軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇統

永禄五年(1562年) 四月中旬 山城国葛野・愛宕郡 西洞院大路 飛鳥井邸 飛鳥井基綱

「久しぶりね、兄様」

「うむ、久しぶりだな。なんだか妙に懐かしいぞ。元気だったか?」

俺が春齢を揶揄うと春齢が”酷い”と言った。

「妙に懐かしいって……。ずっと心配してたのよ。そうでしょう、寿姫」

「ええ、心配していました」

皆が笑った。俺も笑った。久しぶりに帰ってきた。懐かしいわ。部屋には太閤殿下、寿、毬の親子。俺と春齢。九兵衛と佐多五郎が居る。皆、表情が明るい。

「もう、近衛の邸に戻ってもよろしいのですか?」

寿が訊ねてきた。

「うむ、大丈夫だ。畠山勢は三十人程が死んだ。逃げたのは十人程だ。手荒く痛めつけたからな。二度とこちらを襲おうとは考えまい。それにもうそんな余裕もおじゃらぬ。四国から三好勢が続々と摂津に集まっている。そうでおじゃろう?」

俺の言葉に九兵衛と五郎が”はい”と頷いた。

「殿下、ご不自由をおかけしました」

太閤が首を横に振った。

「そんな、事はおじゃらぬ。そなた一人を、戦わせてしまった。すまぬ」

「頭をお上げください。麿は一人ではおじゃりませぬ。頼りになる者達が傍におじゃります」

「それでもじゃ、済まぬ」

殿下がまた頭を下げた。困ったな。

「父上、頭中将殿が困っているわよ。頭を上げた方が良いわ」 「うむ」

「頭中将殿、本当に有り難う。近衛はこの恩を絶対忘れないわ」

「ええ、毬の言う通りです」

「うむ、その通りよ」

近衛の三人が頷き合っている。こういうの、苦手なんだよな。

「近衛と飛鳥井は共に助け合わねばなりませぬ。それだけの事におじゃります。次は麿が助けて貰う事になりましょう。そうでおじゃろう?」

春齢に視線を向けると春齢が”ええ、勿論よ”と明るい声で頷いた。偉いぞ、春齢。少しの間雑談に花が咲いた。春齢のストレッチに寿と毬も付き合ったらしい。二人は春齢の身体の硬さに驚いたようだ。しかし春齢は以前に比べれば随分と柔らかくなったと感じている。寿と毬も邸に戻ったらストレッチをやるつもりらしい。身体を動かすのは楽しいそうだ。殿下も簡単なものなら自分もやりたいと言った。近衛家でストレッチが流行りそうだな。

「殿下、今日帝とこれからの事を話しました」

「これからの?」

「二条、万里小路の事でおじゃります」

シンとした。

「……兄様、席を外した方が良い?」

春齢が躊躇いがちに問い掛けてきた。寿、毬もこちらを見ている。

「いや、その必要はおじゃらぬ。女人方にも聞いて貰う。殿下、此度の騒動でおじゃりますが突然の事で何が起きたのか良く分からぬ事もおじゃりましょう。麿も良く分からぬままに対処を迫られました。ようやくこちらで調べた事、甲賀からの情報で大凡の所が見えましておじゃります。帝にもお伝え致しました。全てお話しします」

「分かった」

女三人が顔を見合わせた。

「よろしいのですか?」

寿が気遣うように問い掛けてきた。頷くと三人も頷いた。

「勅勘を受けた後でおじゃりますが二条様達はなんとか宥免を願おうと様々な伝手を頼りました。しかしそのいずれもが失敗しました。二条様、万里小路権大納言様、新大典侍殿は尋常な手段では宥免は難しいと判断したようでおじゃります。そこで考えた案が二つ。一つは最後まで迷った公家達を脅す事。もう一つは寧仁様を暗殺する事……。寧仁様が居なくなれば誠仁様のお立場は盤石、そうなれば権大納言様の宥免に協力する公家も現れる。権大納言様が宥免されれば他の公家達も……。そう考えたようでおじゃります」

殿下も女達も嫌そうな顔をした。権力への執着が醜悪過ぎると思ったのだろう。平静なのは九兵衛と五郎の二人だけだ。

権大納言は寧仁様の暗殺に反対したらしい。案としては認めても実行するのは難しい。それにあからさま過ぎると思ったようだ。二条もリスクが大きい事を認めた。そこで公家達を脅す事になった。新大典侍は不満だったようだ。公家達を脅すよりも寧仁様を暗殺した方が確実だと思ったのだろう。なによりこのままでは寧仁様が次の帝になるのではないかと思った。自分達の勅勘が解けてもそれでは意味が無い。誠仁様を守るために寧仁様を暗殺するべきだと新大典侍は判断した。そこで独断で登米、佐奈の二人に養母の部屋を探れと命じた。毒殺出来る隙が有るかと……。

ちょうどその頃なのだが例の武略が拙いで憤懣を抱えていた畠山を進士主馬頭が唆した。悪いのは俺と六角だ。思い知らせてやれと。畠山もその気になった。米不足で状況が悪くなる事への憤懣も有っただろう。畠山は当初、西洞院大路の飛鳥井邸を襲撃するつもりだったようだ。だが主馬頭が西洞院大路の飛鳥井邸は守りが堅い、狙うなら近衛邸の方が良いと反対した。主馬頭にとっては俺よりも近衛の方が邪魔だったのだ。その後、主馬頭は二条、万里小路から近衛邸の大凡の間取りを聞き畠山に伝えた。二条達にとっても近衛は邪魔だった。積極的に協力したらしい。そして畠山は物見役を出した……。

「余程に私が邪魔なのね」

毬がうんざりしたように言った。

「そなた、だけではおじゃらぬ。麿も、同じじゃ。邪魔でおじゃろう」

「近衛は公方様に一番近い親族なのに……」

寿が唇を噛みしめた。そうなんだけどね。一番近い親族だから一番頼りになる筈なんだ。でも義輝はそういう配慮は出来ないんだ。だから慶寿院に対しても毬に対しても扱いが粗雑になる。朽木が離れるのも同じさ。

「慶寿院様の力を弱めるため、そういう狙いもおじゃりましょう」

俺の言葉に皆が頷いた。

「その後、近衛家を探る者が居る事、養母の部屋を探る者が居る事に気付きました。こちらは帝を害そうとしていると噂を流し登米は慌てて万里小路の邸に駆け込みました。その後は行方が知れませぬ。万里小路の手で殺されたと皆が見ておじゃります」

女達が顔を見合わせた。嘘って分かったかな?

「口封じか、酷い話ね」

毬の呟きに二人が頷いた。気付いていない……。

「実は近衛邸を襲った畠山勢に登米が加わっておじゃりました」

”なんと!”、”うそ!”、”え!”、”死んでなかったの?”と声が上がった。皆が俺を見ている。

「どうやら道案内をしたようです。邸の中にも入って来ました。登米は御台所、寿、太閤殿下の顔を知っておじゃります。それが理由かもしれませぬ」

「本当に殺したかを確認させるために?」

春齢が訊ねてきたから頷いた。

「非公式にはそういう事になる」

”非公式?”春齢が首を傾げた。寿と毬もピンと来ないらしい。殿下は分かったようだ。無言で俺を見ている。

「公式には行方不明だ。誠仁様を守らねばならぬからな。だから非公式には登米は万里小路の命で畠山に加担した事になる」

「……」

息を吐いた。ここからが本題だ。

「だが実際には登米はずっと近衛邸に捕らわれていた。麿の命で桔梗の一党が捕らえた。そして畠山が襲撃してきた日に麿が処断した」

女達が目を見開いて俺を見ている。目の前に人殺しが居るんだ。驚いただろう。

「今のままでは二条、万里小路が関与したという証拠は何処にもおじゃらぬ。だが登米が加わっていたという事で万里小路が襲撃に関わったという事になる」

登米の遺体は佐奈に確認させた。口封じじゃ無い、顔を確認させるために畠山勢に協力させたようだと教えると佐奈は震え上がっていたな。もしかすると俺が殺したって気付いたのかもしれない。まあ、どっちでも良い。権力争いに首を突っ込むと危険だと分かっただろう。

「頭中将、帝は、ご存じか?」

「全てお伝えしておじゃります」

殿下の問いに答えると殿下が頷いた。

「帝はお怒りでおじゃります。大人しく謹慎出来ないのなら誠仁様に全てを伝え公表する事を考えておられます」

現時点では近衛邸を襲ったのは盗賊という事になっている。死体は六角家で片付けてくれたが六角家にもそれで話は付いている。しかしな、帝は怒っているんだよ。いい加減にしろと思っている。これ以上騒ぐなら全部公表すると言っている。そうなれば当然だが犯罪者の母親や伯父を持つ皇子を次の帝には出来なくなる。そこまで覚悟している。要するにこれ以上宮中を混乱させるならもう誠仁様を庇えないと言ってるんだ。

「明日、万里小路邸に赴き権大納言様、新大典侍殿に帝の御意思を伝える事になりました。その後で二条様の邸にも行きます」

皆が憐れむように俺を見た。嫌な仕事をさせられるって思ったんだろう。実際嫌な仕事だ。二条達に引導を渡す事になるし寧仁様も帝になる道は絶たれる事になる。俺が寧仁様の未来を潰したと知ったら養母はどう思うかな? 嘆き悲しむだろうし俺を恨むだろう。しかし他の人には頼めないんだよ。全てを知っているのは俺と帝しか居ないんだ。帝から何度も済まぬ、嫌な仕事をさせると謝られた。こっちの方が切なくなった。

「そうか、ご苦労で、おじゃるの」

殿下が労ってくれた。女三人は無言だ。でも悲しそうな目で俺を見ている。溜息が出そうだ。

永禄五年(1562年) 四月中旬 摂津国島上郡 原村 芥川山城 細川藤孝

一口茶を飲んだ。口中の酒の残り香が洗い落とされる。美味いと思った。対面に座った兄も茶を飲んでいる。私を見て笑った。

「昨日も一昨日も酒宴だ。今日で三日連続、馬鹿げているな」

「待望の若君の誕生です。嬉しいのでしょう。明日には朝廷に使者を送りますし」

兄が笑みを消した。

「気持ちは分かるがな。やりきれぬ」

「そうですね。ですが喜ぶ振りだけでもしなくては……。兄上、宴の席で仏頂面は止めてください」

兄が小さい声で”そうだな”と呟いた。宴は未だ続いている。皆が浮かれているだろう。だが私と兄は早々に切り上げた。飲んでも酔えぬし燥げぬのだ。飲めば飲むほど心が冷えてくる。

「それにしてもとうとう太閤殿下には使者を送らなかったな」

「ええ、幕臣達も無視です。まあ小侍従殿が妊娠した事も伝えていませんからおかしな話では有りません」

兄が”ふん”と鼻を鳴らした。私と兄は敢えて使者を送ろうとは言わなかった。無駄だと思ったからだ。誰かが言うかと思ったが……。

「朝廷では太閤殿下の勢威が強まっているのだがな」

「公方様にとってはどうでも良い事なのでしょう。元々朝廷に関心を持ちません」

兄が顔を歪めた。朝廷との関係を改善しておけばと思ったのだろう。

「まあ太閤殿下が知らぬとも思えぬ。三好から頭中将様へ、そして太閤殿下へと若君誕生の件は伝わっただろう」

「嗤っているかもしれませんね」

太閤殿下は若君が殺されると見ている。公方様や幕臣達の対応など笑止でしかあるまい。

「そうだな、嗤っているかもしれぬ。慶寿院様も輝若丸様には関心を示さぬ」

「ええ、一度見に来ただけです。公方様に祝いの言葉を、小侍従殿を労っていました」

それだけだ。輝若丸様には触れようともしない。関心が無いというよりも無視に近い。慶寿院様も太閤殿下に使者をと言わなかった。意味が無いと思っているのだろう。

「幕臣達の多くは慶寿院様は面白く無いのだと誹っているが……」

「私達と同じです。喜べないのですよ。憐れだと思っているのでしょう。可愛がれば情が移る。それを懼れているのかもしれません」

兄が”そうだな”と頷いた。

小侍従殿が男子を産んだ。名は輝若丸、公方様は大喜びだ。そして幕臣達も喜んでいる。進士美作守、主馬頭親子も顔が緩みっぱなしだ。次の将軍は輝若丸様、外戚である自分達の時代が来たとでも思っているのかもしれない。幕臣達の間からも御台所を離縁して小侍従を御台所にした方が良いという声が出ている。進士親子に阿っているのだろう。或いは公方様の背を押そうとしているのだろうか……。兄が大きく息を吐いた。だが輝若丸様は直に殺されるだろう。その時、皆はどう思うのか……。

「畠山は劣勢、いや負け掛けているのだがな」

「畠山の事など進士達はどうでも良いのです。三好にはそれなりに損害を与えました。御台所を追い払える、幕府から近衛を追い払える、そちらの方が大事なのです。そして幕臣達の多くは近衛は信用出来ないと見ている」

兄が膝を叩いた。御大喪、御大典で幕府は朝廷を無視した。朝廷は三好を頼り幕府は面目を失った。公方様は武家の棟梁としての立場を否定されたのだ。それを主導したのが関白殿下と頭中将様だった。

「畠山が負けてもか? 幕府は追い込まれるのだぞ」

兄が低い声で言った。声に怒りが滲んでいる。

「畠山が負けても他の大名をぶつければ良い。そう考えているのです。朝倉も居ますし上杉も居る。そうでは有りませんか?」

兄がまた膝を叩いた。

「これまではそれが通じた。だがこれからは違う。三好は幕府を追い込みに来る」

「それが分からないのです。だから皆に危機感が無い。ですが直に危機感を持つようになります。宴を楽しめるのもあと僅かです」

輝若丸様が殺されれば嫌でも分かるようになる。目を背ける事は出来ない。

「惨い話だな、赤子には罪は無いのに」

「ええ、惨い話です」

兄が息を吐いた。私も息を吐いた。輝若丸様は公方様、進士親子、幕臣達の罪を一身に背負う事になった。そして三好の憎悪を一身に受け止める事になる。だが公方様、進士親子、幕臣達はその事に気付いていない。浮かれている。憐れというよりも滑稽で無様としか言い様がない。

「これからどうなる?」

兄がやりきれなさそうに問い掛けてきた。

「お分かりでしょう」

答えると兄が視線を伏せた。もう何度もこの話をしている。輝若丸様が殺されれば公方様、幕臣達は三好が公方様の血を絶とうとしていると思うだろう。痛み分けで終わりにしようとはならない。どちらかが排除されるまで争う事になる。

「頭中将様から警告されました。余りに人の心を踏み躙ると手酷いしっぺ返しを喰らうと。巻き込まれぬようにしろと」

「しっぺ返しか……。朽木の事も有ったな」

兄が憂鬱そうな顔をしている。溜息が出た。長門守殿が若君誕生を祝いに来た。戦の最中だ。他の者達が祝いに来ないのに長門守殿は来た。だがそれに対する公方様の扱いは酷いものだった。自分に、息子に忠義を尽くすつもりが有るなら兵を出せ、三好と戦えと言い放った。長門守殿が朽木を守るのが公方様、若君のためになると答えると嘘だと責め立てた。その方も予を軽んじるのかと……。泣きながら長門守殿を詰ると幕臣達もそれに迎合した。皆が長門守殿を責めた。

畠山は兵糧に苦しみ六角は動かない。そして三好は兵を摂津に集めつつある。状況は徐々に悪くなりつつある。公方様は今一押しで三好を討てると信じたいのだ。だから畠山、六角が三好に攻め掛からない事に憤懣を持っている。その憤懣を長門守殿にぶつけた。そうする事で鬱憤を晴らしたのだ。それは幕臣達も同じだ。朽木は小さい、粗雑に扱っても構わない。織田から嫁を娶った。幕府から離れようとしている。それに頭中将様の縁者だ……。

「長門守殿はどれほど詰られようとただ耐えていました。若君が殺される事は分かっていた筈です。それでも来た」

「……そうだな」

長門守殿が公方様の御前を下がる時、私と兄が見送ろうとした。だが公方様、幕臣達がそんな必要は無いと騒いだ。兄が堪らず”いざという時、何処にお逃げなさるのか!”と叫んだ。

シンとした。皆が押し黙る中、”お見送りは此処までで結構にござる。お席に戻られた方がよろしかろう”と長門守殿が言った。決して強くも激しくも無かった。だが押し返す事は出来なかった。立ち尽くす我らを後に長門守殿は一礼して去った……。

「朽木に文を送ったが通り一遍の返事だったな」

「ええ」

私が長門守殿に、兄が民部少輔殿にそれぞれに文を書いた。公方様は戦が上手く進まないので長門守殿に当たってしまったがその事を激しく後悔している。幕府と三好の対立は今後厳しくなるだろう。朽木の重要性は増した。その事は直に皆が分かる筈だと。

朽木からの文は素っ気なかった。お気遣い忝い。だが朽木には余り関わらない方がよろしかろう……。自分達に関わるなと言うより自分達が幕府に関わりたくないのだと受け取れるような素っ気なさだった。

「兄上、朽木は公方様を見限りました」

「分かっていた事だ」

「ええ、我らは分かっていました。皆も分かった筈です」

「……」

答えは無い。兄も公方様から離れる事を考えている。万一に備えてだ。だがその日は必ず来るだろう。そして我々が思っているよりも早くその日は来るに違いない。そうなれば今浮かれている多くの者が殺されるだろう。

「兄上、離れるなら早い方が良いでしょう」

「ああ、そなたも巻き込まれるな」

「ええ、無駄死には御免です」

お互い、視線を合わせようとしない。巻き込まれて堪るかという思いは有る。しかし見殺しにする事への罪悪感も有る。疚しさというのは人の心を弱くするのだと思った。

永禄五年(1562年)四月中旬 山城国葛野・愛宕郡 平安京内裏 目々典侍

「目々、入るぞ」

驚いた。帝が部屋に入ってくる。

「まあ、どうなされたのです。常御所に居なくてよろしいのですか?」

帝が”うむ”と頷いて寧仁様の傍に座った。

「此処に来たくてな」

どうされたのだろう? 帝は鬱々としている。いつもは寧仁様を見れば喜ぶのに……。寧仁は上機嫌で笑っている。

「頭中将から聞いたか?」

「畠山の事でございますか?」

帝が驚いている。

「いや、そうではない。そうか、聞いておらぬか。……頭中将が万里小路邸、二条邸に行っている」

「それは……」

帝が”そうだ”と答えた。

「今回の件でな、釘を刺しに行った。これ以上詰まらぬ真似をすれば全てを公にする。朕がそう考えているとな」

身体が痛い程に硬直した。新大典侍殿は寧仁様を殺そうと考えていた。そして二条様は畠山に協力して近衛家を潰そうと考えていた。どちらも頭中将の手によって防がれた。しかし帝はこの件を許す事は出来ないと考えている。

全てを公にすれば誠仁様は出家して寺に入る事になるだろう。帝はこれまで誠仁様を庇ってきた。愛情も有ると思うけど皇統を守らなければならないという思いが有るのだ。寧仁様は未だ幼い。無事に成人するかどうか……。それを考えれば誠仁様を守るという判断は間違っていないと思う。だがその事が二条、万里小路に付け込む隙を与えたと見ているのだろう。誠仁様が寺に入れば次の帝は寧仁様となる。二条、万里小路が大人しくすれば誠仁様が帝になり寧仁様は寺へと送られるだろう。皇統の安定のためには誠仁様を守るのは正しい。私もそう思う。だけど寧仁様が寺に送られるのは母親として忍びない。

「済まぬな、目々」

「いいえ、誠仁様を守るという判断は正しいと思います」

声が震えた。分かっていた事だった。それでも動揺している自分が居た。零れそうになる涙を懸命に堪えた。帝がまた”済まぬ”と言った。

「そなたはあの者達のせいで随分と嫌な思いをしたであろう。そなたが誠仁を忌諱し寧仁を次の帝にと願っても誰もそれを不遜とは咎めまい。だがそなたは飛鳥井の利ではなく王家の事を考えてくれた。済まぬ」

帝の声が掠れている。帝も苦しんでいるのだと思うと涙が零れた。慌てて拭う。

「当然の事にございます。私への、いえ飛鳥井への気遣いは無用にございます」

顔を伏せて言った。帝に泣き顔を見せてはならない。

「頭中将にも辛い仕事をさせてしまった。そなたと寧仁の事を考えるとあれに頼むのは正直気が引けた。だが他に頼める者が居らぬ。頭中将も飛鳥井の利より王家の事を考えてくれた。あれを恨んでくれるな。恨むなら朕を恨んでくれよ」

「滅相も無い事にございます。どうして帝をお恨みしましょう」

しっかりと言えた。帝に非が有るわけでは無い。頭中将にも非は無い。仕方が無い事なのだ。寧仁様が寺に行くのは未だ先の事だ。それまでは精一杯愛していこう。寺に行っても寂しくないように思い出を一杯作るのだ……。