死んだ。その所為で兵を出すのは難しい。だが何とか御力添えしたい、兵糧を送るので使って貰いたいと六角に言うのだ」

皆が顔を見合わせた。表情が明るい。“良いかもしれませぬな”と大叔父が言うと皆が頷いた。長門の叔父御が“では兵糧を送る事で対応しよう”と言って決定した。

「ところで、銭で雇った兵は如何かな?」

俺が問うと皆の視線が五郎衛門に向かった。

「まあ悪くは有りませぬ。鍛えれば鍛えただけ成果が出ます。それに戦となれば百姓から兵を集める必要も有りませぬ。その分だけ早く動けます」

「つまり、使えるのだな?」

確認すると五郎衛門が“はい”と頷いた。

「今は百人だったな。年内に増やす事は可能かな?」

「可能でしょう。綿糸の収入も有りましょうし秋の取入れが終わる頃には二百は増やせると見ております」

長門の叔父御が答えると平九郎が頷いた。なるほど、となると三百か。朽木は二万石、最低でもあと三百は雇わなければならん。

「三年以内に朽木の兵を全て銭で雇った兵にして欲しい」

俺の言葉に皆が顔を見合わせた。何人かが頷く。反対は無い、可能だという事だろう。

「戦が起きると見ているのか?」

御爺が問い掛けてきたから首を横に振った。

「分からん。だから備えだけは整えておいて欲しいのだ。常に六百の兵が有れば永田達も妙な事は考えんだろう」

皆が納得したように頷いている。

野良田で六角が敗れる。だがその事は六角の没落を意味しない。六角が没落するのはその三年後に起きる観音寺騒動が原因だ。観音寺騒動が起きたら永田達を潰す、そうすれば朽木は五万石ほどに成る。動かせる兵は千五百、国人領主では大きい方だろう。

「それと兵が揃ったら鉄砲を揃えてくれ」

「鉄砲?」

御爺が声を上げた。皆も訝し気な表情だ。鉄砲って高いし運用が難しいからな。国人領主で鉄砲を持っている奴なんて殆どいない筈だ。

「分かっている、使い勝手が悪いというのだろう。確かに野戦での運用は難しいが籠城戦なら結構使える筈だ」

今度は“籠城”と声が上がった。

「永田達が攻めて来るとお考えでございますか?」

「永田達とは限らん。今は戦国の世なのだからな」

長門の叔父御の問いに答えると“確かに”と頷いた。観音寺騒動の後、浅井は六角領へ侵攻する。最初は南下するがその後は高島郡が狙われる。清水山城で浅井を相手に籠城戦というのは十分に有り得る。備えは必要だ。

「もしだが、もし六角が敗れるようならば京の叔父上達を呼び戻した方が良いだろう」

俺の言葉に皆が顔を見合わせた。

「如何いう事だ?」

「これまでは近江は六角の下で纏まっていた。六角が敗れるという事はそれが崩れるという事だ。如何いう形になるかは分らぬが近江で戦が起きるだろう。朽木も存亡を賭けた戦をせざるを得ぬ時が来るかもしれぬ。力は結集した方が良い」

御爺の問いに答えるとまた皆が顔を見合わせた。

「それにな、六角の力が弱まるという事は相対的に三好の力が強くなるという事だ。つまり幕府の力は更に弱まるという事よ。幕府に出仕するというのは余り勧められぬし意味が有るとも思えぬ。それなら朽木に戻して万一に備えた方が良い。違うか?」

“確かに”、“かもしれぬ”という声が上がった。長門の叔父御も頷いている。

「俺が言うのもなんだが叔父上達は俺の叔父という事で幕府では相当に居心地の悪い思いをしているようだ、辛かろう。そういう意味でも戻した方が良いと思う」

「かもしれぬのう、ではそうするか?」

「はい」

御爺と長門の叔父御の会話に皆が頷いた。

これで良い。観音寺騒動まで三年有る。その間に叔父達には朽木で兵の調練に精を出して貰う。観音寺騒動後、永田達を攻め潰す。その時には軍を二手に分けて速戦で潰す必要が有る。そうでなければ浅井に付け込まれるからな。叔父達はその時の指揮官になるだろう。その後は各城に入って清水山城と連携して浅井に対抗する事になる。それに史実通りなら永禄の変も起きるだろう。叔父達を無駄に死なせる事は無い。

「叔父上、俺への援助だが利益の一割ではなくその半分にしてくれ」

ざわめきが起こった。御爺が“おいおい”と言っている。

「全体的に利益は増えているからな、半分でも十分だ」

「宜しいのでございますか?」

「叔父上も色々と物入りだろう。特に銭で兵を雇うとなればな。それに俺も銭を稼げそうなのでな、心配は要らぬ」

長門の叔父御が申し訳なさそうな口調で“ではそのように”と言った。まあこれで朽木家のお荷物なんて言われずに済むだろう。援助を受けるのも楽じゃないよ……。

永禄三年(1560年) 三月上旬 山城国葛野郡 近衛前嗣邸 飛鳥井基綱

「朽木へ行っていたと聞いたが?」

「はい、久しぶりに祖父の顔を見て参りました」

「ふむ、民部少輔は元気でおじゃったかな」

「はい、風一つひいてはおじゃりませぬ」

太閤近衛稙家が嬉しそうに頷いた。こっちに戻ったら公家の口調に戻った。使い分けているわけじゃないんだけどな、妙な感じだ。

「ふむ、六角と浅井の事かな?」

「……」

「右少将は六角が負けると見ておじゃるのかな?」

太閤がジッと俺を見ている。鋭いな、この親父。

「戦に絶対という言葉はおじゃりませぬ」

「なるほどのう」

太閤が二度、三度と頷いた。

「先日、毬が参った」

「左様でおじゃりますか、良く見えられますので?」

太閤がクスッと笑った。

「以前ほどではないがの」

なるほど、慶寿院に絞られて少しは自重するようになったらしい。

「幕府内部では六角が勝つ、浅井は何を考えているのかという声が上がっているようでおじゃるの。六角が負けるという声はおじゃらぬらしい」

「……左様でしょうな」

まあ順当に考えるならそうなんだ。間違いとか甘いとか非難は出来ない。

「そのせいかの、幕府の目は近江よりも河内を注視しておじゃる」

「はい」

畠山に反三好の色が強くなりつつある。徐々に徐々にだが河内で三好の勢力が強まりつつある。実際北部は三好領だ。その事に危機感を抱いたらしい。特に修理大夫が隠居して飯森山城に移った事が畠山の不安感を煽った。後顧の憂いなく河内を攻めるつもりではないかと思ったのだろう。

「戦になると思うかな?」

「なりましょう」

答えると太閤が頷いた。畠山が河内を死守しようとすれば三好と戦って勝つしかないのだ。しかしな、状況は圧倒的に不利だ。大和の北部を松永弾正が支配下に置いた事が大きい。河内は周囲を三好に囲まれているのだ。

「六角が動ければという声があるようじゃの。浅井は散々じゃ、身の程知らず、愚か者とな」

「左様でございましょうな」

畠山は六角との共同作戦を考えた筈だ。だが浅井の問題で六角は動けない。畠山は運が無いな、そして三好は運が有る。

「まあどうなるか、近江も河内も眼が離せぬの」

「はい」

全く同感だ。だがな、畿内と近江ばかりを見てはいられない。そろそろ東海でも動きが出る筈だからな。ん、なんだ? 太閤が俺を見て笑っている。

「右少将の事も話題になるらしいぞよ」

「……」

「例の葦の運上の事じゃ。まるで商人のようじゃとな」

思わず苦笑が漏れた。太閤が“ほほほほほほ”と笑い声を上げた。

「怒らぬのかな?」

「褒められて怒る人間はおじゃりますまい」

太閤が“褒める?”と驚いている。

「自らの力で銭を稼ぐ事が出来るという事でおじゃります。褒めているという事ではおじゃりませぬか?」

“ほほほほほほ”とまた太閤が笑った。

「そなたは変わっておるのう。真、面白いわ」

銭は力なのだ。足利義満だって勘合貿易で銭をガバガバ儲けた。その銭で権勢を強めたのだ。いざとなったらそう言ってやるさ。幕府の阿保共も口を閉じるだろう。

永禄三年(1560年) 三月中旬 山城国葛野・愛宕郡 西洞院大路 飛鳥井邸 山川九兵衛

少将様の御部屋を間宮源太郎と共におとなうと少将様が上機嫌で部屋に入れてくれた。

「如何したかな?」

「少将様、重蔵より報せが有りました」

「……聞こう、教えてくれ」

少将様がジッと俺と源太郎を見た。普段は穏やかで少し皮肉な色を見せる瞳が無表情に我らを見ている。気圧されるものを感じた。この御方の本質は極めて冷徹だ。事実を事実として受け入れる冷徹さが有る。それだけに報告には注意が要る。脚色せずありのままに話す……。

「畠山尾張守が安見美作守と連絡を取り合っております」

「……安見美作守か、確か反三好感情の強い仁でおじゃったな」

「はい、それに畠山家では専横の振舞いが多く尾張守に排斥された人物にございました」

その排斥に協力したのが三好修理大夫であった。いや、協力ではないな。三好の力が無ければ排斥は不可能だっただろう。それほどに美作守の力は強かった。

「河内が地盤であった」

「はい、交野郡が地盤でございました。しかし排斥後は大和に逼塞しております。交野郡は三好の領地に……」

源太郎が答えると少将様が頷かれた。交野郡は京、大和、摂津を繫げる要衝の地、三好にとっては必ず手に入れなければならない場所でもある。安見美作守の反三好感情は三好が河内を狙っている、自分も潰されると察したからだろう。修理大夫にとっては畠山尾張守が安見美作守の排斥に協力してくれと頼んできた事は願ってもない事であった筈だ。

「安見美作守を戻すつもりかな?」

「かもしれませぬ」

「馬鹿な男だ」

「……」

俺が答えると少将様が冷笑を浮かべた。御歳に似合わぬ冷たさよ、冷え冷えとしたものが部屋に漂った。

「安見美作守を戻せば三好に口実を与えるようなものでおじゃろう。もっとも多少の地縁はおじゃろうな。少しでも河内で有利に戦おうとしたか……」

「かもしれませぬ」

「畠山に呼応する者はおじゃるのか?」

「居りませぬ」

源太郎が答えると“では勝負は決まったな”と少将様が仰られた。

「他には?」

「六角が領内の国人達に兵を率いて集まる様にと命じました。来月には肥田城を攻める事になりましょう」

俺が答えると少将様が頷かれた。

「浅井に動きはおじゃるかな?」

「今のところは……」

“無いか”と少将様が呟かれた。

「気に入らぬな、そのまま探ってくれと重蔵に伝えてくれ」

「はっ」

「他には有るかな?」

源太郎が口を開いた。

「今川が五月に兵を動かすと駿河、遠江、三河の国人達に触れを出しました。北条、武田にも援軍の要請をしております」

少将様が“ほう”と声を上げた。何処か楽し気だ。

「いよいよ動くか、織田殿のお手並み拝見だな」

源太郎と顔を見合わせた。表情に疑念が有る、多分自分にも同じ物が有るだろう。少将様は織田が勝つと見ている……。

「現地に行って戦を見る事は可能かな?」

「織田と今川の戦でございますか?」

驚いて問い返すと少将様が“ウフッ”とお笑いになられた。

「出来れば六角と浅井の戦も見たい、如何かな?」

はて、それは……。