軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第61話 一番星のドレスと、遺跡さんの贈り物

夏の星祭りを数日後に控え、オルステッド領の熱気は最高潮に達していた。

新しくオープンするオルステッド・アンダー迷宮の入り口付近では、ガイルさんたちが最後の仕上げに追われている。温泉の源泉を引いた足湯のタイルを、一枚一枚丁寧に磨き上げているのは、掃除担当のリリィさんだ。

『もっと右よ! そこ、少し曇ってるわ! 温泉の成分でキラキラさせなきゃ、奥様の顔に泥を塗ることになるわよ!』

リリィさんが使っている特製のタワシが、シャカシャカと音を立てながら気合の入った指示を出している。

それに合わせて、タイルたちも『任せろ! 俺たちが一番の鏡面仕上げになってやるぜ!』と誇らしげに輝きを増していた。

私はそんな活気ある光景を眺めながら、迷宮の核である石柱の前に立っていた。

「遺跡さん、調子はいかが? もうすぐたくさんのお客様が遊びに来てくれますわよ」

私が石柱にそっと手を触れると、地下空間全体が心地よい微動に包まれた。

『……わくわく……! ぼく……みんなと……おにごっこ……するの! ガーゴイルさんたちと……たくさん……練習したよ!』

遺跡さんの声は、以前よりもずっと明るく、弾んでいる。

孤独に耐えてきた長い年月の分、彼はこの賑やかな変化を誰よりも楽しんでいるようだった。

「ふふ、あまり張り切りすぎて、お客様を迷子にさせすぎないでくださいね? 特にお子様には、優しくしてあげて」

『うん! ぼく……いいこにする! ……ねえ、コーデリア……これ……あげる……』

不意に、石柱の根本の地面がふわりと盛り上がった。

そこから現れたのは、淡い青色をした不思議な魔力結晶の塊だった。

ただの宝石ではない。その中には、星空を閉じ込めたような微細な光の粒子が、絶え間なく明滅している。

「あら……。これは、遺跡の中に眠っていた魔鉱石?」

『ぼくの……涙の……かけら……。ずっと……暗闇で……星を見てたの。……コーデリアに……似合うと思って……』

それは、寂しさを糧に長い年月をかけて結晶化した、奇跡のような石だった。

私はその温かな贈り物に、胸がいっぱいになる。

「ありがとうございます、遺跡さん。大切にしますわ。……これで、星祭りの夜に最高の魔法をかけられそうです」

城に戻った私は、自室に篭って星祭りの衣装制作の最終段階に入っていた。

机の上には、ラムール領から届いた高品質な魔鉱石入りの光る糸と、先ほど遺跡さんからもらった青い結晶が並んでいる。

私の指先で踊る裁縫針が、小気味よいリズムを刻む。

『ほーら、もっと繊細に! 奥様の指先の魔力をしっかり吸い込んで、最高の光沢を出すんだぜ!』

私の愛用している針が、得意げに声を上げる。

生地となる薄絹も、『私たちは星空の一部になるのね……! なんて光栄なのかしら!』と、手触りだけでうっとりするような反応を返してくれた。

今回の衣装のテーマは「地上に降りた星空」だ。

歩くたびに、ドレスの裾から光の粒子が零れ落ちるような、幻想的な仕掛けを施している。

集中して作業を進めていると、背後で静かに扉が開く気配がした。

「……まだ、終わらないのか」

振り返ると、そこにはジークハルト様が立っていた。

手には、温かいミルクの入ったカップが二つ。

「ジークハルト様。わざわざ持ってきてくださったのですか?」

「……セバスチャンに、お前を休ませろと厳命されている。……だが、集中しているお前の顔を見たら、声をかけるのを躊躇った」

彼は私の隣に腰を下ろし、そっとカップを差し出した。

ミルクの甘い香りが、凝り固まった神経を優しく解きほぐしてくれる。

「ありがとうございます。……見てください、ジークハルト様。これが遺跡さんからもらった石ですわ。この石を使って、あなたのマントの留め具を作ろうと思っているんです」

私が青い結晶を見せると、ジークハルト様は珍しく興味深げに目を細めた。

「……美しいな。まるでお前の瞳のようだと思っていたが……いや、お前の瞳の方が、より深く、温かい」

不意に落とされた直球の言葉に、私は飲もうとしていたミルクを吹き出しそうになった。

『ヒュー! ご主人様、言うようになったな! 「毎日コーデリアの顔を見ているはずなのに、どうしてこんなに飽きないんだ……。むしろ会うたびに好きが募っていく。俺は重病か?」って、脳内で悶え苦しんでるぜ!』

壁に立てかけられたグラムが、これでもかとばかりにカタカタと鳴り響く。

彼はこほんと一つ咳払いをし、少しだけ顔を赤らめて視線を逸らした。

「……とにかく。衣装も大事だが、寝不足で祭りの当日に倒れては意味がない。……今日はもう、休め」

「はい。……あの、ジークハルト様」

私は彼の服の袖を、ちょんと指先で掴んだ。

彼は足を止め、不思議そうにこちらを振り返る。

「……なんだ?」

「その……さっきの言葉、とても嬉しかったです。……私も、ジークハルト様に見惚れてばかりで、作業が進まないことがよくありますのよ?」

私が勇気を出してそう伝えると、ジークハルト様のアイスブルーの瞳が大きく見開かれた。

そして、みるみるうちに耳の先まで赤く染まっていく。

「…………っ。……卑怯だぞ、お前は」

彼は絞り出すようにそう言うと、私の頭を少し乱暴に、けれど最高に優しく撫で回した。

その大きな手から伝わる体温が、何よりも確かな愛の証だった。

星祭り当日。

オルステッド領の街は、昼間から色とりどりの旗や屋台で埋め尽くされていた。

新調された足湯からは、湯気の向こうに子供たちの歓声が聞こえ、ガーゴイルたちは特訓の成果を見せるべく、迷宮の入り口で威風堂々と(あるいは少しソワソワしながら)配置についている。

城の鏡の間で、私は完成したドレスに袖を通した。

遺跡さんの結晶で作ったアクセサリーを身に纏い、最後に一番星のような光る糸の刺繍を確認する。

『完璧だわ……! 鏡に映る奥様、まるで本物の女神様よ!』

『俺様たちの主は、世界一の美女だぜ! あー、早くご主人様の度肝を抜く顔が見たいもんだ!』

鏡とグラムが口々に絶賛してくれる中、私は一歩、部屋の外へ踏み出した。

廊下の先では、マントを翻したジークハルト様が待っていた。

私が贈った青い結晶の留め具が、彼の銀髪に映えて静かに光っている。

彼は私を見た瞬間、石像のように硬直した。

そのまま、呼吸を忘れたのではないかと心配になるほどの長い沈黙が流れる。

「……ジークハルト様?」

「…………。……星を、奪ってきたのか」

ようやくこぼれたのは、詩人のような感嘆だった。

「お前があまりにも美しすぎて……。他の者に、見せたくなくなってしまった」

独占欲を隠そうともしない彼の言葉に、私は幸せな溜息をつく。

「大丈夫ですわ。私の星は、今夜も、これからもずっと――あなた一人だけのものですから」

私たちは手を取り合い、賑わう領地の街へと、二人だけの特別な夜へと繰り出した。

夜空には、今まさに、最初の一番星が瞬こうとしていた。