軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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私は皇国の使者を見送り、深く息を吐いた。

窓の外では、雨が降っている。

冷害対策は進めている。 備蓄も、物流も。しかし、まだ足りない。

飢饉は、一つ対策した程度では止まらない。 一箇所でも穴が開けば、そこから崩れる。

私は机へ向かい、次の報告書を開いた。

「……リディア嬢は?」

控えていたマルクが答える。

「既に到着しております」

ほどなくして、部屋へ一人の女性が入ってきた。 クロウフォード伯爵、リディア。

「進捗を聞く」

私が言うと、リディアは即座に羊皮紙を広げた。

「まず、耐寒作物への切り替えですが、蕪と大麦、ライ麦の作付けは順調です。ただ、小麦しか作ったことのない農民から不満が出ています」

「当然だな」

作物変更は、農民からすれば命綱を変える話だ。だが、小麦だけに依存していれば、冷害一つで全滅する。

「説得は続けろ。“小麦が駄目でも死なない形”へ変える」

「承知しました」

リディアは紙をめくる。

「それと、養豚と林業を一部村へ割り振りました。冬季収入の補填になります」

「……自身で考えたのか?」

「はい」

確かに、農業一本では危うい。木を切り、豚を育てる。収入源を散らすは、理だ。彼女は少しずつ、成長している。

「良いな。では、次の予定だ」

私が言うと、マルクが少し眉を寄せた。

「……まだ何か?」

「まだまだ足りない」

私は即答した。

「冷害の備えは、備蓄だけで勝てる相手じゃない」

リディアが静かに口を開く。

「では、何を?」

「技術開発だ」

二人が顔を上げた。

私は羊皮紙を一枚取り出す。

「まず、救荒食を研究する」

「救荒食……ですか」

「どんぐりの灰汁抜き、干し肉の長期保存、食料の乾燥法。飢えた時でも食べれる物を増やす」

飢饉で死ぬのは、“食べ物がゼロになった時”ではない。食べれる物を知らない時だ。

「修道院の古い記録も漁れ。山民や猟師の知恵も使う」

「承知しました」

私は次を広げた。

そこには、温泉地周辺の図が描かれている。

「それと、温泉だ」

マルクが目を瞬かせる。

「温泉、ですか?」

「地熱を使う」

私は図の一角を指で叩いた。

「建物を作る。温泉の熱を引き込み、苗床を温める」

「……冬でも育てるのですか」

「完全には無理だ。だが、春先の育成は早められる」

遅霜が来る前に苗を育てておけば、生存率は上がる。冷害の時代では、“少し早い”が命を分ける。

リディアが感心したように呟く。

「温泉を農業へ使うのですね」

「使える物は全部使う。……知ってるか?古の帝国には、“地の熱”で石床を温める技術が存在した――」

修道院の古書庫から発見されたその記述は、当初、誰にも信じられなかった。

だが私は、温泉地の湯気立つ大地を見つめながら確信していた。これは、冷害の時代を生き延びるための“火”になる、と。

「床を暖める建物を、再現する」

それは、衛生的であり、薪の節約にもなる。

私は淡々と言った。

「あと、上への報告も先に出す」

「国王陛下へですか」

「ああ。異常気象による収穫遅延の可能性としてな」

完全な凶作予測までは書かない。だが、“兆候”として残しておく。

「先に報告しておけば、後で年貢減免や兵役調整の話がしやすくなる」

後から泣きつくより、先に伏線を張る方が遥かに楽だ。

……気がつくかは、わからない。

「教会にも寄付を増やす」

リディアが聞いた。

「何故、ですか?」

「飢饉になれば、最後に食料を持っているのは教会だ」

修道院は広い土地を持ち、普段から備蓄をしている。いざという時、そこを開かせる“関係”を作っておく必要があった。

万が一、食料が不足した時の為に。

「聖職者は清貧を説くが、倉庫の鍵は現実で動く」

リディアが苦笑する。

私は椅子へ深く腰を下ろした。

その夜、私は一人、遠い記憶を辿っていた。

前世の授業で、教師が半ば雑学のように語っていた話だ。

中世の大飢饉。最初は、まだ良かった。人は雑草を摘む。イラクサを煮込み、木の実を砕き、どんぐりの灰汁を抜いて食べる。木の皮まで削り、粉に混ぜ、無理やりパンにする。

だが、それでも足りなくなる。

犬や猫が消える。馬まで潰される。泥を混ぜた偽物のパンで腹を膨らませ、消化できずに人が死ぬ。

そして最後には、人が、人を食う。

私は目を閉じた。

当時の年代記に、淡々と記されていたらしい。墓を暴いた者。処刑場から死体を盗んだ者。親子で食い合った村。

文字だけなら、遠い昔話に見える。だが違う。飢えは、人を壊す。理性も、信仰も、誇りも。全部、空腹に削られていく。

だからこそ、それだけは、絶対に避けなければならなかった。

私は静かに目を開く。

飢饉で失うのは、人口だけではない。秩序だ。国そのものが、飢えで獣へ落ちる。

それを知っているからこそ、私は止まれなかった。

私は静かに呟く。

「……他に打てる手はないか」

冷たい雨が、窓を叩く。

私は、その音を聞きながら考え続けていた。

生き残るための手を。

……上に立つ者は、願うだけでは許されない。最悪を想定し、最善を積み重ねる。

その先で守るべきものを、見失わないために。