軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第62話 星降る夜の迷宮探索と、秘密の逃避行

オルステッド領の夜の街は、文字通り星で埋め尽くされていた。空には天の川が白く輝き、地上では色とりどりの魔石灯が揺れている。

そして、今夜の目玉であるオルステッド・アンダー迷宮の入り口からは、これまでに聞いたこともないような楽しそうな悲鳴と、それ以上の歓声が響き渡っていた。

「きゃあぁぁ! 今の、動く石像よね!? びっくりしたわ!」

「見て、足元が青く光ってる! なんて幻想的なのかしら……!」

温泉街から流れてきた観光客たちは、期待以上の恐怖と美しさの融合に、すっかり心を奪われているようだった。

私はジークハルト様と共に、迷宮の入り口が見下ろせる高台に立っていた。

二人の身を包むのは、一番星の光を宿したドレスとマント。私たちが動くたびに、暗闇の中に光の残像がさらさらと流れ、まるで夜空の一部が実体化したかのようだ。

『うっひょぉぉ! 見てくれよあのガーゴイルども! 「ヌバッ」と出る練習の成果が出て、お姉様方をギャンギャン言わせてやがるぜ!』

私の腰に帯びたグラムが、興奮した様子でカタカタと震える。

その視線の先では、ガーゴイルのアニキたちが、影の中から絶妙なタイミングで現れては、お客様を驚かせていた。

『奥様……! ぼく……とっても……たのしい……! みんな……ぼくの中で……わらってる……!』

地底から響く遺跡さんの声は、まるでオーケストラの低音のように深く、喜びに満ちている。

ただの岩の塊だった彼は、今やこの領地で最も巨大なおもてなしの主となっていた。

「……大成功だな、コーデリア」

隣に立つジークハルト様が、領民たちの笑顔を眩しそうに見つめながら呟いた。

彼の胸元で光る青い結晶の留め具が、その横顔を神秘的に照らしている。

「はい。遺跡さんも、ガーゴイルさんたちも、あんなに嬉しそうで……。勇気を出して、みんなを信じてよかったですわ」

私が微笑み返すと、ジークハルト様は不意に私の腰に手を回し、自分の方へと引き寄せた。

ドレスの光る糸が、彼の漆黒のマントと重なり、一つの星座のように溶け合う。

「……そろそろ、いいだろうか」

彼の低い声が、耳元で心地よく響く。

その瞳には、祭りの賑わいよりも、私一人の姿だけが深く映し出されていた。

「……ええ。約束ですものね」

私たちは、忙しそうに走り回っているセバスチャンさんやボルドー氏の目を盗むようにして、祭りの中心部から静かに足を進めた。

賑やかな祭囃子が遠ざかり、代わりに虫の音と風のささやきが聞こえてくる森の奥。

そこには、かつてジークハルト様が「ここは、俺が一番落ち着く場所だ」と教えてくれた、小さな湖があった。

湖面は鏡のように静まり返り、空の星を完璧に映し出している。

私たちの足元まで星空が広がっているような、不思議な錯覚に陥る場所だ。

「……ふぅ。ここまで来れば、誰にも見つかりませんわね」

私は少しだけ息を切らしながら、彼の腕の中で小さく笑った。

「セバスチャンには、後でたっぷり小言を言われるだろうな」

「ふふ、明日だけは私も、彼に美味しいお茶を淹れて機嫌を取ることにしますわ」

ジークハルト様は優しく微笑むと、木陰に用意してあった小さなバスケットを取り出した。

「実は、ジャンに頼んでおいたんだ。抜け出してから、二人で食べようと思ってな」

「まあ! これは……」

バスケットの中には、魔法瓶のような保冷魔導具に入った、あの特製かき氷が入っていた。

ジークハルト様のグラムによる超絶技巧で削られた、雪のようにふわふわの氷。そこに、森のベリーと蜂蜜の特製シロップがかけられている。

「星祭りのもう一つの目玉商品でしたね! 屋台の方でも、飛ぶように売れているそうですよ」

「ああ。……だが、俺は誰の目も気にせず、お前とだけこれを味わいたかった」

彼はスプーンを取り出し、一口分をすくうと、少しだけ躊躇ってから私の口元へと差し出した。

「……あーん、だ。……お前には、一番美味しいところを味わってほしいからな」

その真剣な表情と、耳まで真っ赤に染まった様子に、私は胸がキュンと鳴るのを抑えられなかった。

「……ふふ、いただきます」

私は彼が差し出してくれたスプーンから、冷たい氷を口に含んだ。

ベリーの甘酸っぱさと、魔氷の滑らかな口溶けが広がる。

「美味しいです。……世界一の味がします」

「そうか。……なら、俺も」

彼は私が口をつけたスプーンをそのまま使い、自分の口へと氷を運んだ。

そして、今度は頭を抱えることもなく、ゆっくりと味わうように目を閉じた。

「……っ、ああ。甘くて……とろける」

間接キスを全く気にしない(むしろ嬉しそうな)彼の反応に、今度は私の方が顔に熱を集めてしまう。

『ヒュー! 絶景! 美男美女! そして甘々な間接キス! 「ああ、今この瞬間が止まればいいのに。氷よりも早く、俺の心は溶けきっている」って、ご主人様、完全にポエマー化してるぜ!』

グラムの軽口さえも、今夜は心地よいBGMの一部に感じられる。

私は彼を見上げ、ゆっくりと口を開いた。

「ジークハルト様。星祭りの夜に一番星にお祈りをすると、その願いは永遠に叶うと言われているそうですわ」

「お前の願いは、なんだ?」

彼は私の瞳をじっと見つめ、問いかける。

私は迷わずに答えた。

「来年も、再来年も、その次も……。こうして、あなたの隣で一番星を見上げられますように。……それが、私の唯一の願いですわ」

ジークハルト様の瞳が、一瞬だけ揺れた。そして彼は、絞り出すような声で囁いた。

「……それは、俺が言おうとしていたことだ」

彼は私の手を持ち上げ、指先の一つ一つに、熱い口づけを落としていく。

「お前が俺の元へ来てくれたあの日から、俺の願いは一つしかない。……お前を、誰よりも幸せにすることだ。……もしお前が隣にいてくれるなら、俺はどんな困難も、呪いも、恐れはしない」

その力強い言葉と、彼から伝わる確かな温もりに、私の視界がふわりと潤む。

ここにはただ、愛する夫と、守るべき領民と、賑やかなモノたちの声に囲まれた、一人の幸せな女性がいるだけだ。

「……愛しています、ジークハルト様」

「……俺もだ。命に代えても、お前を愛している」

湖面に映る星々が、祝福するように一際強く輝いた。

私たちはゆっくりと顔を近づけ、一番星の下で、永遠を誓う口づけを交わした。

しばらくして。

甘い余韻に浸っていた私たちの耳に、遠くからドォォォォン……! という轟音が響いてきた。

「……? 花火の音でしょうか」

「いや……音の方向は迷宮の方だぞ」

私たちがハッとして振り返ると、迷宮の入り口付近から、七色の魔力が空高く噴き上がっているのが見えた。

『うははは! 大変だぜ奥様! 遺跡の野郎、興奮しすぎて自前の魔力回路を暴走させて、打ち上げ花火モードになっちまった!』

『たーまーやーッス!! アニキ、これ最高に綺麗ッスよ!!』

ガーゴイルたちの歓声が、グラムの通訳を通じてここまで届いてくる。

どうやら寂しがり屋の遺跡さんは、みんなに褒められ、注目されたのが嬉しすぎて、自らを巨大な花火筒にしてしまったらしい。

「あ、あらら……。ちょっと張り切りすぎちゃいましたわね」

私は苦笑いしながら、夜空を彩る七色の光を見上げた。

それは、どんな魔術師も再現できないような、純粋な喜びの光。

ジークハルト様も、呆れたように、けれど本当に楽しそうに声を上げて笑った。

「……全く。お前が集める仲間たちは、揃いも揃って賑やかすぎる」

「ふふ、これがオルステッド領のスタイルですもの。これからも、もっともっと賑やかになりますわよ?」

私は彼の腕に頭を預け、色鮮やかな夜空をいつまでも眺めていた。

波乱万丈だった夏の夜。

私たちの新しい物語は、まだ始まったばかりなのだから。